ChromeのサードパーティCookieサポート終了計画の発表からちょうど1年経過した2021年1月、同社はPrivacy Sandboxの進捗状況を発表した。ポストCookie時代の到来が目前に迫っているなか、なんとか議論を前進させようとする意図を感じたのは筆者だけではないだろう。ーー高瀬優氏による寄稿。
本記事は、デジタルマーケティング支援企業、アタラ合同会社にてマネージャー/コンサルタントを務める高瀬優氏による寄稿です。
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2020年1月、GoogleはChromeにおける2年以内のサードパーティCookieサポート終了の計画を発表した。それ以前から、EUのGDPRや米国カリフォルニア州のCCPAなどの法規制、Appleを筆頭としたブラウザベンダーによるブラウザの仕様変更といったプライバシー保護のトレンドはあったが、このGoogleの発表がポストCookie時代の本格的な幕開けとなったのは言うまでもないだろう。
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ポストCookie時代の幕開けは、同時にサードパーティCookieの死を意味する。サードパーティCookieは、オープンWebの世界において、リターゲティングや行動ターゲティング、アトリビューション分析などに幅広く利用されており、Web広告を通した企業のデジタルマーケティング活動に欠かせない技術であった。
では、サードパーティCookieの死が、Web広告におけるターゲティングと効果計測の死を意味するかというと、そう単純な話でもない。オープンWebの世界において、ユーザーのプライバシーに配慮しながら、とりわけWeb広告の文脈ではクッキーレスで、トラッキングと計測を可能にするための議論が、ウォールドガーデン(Walled garden)の代表格であるGoogleがリードする形で進められている。Privacy Sandbox(プライバシーサンドボックス)だ。
新しいWeb広告の輪郭
2019年8月にGoogleが発表したPrivacy Sandboxは、クッキーレスでトラッキングと計測を可能にするためのブラウザAPIの新しい標準規格の提案だ。World Wide Web関連の技術の標準化推進を目的とした非営利団体であるWorld Wide Web Consortium (通称W3C)で2021年2月現在も議論が進められている。
Privacy Sandboxは複数(20以上)のブラウザAPI標準規格の提案を含んでおり、そのすべてを理解することは難しいだろう。しかしながら、Web広告の根幹をなすターゲティングと効果計測に焦点をあてることで、ポストCookie時代のWeb広告の輪郭は多少はっきりとしてくる。
Privacy Sandboxにおけるターゲティングに関連する提案で注目すべきは、FLoCとTURTLEDOVEだろう。FLoCは、“Federated Learning of Cohorts”(コホートの連合学習)の略語で、具体的には、似たようなブラウジング習慣を持つブラウザをグループ化することにより、クッキーで実現していた「個人」ベースではなく「コホート」ベースのターゲティングを実現するというものだ。
ブラウザは訪問ページURLやコンテンツ等のブラウジング履歴に基づいた機械学習アルゴリズムによりコホートに分類され、ブラウザ個々のブラウジング履歴はいかなる場所にもアップロードされることはなくブラウザ内に保持することで、ユーザーのプライバシーを担保するような設計となっている。
TURTLEDOVEは“Two Uncorrelated Requests, Then Locally-Executed Decision On Victory”(相関のない2つのリクエスト、およびローカルで実行された勝利の決定)の略語だ。Webページから広告ネットワークへの広告枠に関するリクエストと、ブラウザから広告ネットワークに送信される“interest-group”に関するリクエストのふたつの異なるリクエストに基づいて広告の表示対象候補が選定され、最終的に表示する広告を決定するための広告オークションを広告サーバ上ではなくブラウザ上で実施しようという構想だ。
interest-groupは従来のリマーケティングリストやカスタムオーディエンスなど、特定のWebページへの訪問やインタラクションをベースに作成される。つまり、TURTLEDOVEは、従来のひとつの広告リクエストをふたつの異なるリクエストに分け、かつ広告オークションを広告サーバ上ではなくブラウザ上で実施することで、ユーザーのプライバシーを担保しながらパーソナライズド広告の配信を実現しようとするものだ。このTURTLEDOVEの構想をベースとした広告配信の初期のプロトタイプとして、Googleは新たにFLEDGE (First “Locally-Executed Decision over Groups” Experiment)をGitHubで公開しており、2021年を通して実践的なテストを繰り返していくとのこと。
効果計測に関しては、Conversion Measurement APIのポイントは押さえておきたい。GitHubでは、“Click Through Conversion Measurement Event-Level API”と記載があり、具体的にはクリックスルーコンバージョンの計測を実現するためのAPIとなる。広告クリックをトリガーにインプレッションイベントのログをブラウザに記録し、コンバージョンデータもWebページに設置されたピクセルから広告サーバを介してブラウザに送信することで、広告サーバ上ではなくブラウザ内でインプレッションイベントのログとコンバージョンデータを紐づけることが可能となる。
広告サーバは、ブラウザからインプレッションイベントとコンバージョンデータをセットで受信する。つまり、ブラウザ内にインプレッションイベントとコンバージョンデータを保持した状態でコンバージョンレポートを広告サーバに送る形を取ることで、コンバージョンに至ったブラウザを特定することを困難にするというわけだ。
パラダイムシフトと向き合おう
ChromeのサードパーティCookieサポート終了計画の発表からちょうど1年経過した2021年1月、GoogleはPrivacy Sandboxの進捗状況を発表した。自ら期限を設定したポストCookie時代の到来が目前に迫っているなか、なんとか議論を前進させようとする意図を発表内容とタイミングから感じたのは筆者だけではないだろう。
発表によれば、Googleの広告チームが実施したテストは、FLoCがクッキーベースの広告と比較して「少なくとも1ドル換算で95%のコンバージョン獲得を期待できる」ことを示したという。非常に分かりにくい表現を採用している点は気にはなるが、要はクッキーベースの広告と比較してパフォーマンスに遜色ないという見解だ。
では、ブランドやパブリッシャーはこの結果をどのように受け止めるべきだろうか。
そもそも、ポストCookie時代の議論の本質は、サードパーティCookieの死とPrivacy Sandboxにあるのだろうか。Privacy Sandboxは、匿名の個人を特定せず、ターゲティングや効果計測に必要なデータソースをブラウザ内にとどめることで、ユーザーのプライバシーに配慮しながら、Web広告のエコシステムを可能な限りディスラプトしないことを基本コンセプトとしている(と筆者は理解している)。つまり、大きくCookieに依存するで作り上げられてきたエコシステムの「現状維持」を前提としており、議論の中心にいるのはあくまでWeb広告のプレイヤーだ。
一方で、EUのGDPRや米国カリフォルニア州のCCPAなどの法規制、Appleを筆頭としたブラウザベンダーによるブラウザの仕様変更といったプライバシー保護のトレンドの中心にいるのはユーザーだ。Web広告の世界にとっても、これは単なるトレンドではなく、パラダイムシフトといっていいだろう。
サードパーティCookieは、ブランドやパブリッシャーがユーザーと直接関係を持たずしても、匿名の個人ベースの広告配信を可能にしてきた。Privacy Sandboxは、サードパーティCookieの代替ツールとして、匿名のグループベースでの広告配信を可能にしようとしている。パラダイムシフトと向き合わず、Privacy Sandboxというツールに依存するだけでは、ブランドやパブリッシャーの未来は明るくないだろう。
ブランドやパブリッシャーのやるべきこと
幸か不幸か、テクノロジーの進歩によりユーザーとのタッチポイントは無数にある。裏を返せば、ブランドやパブリッシャーは、あらゆるタッチポイントで商品やサービス、コンテンツをユーザーに直接提供できる。ユーザーと直接関係性を持つことに対する技術的なハードルはこの十数年で格段に下がったはずだ。ユーザーとの継続的な関係構築に関しても同様のことが言えるだろう。
ポストCookie時代は、提供する商品やサービス、コンテンツの価値、あるいは存在価値を考え、ユーザーひいては社会に貢献することと真剣に向き合う貴重な機会を、ブランドやパブリッシャーに与えてくれるのかもしれない。
Written by 高瀬優
Illustration by IVY LIU