ブランドパーパスはビジネス成長の条件か? またはマーケターの幻想か?

本記事は、FICC代表取締役社長と、VML Tokyoの代表を兼務する荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

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ブランドには利益だけでなく、社会に貢献するパーパス(存在目的)が求められます。優れたパーパスの存在はビジネスの原動力となり、その成長に大きく貢献します。この理想主義的のような考え方により、現在ブランドパーパスを軸とするマーケティング活動が世界中で活発化し、欧米では一般化の兆しも見せています。

元P&Gグローバルマーケティング責任者、ジム・ステンゲル氏は、この世界的なマーケティングトレンドを起こした著書の『GROW 本当のブランド理念について語ろう』で、社会的大義をパーパスに掲げる50のブランドが、代表的な上場企業の4倍もの成長率を実現しているという研究結果を発表しました。そして、ブランドパーパスこそがビジネス成長の普遍的な条件であると主張したのです。

ブランドパーパスの効果

ステンゲル氏の主張と研究結果の正当性を疑問視する声も上がっています。しかし、彼の言葉は多くのマーケターにとって自身の仕事の意義を示し、勇気を与えてくれるものでした。「ビジネスの成長にはブランドパーパスが欠かせない」という考えは、業界全体の規範として急激に浸透し、受け入れられていったのです。この現象を逆手に、ブランドパーパスはマーケターが望んだ幻想であると言う人もいます。しかし、私はこの新しいイデオロギーの発生こそが、ステンゲル氏の主張を裏付けていると思っています。

その後、広告代理店コンサルティングファームからは、消費者の購買判断がブランドパーパスの影響を強く受けているという調査報告が相次ぎます。しかし、人はアンケートの発言通りに動くことはなく、その効果を鵜呑みにすることはできません。ブランドパーパスが直接的な購買理由にならなくても、その判断を正当化する効果は十分に考えられます。また、消費者が共感するブランドの選択だけでなく、共感できないブランドの不買も発生しているはずです。私達はブランドパーパスの効果に過剰な期待を抱く前に、購買行動に対する影響を正確に把握するべきではないでしょうか。

ステンゲル氏の主張は業界全体を牽引し、多くの企業の追随を招きます。しかしブランドパーパスの活用は広告代理店に委ねられ、社会問題に対するスタンスを表明する広告が相次いで発表されます。本来パーパスは全てのブランド活動の指針であるべきです。パーパスに対する十分な活動の整合性と積み重ねがなければ、ブランドの主張が消費者に受け入れられることはありません。ブラック・ライヴス・マターに似たデモの解決を描いたペプシの事例や、それまで推奨してきた「男らしさ」を有害なジェンダーステレオタイプとしたジレットの事例は、ただ大義を振りかざすだけの広告として消費者の強い反発を受けました。無闇に注目の社会問題を起用し、偏ったスタンスを表明するような広告は間違いなくブランド毀損を招きます。ブランドの根底にある信念に基づき、十分な時間と労力を費やさなければ、ブランドパーパスはただの「利益を得るための嘘」になってしまいます。

広告活用の成功事例

もちろん、ブランドパーパスを活用した広告の成功事例もあります。人種差別に反対し、試合時に国歌斉唱を拒否してきたコリン・キャパニック選手は、2015年からNFLのチームに所属していません。ナイキは彼の生き様と、自らが彼の起用に対して抱えるスポンサーのリスクを重ね、「全てを犠牲にしても、信念を貫け」という強烈なコピーを打ち出しました。この広告は、キャパニック選手の国家斉唱拒否に反対する年配者による反発や不買運動を発生させました。しかし、スポーツシューズの中核的購買層である世代からは、熱狂的な支持を得ることに成功しました。ブランドの活動とパーパスの整合性を見事に実現した事例です。

ブランドの活動とパーパスの整合性が無ければ、消費者の信頼は得られません。そのためには、より良い社会の実現に向けて、真摯に取り組む以外ありません。とはいえ、企業活動の継続には利益の獲得が必要であり、利他的な社会貢献ばかりを優先していては、ブランドの存続が困難になってしまいます。利益とパーパスをトレードオフの関係で考えてしまうと、必ずどちらかが優先されてしまいます。しかし、2つを相互補完関係で考えれば、持続的なビジネス成長の答えが見えてきます。

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パーパスは利益の目的であり、手段でもあります。人々にとってより良い社会が、ブランドにとってより良い市場でもあるべきなのです。このパーパスと利益を両立する社会的なビジョンこそビジネス成長の原動力であり、その力は、P&Gの歴史からも見ることができます。

大恐慌の時代に、アメリカ内陸部のシンシナティで石鹸製造業を営むジェームズ・ギャンブルと、ローソク製造業のウィリアム・プロクターは、暗く、不衛生な生活環境の改善を目的に、原料を奪い合うのではなく、共有し合ったのです。「人々の生活が豊かになれば、より多くの生活用品を買ってもらえる」というパーパスと利益の相互補完関係を含むビジョンこそが、P&Gの成長の原動力なのかもしれません。

ビジョンを実現するために

ビジネス成長の原動力となる社会的なビジョンが描ければ、次はそれを達成する方法が必要になります。社会的な変革は単独で起こせるものではありません。ビジョンを実現するためには、業界など社会の一部を牽引しなければなりません。ブランドパーパスの権威であったステンゲル氏は、自身のビジョンを正当化するイデオロギーで業界全体を牽引しました。その結果ブランドパーパスへの需要は世界的に高まり、彼にとって理想的な社会が実現しています。

もちろん、イデオロギーを広めるためにはさまざまなリレーションシップが必要です。それまでに多くの人から絶大な信頼を勝ち得てきたからこそ、新しい考え方を広め、浸透させるほどの影響力を持つことができたのでしょう。それは、確実なビジネスの成功というベネフィットによって構築され、ブランドパーパスに対する実証的な研究というフィーチャーに立脚しています。ステンゲル氏の本の内容だけでなく、彼が成し遂げた、世界中の企業に社会貢献の重要性を認識させるという社会的な改革からも、ブランドパーパスの活用方法を学べます。

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ブランドパーパスに対する世界的な関心にもかかわらず、その直接的な効果を証明する事例は未だ多く存在していません。私たちはまだブランドパーパスと言う概念が持つ意味や、その活用方法を理解し始めたばかりです。多くの失敗例が目立つ中でも、ブランドの活動と整合性のあるパーパスが人を奮い立たせることはわかっています。人々のよりよい生活を実現し、ブランドの需要を高める社会の中で、ビジネスが成長しないはずがありません。ブランドという存在を嘘や、幻想で終わらせないためにも、私たちはこれからもパーパスについて学び続けなければならないと思います。

Written by 荻野英希
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