最新の財務報告や業績予想が相次いで発表されている。こうした情報を見る限り、今年の広告支出についてはっきりしていることがひとつある。「加速しているとは言わないが、減速しているわけでもない」ということだ。市場は成熟し、オンライン広告業界が(少なくとも今年)直面するのは逆風ではあるが、ハリケーンではない。
最新の財務報告や業績予想が相次いで発表されている。こうした情報を見る限り、今年の広告支出についてはっきりしていることがひとつある。「加速しているとは言わないが、減速しているわけでもない」ということだ。
正しい解釈はこんなところだろうか。
昨年後半に広告業界全体に暗い影を落とした景気後退だが、世間でよく言うところの景気後退とは少々ニュアンスが異なるようだ。実際には、あれは平均値(すなわちコロナ禍以前の水準)への回帰の先触れだったと思われる。今年に入ってから、広告費の削減がまったくなかったとは言わない。もちろん、削減はあった。しかし、その削減は限定的で、広範囲に及ぶものではなかった。
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コロナ禍以前の数字に近づいてきた
2022年の終盤、広告業界が「不況だ、不況だ」と騒ぎ立てていたわりには、むしろ広告はよく持ちこたえていたように見える。
たとえば、広告の最大の売り手であるGoogleは、今年の第1四半期に前年同期比3%増の広告収入を計上した。同様に、メタは約7%増、マイクロソフトは約6%増だった。一方、Amazonへの広告支出は前年同期比で23%伸びている。いつものことながら、購入などのトランザクションに近くなるほど、広告の成績も上向くようだ。
メディアアナリストでニュースレター「マディソン・アンド・ウォール」を発行するブライアン・ウィーザー氏はこう話す。「これまでの推移を見ると、今年の広告費の成長は1桁半ばになるだろう。インフレによる押し上げ分があるにせよ、コロナ禍以前の水準に近づくということだ」。
裏付けとなる数字もある。インサイダーインテリジェンス(Insider Intelligence)の調べによると、コロナ禍以前の2019年、Googleの全世界の広告収入は前年比15.4%増だった。2021年、コロナ禍によるデジタルブームのおかげで、この数字は43.4%に跳ね上がる。そしてその1年後には減速に転じた(13.1%)。2023年になると、復調の兆しが見えはじめる。今年の広告費は7.2%、2024年は11.3%の成長が見込まれ、コロナ禍以前の数字にぐっと近づいてきた。
インサイダーインテリジェンスの主席アナリストを務めるジャズミン・エンバーグ氏は、「横ばいの推移でも歓迎すべきだろう。過去数年とは明らかに異なる段階に来ている。どのプラットフォームもこの状況から脱却しつつあるが、その足並みは一律ではない」と話す。
Googleやメタの広告事業は成熟
平たく言えば、広告は負の市場ではないが、沈滞気味ではある。とはいえ、それは景気後退のせいでは必ずしもない。企業が持続不能な速度で広告費を支出していた1年前の数字と比べることが不合理なのだ。
そんな時代はとうに終わった。驚く人もいるかもしれないが、必ずしも予期せぬことではない。オンライン広告の急激な成長は、いずれは息切れするものだった。コロナ禍は単にそれを早めたにすぎない。そして結果的に、Googleやメタの広告事業に成熟と鈍化を促した。
Googleを例に挙げよう。Googleの親会社であるアルファベット(Alphabet)の数字を詳しく見てみると、今年第1四半期の広告事業の売上高は545億ドル(約7兆3159億円)で、前年同期の547億ドル(約7兆3427億円)から若干減少している。ただし、この広告事業の売上減は、新たな成長部門の売上増で相殺された。マディソン街とウォール街に対しても、広告事業とシナジー効果の高い事業部門としてアピールしたいようだ。
Googleの成長を支える屋台骨は、すでに安定感のある「検索連動型およびその他」の広告事業である。当期の売上高は404億ドル(約5兆4229億円)で、前年同期の396億ドル(約5兆3155億円)を上回った。ChatGPTのようなAI(人工知能)サービスをめぐるハイプ曲線に注目が集まる一方、こうした数字を見れば、運用型広告の領域において(少なくともいまのところは)Googleが広告主御用達のツールであることは一目瞭然だ。
ティックピック(TickPick)のバイスプレジデントで成長責任者を務めるマット・ファレル氏はこう話す。「メタとアルファベットの決算報告が示す通り、両社ともに市場の課題や変化への対応がすばやい。しかも、四半期の売上が小さな国家のGDPに匹敵するというすさまじい収益マシンでもある。少なくともいまのところ、デジタル広告に関して業界がパニックに陥る理由はひとつもない」。
景気後退はどこ吹く風?
少なくともいまのところ、この種の広告に対する支出は減るどころか増えている。現時点で、企業が広告費を減らす理由はそれほど多くない。あるとすれば、経済情勢がその最たるものだ。時勢柄、確かなことは何も言えないが、「慎重に楽観」すべき根拠はありそうだ。
ウィーザー氏は「マディソン・アンド・ウォール」にこう書いている。「2023年第1四半期の米国のGDPが本日発表された。前年同期比と名目値の発表だったが、広告売上の成長率を比較するには最適の数値だ。物価変動の影響を除いた年率換算値として、四半期ごとに発表されるGDP速報値より比較しやすい。当期のGDP成長率は7.0%だった。個人消費の成長率はこれをやや上回り、7.2%だった」。
「景気後退? いったい何の話だ」というように、一部の大手広告主からは確かにそんな声が聞こえてきそうだ。
大手企業は広告費の増額を表明
たとえば、ハーシー(Hershey)は今年の広告費、そのほかの消費者向けのマーケティング予算を9%増やすと表明している。同様に、P&G、JPモルガンチェース(JP Morgan Chase)、シティグループ(Citigroup)、アメリカンエキスプレス(American Express)らも、今年第1四半期に広告費を増額すると述べている。さらに、波乱含みの年明けにもかかわらず、パブリッシャーやメディアバイヤーたちも、広告支出は回復しつつあると言っている。
Amazonも同様だ。同社の広告事業は第1四半期に95億ドル(約1兆2750億円)の売上を計上した。Amazonのアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)は、4月27日の決算説明会で「不景気であっても、ほとんどの人は買い物をする」と述べている。「Web最大のeコマースストアというのは、広告主にとっては魅力的な提案だろう」。
ジャシー氏はさらに、「機械学習への大規模な投資もおこなっている。顧客が商品を検索しているときに、適切な広告が表示されるようにするためだ。顧客の関心に即した広告はブランドにとって非常に大きな効果を発揮する。結果的に、誰もがAmazonに広告を出したくなる」と述べた。
同氏のこの発言は、より多くの広告費を勝ち取るというAmazonの計画において、AIが重要な役割を担うことを示している。先週、AmazonのDSP部門を統括するニール・リクター氏は、「サードパーティCookieの廃止後、広告予算の獲得戦略を成功させる鍵は機械学習への投資だ」と米DIGIDAYに語っている。
IPGのマグナグローバル(Magna Global)でグローバルインサイツ担当シニアバイスプレジデントを務めるルーク・スティルマン氏は、4月におこなわれた決算説明会で2023年の広告費予測の改訂値を発表した際、「大手オンラインメディアの市場占有率が、2023年に変曲点を迎えるとは必ずしも考えていない」と述べている。
「この10年でデジタルメディアへの集中が進み、その集中のなかでシェアを伸ばすのは容易ではない。それでも、このデジタルエコシステムでシェアを拡大するメリットは大いにあると考える」。
米インターネット広告費は2000億ドル(26兆強)を突破
Pinterest広告も同様だ。この第1四半期、Pinterestはショッパブルアプリとしての事業を推進し、その売上高は前年同期比5%増の6億300万ドル(約809億2531万円)となった。CEOのビル・レディ氏は、クリックスルー率とショッパブルピンの保存数が前年同期比で35%増加するなど、「有望な結果を出してきた」と強調した。
この好調な勢いを維持したまま、Pinterestは決算説明会の当日にAmazonとの複数年にわたる提携を発表するという大胆な行動に打って出た。同社にとってこの種の提携は初の試みで、第三者の広告需要を取り込むことにより、同社が推進する広告事業の拡大に弾みをつけたい考えのようだ。
Pinterestのほかにも、TikTokを含む短編動画アプリ全般、CTV、ポッドキャスト、リテールメディアなどが広告費の流入を増やしている。それは数字にも表れている。IABの調べによると、2022年の米インターネット広告費は前年比10.8%増(204億ドル[約2兆7380億円]増)の2097億ドル(約28兆1455億円)で、2000億ドル(26兆8345億円)の大台を初めて突破した。
要するに、広告費に関する限り、オンライン広告業界が(少なくとも今年)直面するのは逆風ではあるが、ハリケーンではない。
アドテク企業のペリオン(Perion)でCEOを務めるドロン・ガーステル氏は、「業界は四半期単位の数字にとらわれず、もっと長期的な視点を持つ必要がある」と述べている。同氏の見解によれば、コロナ禍によってデジタル消費は大きく伸び、それに伴った行動の多くはコロナ禍以降も続く。そして、これから働き盛りを迎える若い世代の消費者は、親の世代よりもはるかに多くのものをオンラインで購入することになるという。
いずれ鈍化は避けられない
こうした取り組みは一見有効に見えるが、経済は次々と変化球を投げてくる。その変化球が広告費をあらぬ方向へ吹き飛ばす――ようなことは起きていないが、これからも起きないとは限らない。業界全体あるいは業界大手の業績が悪化すれば、そういう可能性は十分に予見できる。実際、クレディスイスやシリコンバレー銀行の破綻は瞬く間に悪化した。メディア業界全体でも解雇や閉鎖はあちこちで起きている。
マーケターが慎重な姿勢を崩さないのも無理はないだろう。
アドテク企業のイクエイティヴ(Equativ)で最高戦略責任者を務めるロメイン・ジョブ氏は、「ここ数週間、暫時楽観的になれる材料が見られる。我々のプラットフォームのオープンオークションで使われる広告費が、市場の動向に沿って推移し、ほとんどの地域市場で第1四半期の減少から安定的で着実な増加に転じているのだ。しかし、今年の残りの期間、市場に合わせて右肩上がりの成長を維持するとしたら、避けては通れない問題に直面するだろう」と話す。
ポストコロナのリセットや平均値への回帰が進むなかで、オンライン広告費は成熟に向かいつつある。市場が成熟すれば、いずれ鈍化は避けられない。冷たく厳しい現実である。だが、それは本質的に悪いことでは必ずしもない。
[原文:What downturn? In real terms, ad spending is doing just fine]
Seb Joseph, Krystal Scanlon and Ronan Shields(翻訳:英じゅんこ、編集:島田涼平)