「マジックの要諦は効果。仕掛けはそれほど重要ではない」。ソーシャル動画アプリ、トリラー(Triller)の営業幹部は、そう話すマジシャンのようだ。彼らは、ウサギを帽子から取り出そうとする奇術師さながら、大手のテクノロジープラットフォームとメディア予算を争い、派手なパフォーマンスを繰り広げている。
「マジックの要諦は効果。仕掛けはそれほど重要ではない」。ソーシャル動画アプリ、トリラー(Triller)の営業幹部は、そう話すマジシャンのようだ。彼らは、ウサギを帽子から取り出そうとする奇術師さながら、大手のテクノロジープラットフォームとメディア予算を争い、派手なパフォーマンスを繰り広げている。
「我々は単に文化を増幅するのではなく、その中心を占める存在を目指している」。トリラーの最高ブランド責任者(チーフブランドオフィサー)を務めるジャスティン・ワトキンス氏はそう豪語する。トリラーの狙いは、TikTokやByte(バイト:6秒動画「Vine」の後継アプリ)など、同時代的なライバルアプリとの差別化を図ることにほかならない。どのアプリも、ユーザーが共有可能な短編動画を自撮りして、音楽や特殊効果を追加できるという基本的な機能に違いはない。
トリラーに見られる独自の工夫といえば、その自動編集機能だろう。トリラーは、ユーザーが自撮り動画を複数テイク撮影すると、そのなかから最良のクリップを自動で繋ぎ、本物のミュージックビデオ風に編集してくれる。
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これらのアプリに見られる構造的な類似性はさておき、微妙な違いはいくつかある。そのひとつは、トリラーで活躍するアーバンミュージック系アーティストの多さだ。ほかのSNSプラットフォームと比べて、トリラーは特にヒップホップ系の音楽に特に注力している。これは同アプリの戦略であり、これまでのところ奏功しているように見受けられる。
たとえば、ペプシ(Pepsi)は先日、若者に投票を呼びかけるNPO団体「ロック・ザ・ボート(Rock the Vote)」主催のコンサートでスポンサーを務め、そのコンテンツをトリラーでストリーム配信した。また、マクドナルド(McDonald’s)も今月、レゲトンシンガーのJ・バルヴィン氏とのコラボレーションをプロモートする目的で、トリラーに自社のアカウントを開設した。
エージェンシーを介さず
ペプシやマクドナルドのキャンペーンは、実質的には広告主とトリラーのあいだでまとめられた、ブランデッドコンテンツと見ることができる。
しかし、TikTokが一般的な広告フォーマットを展開する一方、トリラーでは、インフルエンサーたちがユニバーサルミュージックグループ(Universal Music Group)や、ソニーミュージックエンターテインメント(Sony Music Entertainment)、あるいはワーナーミュージックグループ(Warner Music Group)といった音楽レーベルに加え、ファンの寄付や広告主のメディア予算から収入を稼ぎ出す仕組みが採用されている。
極端にいえば、トリラーはパブリッシャーが広告を販売するのと同じ方法、つまりエージェンシーを介さず、直接彼らが抱えるインフルエンサーを売り込みたいと考えているようだ。
また、今月トリラーは広告主に対して、CPMを都度交渉してキャンペーンを購入するオプションを提示した。これは、タクミ(Takumi)やバズール(Buzzoole)のようなマーケットプレイスアプリで、広告を販売する手法に近いかもしれない。ただし、契約時に広告主に対して再生回数の保証を行う点で、ほかのプラットフォームとは一線を画する。インフルエンサーたちは(Trillerだけでなく)、各自の活用するすべてのプラットフォームに作品を投稿し、保証した再生回数を担保する。
広告主がほかのメディアを購入するのと同じようにインフルエンサーを購入できるようにすることで、より広範なメディア予算を視野に入れるというのがトリラーの狙いだ。
「世界中の主要な広告主とはもれなく話をしている」。トリラーの最高成長責任者(チーフグロースオフィサー)を務めるボニン・バウ氏はそう豪語する。TikTokの陰で目立たぬ存在に甘んじてきたアプリにしては、大胆な発言だ。
トリラーの成長要因
トリラーの立ち上げは、TikTokより2年早い2015年だが、成長では遅れをとった。米調査会社のセンサータワー(SensorTower)によると、トリラーのダウンロードは全世界で約2億5000万件だが、対するTikTokは20億近くに達する。現在、成長に弾みをつけつつあるのはトリラーだが、その理由は尋ねる相手によってふたつに分かれる。
インド政府によるTikTokの禁止がトリラーの追い風になったと説明するのは、調査会社オムディア(OMDIA)で、テレビとオンライン動画の調査分析を担当するコンスティ・パパヴァシーロポーロス氏だ。インド軍と中国軍が、ヒマラヤ地域の紛争地帯で深刻な衝突を起こした結果、インド政府は2020年7月上旬、58におよぶ中国製アプリの使用を禁止した。「インドのメディア関係者によると、トリラーのダウンロード数は2020年8月半ばまでに4000万件を超えたという」。
しかしバウ氏は、この事件は無関係で、トリラーはそのコンテンツ力で「飛躍的かつオーガニックに」成長したと反論する。いずれにせよ、トランプ米大統領が中国企業の所有であることを理由にTikTokを禁止すると威嚇したこの夏以降、トリラーがTikTokの将来に関わるこの大事件を、最大限利用しようと試みていたことは確かだ。実際、自社のユーザー数に関するプレス発表をおこなったり、業界誌の「アドエイジ(AdAge)」に広告出稿して注目を集めるなど、トリラーはあらゆる手を尽くした。
「トリラーは、コンテンツの質の良さで成長してきたプラットフォームだ」というのが、バウ氏の主張だ。同氏は、食品大手のモンデリーズ(Mondelez)やペプシコ(PepsiCo)で要職を歴任してきた名うてのマーケターだ。同氏の考え方には「やるなら徹底的にやれ」という精神が垣間見える。「早いうちから、トリラーに適正な規模の投資を行う者は、長期的に投資に見合う以上の価値を得るだろう」。
戦略の危うさ
バウ氏の発言の背景には、広告主を刺激して「ソーシャルメディアの次なる潮流を逃すのではないか」と思わせる、入念に計算された戦略がある。これが奏功すれば、広告主たちは「いま投資すれば、早晩大きな見返りがある」と信じるかもしれない。しかしこのような売り文句は、ハイリスクハイリターンでもある。トリラーの営業チームが、大手のメディアエージェンシーとひとつも契約を成立させていない場合、この危うさはひとしおだ。
たとえばグループエム(GroupM)は昨年、メディアに5000億ドル(約52兆7000億円)の予算を投じたが、トリラーではまだひとつのキャンペーンも展開していない。ほかのバイヤーたちも、「トリラーの営業チームは、エージェンシーの担当者と会うのが難しいため、広告主と直接やり取りしているのではないか」と薄々感じている。最近、トリラーでキャンペーンを予約した広告主は20社ある。このうち、これまでに名前が挙がっているブランドは、マクドナルド、ペプシ、男性用グルーミング製品を販売するマンスケープト(Manscaped)だけだ。
「トリラーに彼らのWebサイト経由で接触してみたが、いまだなんの応答もない。もしかしたら、エージェンシーや広告主を相手にするだけの営業体制がまだ整っていないのではないか」。グローバルなメディアエージェンシーの、とあるシニアメディアバイヤーはこう語る。将来的な取引関係を危うくするという懸念から、匿名を希望するこの人物はさらにこう述べた。「月間アクティブユーザー数の信憑性についても憶測がある。我々のクライアントが予算を投じる前に、確認しなければならないだろう」。
このシニアバイヤーがいう憶測とは、先月、ビジネスインサイダー(Business Insider)が報じた「トリラーの月間アクティブユーザーの計測値には誇張があるのではないか」という疑惑のことを指している。「そのデータは新規の取引がはじまる以前のデータだ」とバウ氏は反論する。
信頼感は増しているものの
トリラーですでに展開されているキャンペーンは、新しいプラットフォームにありがちな試験運用枠のキャンペーンではない。「広告主から『お試し用の少額予算があるから、これでやってみろ』といわれたわけではない。そんなものは我々の眼中にない」とバウ氏はいい放つ。
ちなみに、TikTokは最近、大手メディアエージェンシーとの既存の取引関係を深めるために、広告販売部門を拡充したのだが、そのTikTokでさえ、いまだ小規模なテストキャンペーン向けのプラットフォームと目されている。
「我々のクライアントを見るかぎり、高い実績を出しているにもかかわらず、TikTokの使い方はいまだ試行錯誤的なフェーズを脱していない。これは短編動画アプリ全般に対していえることだ。ただし、信頼感は確実に増している」。そう語るのは、インフルエンサーマーケティングエージェンシーのタクミ(Takumi)で、グループCEOを務めるメアリー・キーン・ドーソン氏だ。タクミはTikTokのクリエイティブパートナーでもある。「反面、トリラーでのインフルエンサーマーケティングキャンペーンに関しては、問い合わせはまだ1件も来ていない」。
[原文:‘We’re at the crux of it’: How TikTok rival Triller is brashly pitching advertisers]
SEB JOSEPH(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)