名門F1チームで知られるマクラーレンは、黎明期にeスポーツチームを設立しており、eスポーツ業界では先駆者的存在だ。チームはいまや、複数のデジタルデバイスメーカーを主要スポンサーに持ち、有名トーナメントでも確固たる存在感を示している。そして、さらなる成長を目指すべくビジネスのテコ入れに取り組んでいるのだ。
フォーミュラワン(以下、F1)チームで知られるマクラーレン(Mclaren)は、eスポーツ黎明期にチームを設立したスポーツ組織のひとつとして知られている。つまり、eスポーツ業界について学び、そのエコシステムに適合し、ビジネスを進める時間があったということだ。
そのeスポーツチームはいまや、デジタルデバイスメーカーのロジテック(Logitech)やファーミ(Huami)を主要スポンサーに持ち、有名トーナメントでも確固たる存在感を示している。新型コロナウィルスのパンデミックの最中も、マクラーレンはこれまでに築き上げてきたポートフォリオをすべて活用し、急成長するeスポーツのエコシステムのなかで成長のテコ入れをおこなった。
マクラーレンのeスポーツ担当シニアマネージャー、リーストン・ブライアント氏は「我々は、ライブのスポーツイベントが中止になった最初の2カ月で、2年分に相当する関心を惹きつけた」と話す。そして、2020年10月7日に英国で開催されたインタラクティブ広告協議会(Interactive Advertising Bureau UK:IAB UK)の初となるeスポーツのアップフロントイベントにブライアント氏が関わって以来、その関心の高まりはとどまるところがない。
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eスポーツの価値を模索
マクラーレンへの関心は多くの場合、eスポーツとはまるで縁のない広告主から寄せられている。広告主たちはスポンサー契約を結んだり、マクラーレンのeスポーツチームにブランデッドコンテンツの資金提供をしたりしている。彼らはマクラーレンとの関わりを、eスポーツのオーディエンスだけでなく、eスポーツに関心のない人々にもリーチするチャンスだと見ている。最初からeスポーツに関心を持っているわけではない人々にとって、バーチャルスポーツは実際の生のスポーツに代わる次善策だ。
たとえば米国では、2020年のeスポーツの広告収入は12%増の1億9600万ドル(約205億5300万円)にまで成長すると見られている。この額は、市場調査会社eマーケター(eMarketer)のパンデミック前の試算より約300万ドル(約3億1500万円)少ないが、eスポーツは2021年までにこの短期的マイナスを補い、広告収入は14%増の2億2500万ドル(約235億9400万円)となり、eMarketerがパンデミック前に予測した額をおおよそ600万ドル(約6億3000万円)上回るとされている。
「広告主はeスポーツに強い関心を寄せているが、そこに全面的に投資しているものは多くはない。我々のチームは、eスポーツにおける継続的で長期的な投資の価値を明らかにするために、キャンペーンを通じてさまざまな手段を模索している」と、ブライアント氏は語る。
最近登場した一例が、新型コロナウイルスの影響で実際のレースが延期されたなかでのバーチャルグランプリの開催だ。マクラーレンのようなチームは、自らも熱心なゲーマーである(マクラーレンF1チーム所属の)ランド・ノリスのようなドライバーをレースに参加させている。実在するレースがバーチャルで開催され、しかもそこに本物のF1ドライバーが参加した事実は、eスポーツというフォーマットがリアルスポーツのファンにとってもかけ離れた存在ではないことを意味していた。
リアルスポーツのノウハウをeスポーツにも
eスポーツ団体アンドボックス(Andbox)の共同創設者でCPO(Chief Product Officer)を務めるロヒト・グプタ氏は次のように語る。「コミュニティとしての感覚の共有、『マジで最高(best of best)』と言われる試合を見ることの興奮、集まって生の試合を見ることなど、伝統的なスポーツ愛好者の世界を動かしているのと同じものがeスポーツにも当てはまるということを理解することが重要だ」。
「伝統的なスポーツに関わる組織は、eスポーツの領域にも応用可能な貴重なスキルや知識、専門性をたくさん持っている」と、グプタ氏はいう。「だが、伝統的なスポーツの世界でおこなわれていることを複製し、ただそのままeスポーツに適用することは簡単なプロセスではないと認識することも重要だ」。
ただし、モータースポーツ分野は実際の車の設定やドライビング環境をゲームで再現しやすく、リアルレースとバーチャルレースの差が少ない。その点でeスポーツにおいてほかのスポーツより有利な立場にある。マクラーレンと潜在的なパートナー候補との最近の会話でも、それが証明されている。
「ブランドと話をしてみると、『リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends:LoL)』のようなタイトルのeスポーツに飛びつくのは難しいと思っていることが明らかになる。(ファンタジー的な要素が強い)LoLには抽象的なコンセプトが含まれるからだ」と、ブライアント氏はいう。「F1レースはリアルであれバーチャルであれ、物理的にも視覚的にも変化が少なく、彼らにも理解しやすい」。
解決すべき「測定」問題
言うまでもなく、eスポーツは最大手の広告主によって押さえられているスポーツスポンサーシップの領域において、安価な入り口となっている。あるスポーツメディアの幹部によると、eスポーツチームのメインスポンサーになるための契約料は、通常10万ドル(約1000万円)程度だという。これに対し、ボーダフォン(Vodafone)は、2007年~2013年のあいだにマクラーレンのF1レースチームに年間7500万ドル(約76億円)のスポンサー料を支払っている。
広告主の「関心」が、マクラーレンのようなeスポーツ団体に支払われるメディア予算に反映される余地はまだある。ブライアント氏はこう説明する。「既存のチャネルからメディア予算を引き上げて、eスポーツキャンペーンに10万ポンド(約1400万円)使う、と言っている広告主はたくさんいる」。
ただし、そのためにはeスポーツ業界が解決すべき問題――測定という問題がある。マクラーレンのようなチームですらブランド露出のような簡単な指標しか提供できておらず、多くの広告主にとってまだ測定が不十分なのだ。しかし、この問題の解決に向けて水面下で進んでいる計画がある。マクラーレンは、パートナーが同チームのオーディエンスをより詳細にセグメント化するための、オーディエンスオファーに取り組んでいるのだ。
「オーディエンスが誰なのかについて、我々はこれまで十分なデータを有しておらず、それをいま構築しようとしている」と、ブライアント氏はいう。「eスポーツに関わるブランドが増えるにつれて、いまはまだ先駆者に導かれているだけの彼らが、業界をよりよい方向に向かわせる可能性がある」。
SEB JOSEPH(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:分島 翔平)