3月から現在に至るまで部屋着のニーズは増し、デザイナーズブランドは次々と店を閉じている。これを一過性の現象と見ることもできるが、ロックダウンによって消費者はブランドを、ブランドは自分たち自身を見直す時間を手に入れた。着心地重視で長持ちするファッションへと向かう、長期的な業界のシフトの兆候がはじまっているのだ。
3月から現在に至るまで部屋着は大人気、仕事着は大苦戦、デザイナーズブランドは次々と店をたたむという状況が続いている。
自宅の居間で着るだけの服に限れば、これを一過性の現象と見ることもできる。だがロックダウンによって、消費者は自分たちが贔屓にするブランドについてじっくり考える時間を手に入れた。
同様にファッションブランドたちも、これまでなかなか達成できなかったマーケティング、製造、流通の恒久的な変革を、これを機に実現しようと試みている。あらゆる兆候が、着心地重視で長持ちするファッションへと向かう、長期的な業界のシフトを示している。
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着心地、多用途がトレンド
「家にいるようになって、みんな気がついた。『なんてことだ。楽に着られて、まともに見える部屋着が一着もない』と」。そう指摘するのは、創業10年を迎えるベーシックファッションのブランド、リッチャープアラー(Richer Poorer)の共同創業者であるイーヴァ・ポーリング氏だ。「自分によく似合う着心地のよい服を買いはじめたら、もう後戻りはできない。確実にワードローブの常連入りだ。着心地重視のトレンドが当たると、そのまま定着しがちなのはそういう理由だ」。
ポーリング氏はその好例として、1990年代に米国で流行したアグ(UGG)のムートンブーツを挙げる。同ブランドはパンデミック直前の決算で、四半期ベースとしては過去最高の売上を計上した。バレエシューズも同様で、2000年代初頭に大流行して以来、根強い人気を保っている。
創業から6年になるD2Cの靴ブランド、エムジェミ(M.Gemi)の共同創業者でプレジデントを務めるシェリル・カプラン氏によると、同社はこの数年、以前に注力していたハイヒールなどのフォーマルなアイテムを縮小し、かわりにサンダルのようなもっと楽な履き心地のスタイルに重点を移した。いま一番売れているのはドライビングシューズだという。モカシンとローファーを掛け合わせたスタイルで、外でも履けるが屋内でもスリッパがわりに着用できる。
このような多用途性はリッチャープアラーの得意分野で、同社は2020年6月に創業以来最高の月間売上を計上した。「ベッドでごろごろするときにも着られるが、そのまま外出しても『まあたいへん、なんてだらしない』と慌てずにすむ服を作っている」とポーリング氏は説明する。最近の新商品はブラジャーやアンダーウェア付きのパジャマとコート兼用のローブという。
流行に左右されない服へのニーズ
分割払い決済サービスを提供するクラーナ(Klarna)の売上データによると、(スポーツウェアをカジュアルに取り入れた)アスレジャー部門での支出がどの消費者層でも増加している。3月半ばより以前の平均的な週に比べると、アスレジャー製品に対する支出はミレニアル世代で平均37%、X世代で34%、Z世代で27%増えている。言うまでもなく、オンラインショッピングでは、かっちりしたスタイルよりもくつろいだスタイルのほうが買いやすい。この4月、スニーカーの売上は105%増を遂げている。
テイラー・トマジ・ヒル氏は、3月半ばに創業したアプリベースでAIドリブンのファッション小売企業、ザ・イエス(The Yes)のクリエイティブディレクター兼ファッションディレクターだが、同氏も同様のデータを報告している。ザ・イエスのアプリでもっとも嫌われている商品はハイヒールだという。この数字は、買い物客に特定のスタイルに対する好き嫌いを「イエス」または「ノー」で評価してもらった結果に基づいている。他方、もっとも好かれるスタイルはフラットシューズとスニーカーだった。売上に貢献している商品はと言えば、デニムなど季節に関係なく着られるシーズンレスアイテムだと同氏は言う。
「誰もがお金の使い方についてよく考えるようになっている」。トマジ・ヒル氏はそう指摘する。「高額な商品を買う際は、なおさらに注意深い。流行に左右されないものを選ぶようにしている」。
流行に左右されないとは、ニューヨークのセレブリティに人気のケイト(Khaite)のようなデザイナーによる年齢を選ばないクラシックな装い、スカンジナビアブランドのロジャー(Rodebjer)を代表とする「頑張りすぎない、着回しのきく」アイテム、そしてあらゆる種類のミニマリストスタイルなどを指す。
「結局のところ、ヒールの低い靴を履いていつも同じような服を着て仕事をするほうが、生産性はあがるだろう」とトマジ・ヒル氏は言う。「今後『ともかくイケてる』生活に戻るか否かは別として、このような服装はどういう場面で着用してもうまく機能する」。
「トレンドなどもはや存在しない」
全体的に見ると、ファッションは実用性重視に向かっている。
4年前、デザイナーのミーシャ・ヌヌー氏も自分のブランドを実用重視に転換させた。それ以前の5年間、ヌヌー氏はシーズンごとにファッションショーを開き、卸売りのビジネスモデルに依存してきたが、現在は消費者に直接販売するD2C事業に転換し、「時代遅れにならない、長く着られる」をモットーに、1着185ドル(約1万9000円)のドレスシャツのような商品を展開している。3年前から製造もオンデマンドに切り替えた。
シーズンレスなスタイルこそファッションの未来だとヌヌー氏は言う。従来ファッション業界は、「ファッションウィーク」と呼ばれる年2回の新作発表会を通じて流行を仕掛けてきた。70年代の例で言えば、春にはフォークロアファッションを、秋にはロシアの王侯貴族風をといった具合に。だがブランドは、「どこにでもある」シーズンごとのトレンドに追随するのではなく、自分自身の主張を確立することに注力するべきだ。
「何かで名を知られる存在でなければ、ロイヤルカスタマーは獲得できない」とヌヌー氏は言う。「トレンドなどもはや存在しないのかもしれない。少しでも成熟した人なら、トレンドに注力などしない。トレンドには多くの時間と労力を要するし、サステナブルではないからだ。トレンドには過剰な消費がつきものだ」。
ファッションショーの開催もサステナブルでない。ファッションショーが廃れつつあるのもそのためだ。「シーズンごとに多額の資金をつぎ込む高級ブランドは、金の使い方についてもっとずっとクリエイティブになれるのではないか」とヌヌー氏は語る。「私が高級ブランドのCEOなら、まわりにいる誰に対しても、従来とは異なる発想とサステナブルな思考でエキサイティングな企画を考えるように言うだろう」。
従来の価値観に見切りをつけるブランド
タクーン・パニクガル氏もファッションショーと百貨店に見切りをつけたデザイナーのひとりだ。同氏は2019年9月に自分のブランドのD2Cバージョンを立ち上げた。販売する商品は「以前ほど高価ではない」が、季節を選ばず、朝の9時から夜の9時まで着られる。しかもウォッシャブルで、価格も手頃だ。ちなみに、リブ編みのタンクトップは45ドル(約4700円)、トレーナーは95ドル(約1万円)という。
「何かが壊れた」。伝統的なファッションのあり方について、パニクガル氏はそう評する。それはいまも、ランウェイにふさわしいアイテムを中心に展開するモデルだが、いまどきの女性のワードローブには、そういうアイテムの居場所はない。
「10年前なら、高価なブランド品に大枚をはたいたかもしれない」とパニクガル氏は言う。「ある年齢、あるいはある収入に到達したら、年に数回しか出番がなくても、プラダとかヴァレンチノなどのアイテムをクローゼットに持っていることは、ほとんど通行許可証のようなものだった。だが、クローゼットに下げておくだけの軽薄な衣料品など、もはや消費者が優先したいものではなくなった」。
それよりもいまどきの顧客は、自分と価値観を同じくするブランドを支持したがる。ヌヌー氏によると、同氏のブランドが支持される理由はサステナビリティだという。また、パニクガル氏は自分の顧客をオーガニック食品を買う人々にたとえる。彼らはほんの少し値段が高くても、自分がよいと思えるもの、つまり地球に悪影響を与える「使い捨ての」ファストファッションではないものを進んで買おうとする。
デザインのイノベーションは失わない
ブランドや小売企業にとって今日の環境が危険なのは、売れる商品を学ぶなかでデータに頼りすぎてしまい、デザインイノベーションを窒息させてしまうリスクを伴うことだ。進化の失敗は、従来的な意味でのファッション業界が壁にぶつかることになった理由でもある。
「D2C事業の運営で私が常に恐れているのは、自分たち自身の声しか聞かず、独りよがりに陥ることだ」とリッチャープアラーのポーリング氏は自戒する。「データを見て、売れ筋の商品ばかりをつくろうとする。だが顧客がその商品を買うのは、その商品ばかりを見せられるからだ」。
「我々のコレクションの2割は、まったく新しい発想でつくる」とポーリング氏は語る。「売上データに基づいて売れる商品だけを製造していたら、我々のブランドはいまごろ、たったひとつの商品しかつくっていないだろう。スウェットだ」。
[原文:The end of fashion: Why comfortable, seasonless styles will replace runway trends]
JILL MANOFF(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)