米国の小売店が、店舗の営業を少しずつ再開している。だが、店舗の風景、そして実際の運営は、これまでと大きく異なるものになるだろう。 ショッピングはこれまで、どちらかといえば気楽な活動だった。しかし、新型コロナウイルスの流行 […]
米国の小売店が、店舗の営業を少しずつ再開している。だが、店舗の風景、そして実際の運営は、これまでと大きく異なるものになるだろう。
ショッピングはこれまで、どちらかといえば気楽な活動だった。しかし、新型コロナウイルスの流行とその余波によって、状況は変わっている。小売業者は、店内の混雑や衛生管理にどう対処すべきなのかを真剣に検討せざるを得なくなった。また、買い物客がいままでと違う行動を取ることも考慮しなければならない。
そのためには、組織、技術、そして運営面での変化が必要になる。新しいプログラムが実施され、ワークフローが変わり、新たな予防策が講じられることだろう。小売業者はいま、新しいショッピング体験を提供する最適なやり方を見つけ出そうと多額の投資を行っている。しかし、確実にいえることは、新しいショッピング体験がどのような風景を作り出し、どのような感情をもたらすようになるのかは誰にもわからないということだ。
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小売業者が検討している課題は、駐車場からレジに至るまで、ショッピングのあらゆる段階に渡っている。人々がかつて当たり前に行っていた行動は、いまやまったく通用しない。そこで我々は、これからの数週間あるいは数カ月間で店舗がどのように変化するのかを知るべく、いくつかの取り組みを取材した。かつて小売業者は、実店舗での体験に少しずつ変化を加えながら最新の店舗体験を実現すると述べていた。だがいまは、はるかにすばやい行動が求められている。
では、店舗を再開しはじめた小売業者にとって非常に大きな問題と、近いうちに起こるであろう変化を見るために、店舗を覗いてみることにしよう。
店舗に入る前
小売店は何よりもまず、店舗でどのような対策を期待できるのかを顧客にわかりやすく伝えなければならない。この取り組みは、顧客を店舗に迎え入れる前からはじまる。店内でソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保するためにどのような取り組みをしているのか、多くの人が触れる場所をどのくらいの頻度で消毒しているのかといった情報を、店舗のウェブサイトで伝えるのだ。
ドライブスルー販売(カーブサイド・ピックアップ・サービス)が顧客を集めるなか、ショッピングモールや大型小売店は、車から降りずに買い物をしたいと考える顧客のために駐車場を増やしている。全米で400を超えるショッピングセンターを所有し、複合施設の開発を手がけているキムコ・リアルティ(Kimco Realty)は、自社のさまざまな施設の駐車場にドライブスルー販売専用エリアを作りはじめた。
これからは、顧客が店に入ろうとしても、外で待たされることになる可能性が高い。店舗がソーシャルディスタンスをより徹底するために、一定数の顧客しか入店できないようするからだ。そのような店舗は、入り口の外に従業員を配置し、買い物客を1人ずつ迎え入れるようにしている。
小売業者はまた、顧客が店舗に入る前から、その店舗に関する情報をできるだけ多く得られるようにしたいと考えている。たとえばラコステ(Lacoste)は、テクノロジー企業のユービック(Yoobic)と提携して、自社のブティックやアウトレットの窓にQRコードを張り出すことを明らかにした。顧客がQRコードをスキャンすれば、その店舗で購入できる商品を入店前に確認できるという。
「人々は恐怖心を持っており、ショッピングモールのような人での多い場所には、特に注意を払っている」と、ラコステで定価販売担当バイスプレジデントを務めるジュリアン・シュナイダー氏はいう。「店舗の外にQRコードを張り出しておけば、買い物客は自分のペースで当社の商品を見て回れるようになる」。
店舗の入り口で
多くの店舗で、店に入った人が最初に目にするのは、店員の姿ということになるかもしれない。もちろん、その店員は少し離れた場所に立っているだろう。場合によっては、マスクを付けていない人にマスクを配っているかもしれない。また、多くの小売業者が、マスクを確認する従業員だけでなく、店内での買い物について質問をする顧客に対応する従業員を入り口付近に配置するだろう。たとえば、どのくらいの頻度で店舗の消毒を行っているのかといった質問や、人の流れをよくするために店内の通路を一方通行にしているのかといった質問に答えるためだ。
そして、ここでもテクノロジーが役立つはずだ。ラコステは、入り口付近や商品の陳列棚、試着室など、人の出入りが多い場所にQRコードを張り出し、顧客がそのコードをスキャンすれば最後に消毒が行われた時間を確認できるようにした。これは「従業員とのやり取りを減らすためだ」と、シュナイダー氏はいう。
米国では、ほぼすべての小売チェーンが、従業員に店舗内でのマスクの着用を義務づけている。また、可能な限り顧客との距離を6フィート(約1.8メートル)空けるように勧めている。とはいえ、来店客に求める予防策については、すべての小売業者が同じスタンスを取っているわけではない。
ウォルマート(Walmart)やクローガー(Kroger)といった大手小売企業は、顧客に店内でのマスクの着用を促しているが、義務づけてはいない。これに対し、テクノロジーショップのベータ(b8ta)やコストコ(Costco)は、店に来る顧客にマスクの着用を義務づけている。後者のやり方を選んだ小売業者は、店の従業員に警備員としての役割も求めることになる。ただし、従業員と顧客のあいだで揉め事が起こる可能性があるため、従業員を訓練して事態をエスカレートさせないようにすることも必要だ。
ベータでは、マスクをしていない顧客にマスクを提供して、着用してもらえるようにしている。これは、入店するのにマスクの着用が義務づけられていることに不満を抱いた顧客をなだめるためだ。だが、ベータのCEO、ビドゥ・ノービー氏は、最終的にこう述べている。「我々は独立企業として、店舗に入る人を制限することが認められている。そして、こうすることが従業員にとってベストだと考えたのだ」。
米疾病管理予防センター(CDC)は市民に対し、公共の場でマスクを着用することを勧めているが、来店客にマスクを義務づける行政命令を出している州は、イリノイ、ニューヨーク、ニュージャージーなどごくわずかしかない。「実のところ、小売業者は(行政命令を)望んでいる。顧客を説得する役割から開放されるからだ」と、カンター・コンサルティング(Kantar Consulting)のグローバル小売担当シニアバイスプレジデントを務めるデビッド・マーコット氏は話す。
店舗の前まで来た顧客は、買い物カゴやショッピングカートを拭くためのアルコールタオルや、手指消毒剤のボトルも目にすることになるかもしれない。Appleなど一部の小売業者は、入り口で来店客の体温をチェックする方針を発表したが、体温が高い人の入店を拒否するかどうかは明らかにしていない。
店内を歩く
店舗の通路を歩く体験も、いまとは大きく異なるものになるだろう。クローガーやウォルマートなどの食料品店では、人の流れをスムーズにする手段のひとつとして、通路を一方通行にするテストを行っている。だが、ピュブリシス(Publicis)の最高コマース戦略責任者であるジェイソン・ゴールドバーグ氏が指摘するように、このようなやり方は予期しない別の問題を引き起こす可能性があるかもしれない。つまり、店に入った顧客ができるだけすぐに出られるようにしているなかで、地図のような一方通行のルートを設定すれば、「買い物の時間が長くなる」というわけだ。
顧客が歩いている通路をロボットが移動するようになる可能性もある。たとえばAmazonは、通路を動き回り、ウイルスを死滅させるのに役立つ紫外線を商品棚に照射するマシンを開発した。この技術は、Amazonの倉庫やAmazon傘下のホール・フーズ(Whole Foods)で使われる可能性があるという。もっとも、「この技術が認可されるかどうかは疑問だ」と、調査会社イーマーケター(eMarketer)のアナリスト、アンドリュー・リップスマン氏は指摘する。
ロボットの仕事は消毒だけではない。ウォルマートは1年前から、商品をチェックして在庫を記録するロボットのテストを行っている。さらに同社は、自律掃除ロボットを手がけるブレイン・コープ(Bain Corp)のデバイスも利用している。ブレイン・コープによれば、3月には同社のデバイスの利用が前年同月比で13%増加したという。
また、以前と同じように見える商品棚にも、変化が起こっている可能性がある。たとえば、米百貨店のコールズ(Kohl’s)は、ショッピング中の顧客が手指消毒剤を利用できるようにしている。だが、解決すべき問題はまだある。たとえば、誰かが棚から商品を取り出した場合の対応について、小売業者のあいだで一致した見解はない。
ゴールドバーグ氏は、「(棚から取り出した)商品を買わない場合はどうすべきかを顧客に指示する注意書きが貼られるだろう」と述べ、こうした新しい注意書きがあちこちに登場するはずだと語った。たとえば、汚れてしまった可能性のある商品を安全に回収する「商品の拘置所」のような箱が置かれるかもしれない。
商品を手に取る
ソーシャルディスタンスが求められる時代になっても、商品を手に取ってみることは必要だ。だが、布地や金属、あるいはダンボールの表面でウイルスなどの病原体がどのくらいの期間生存できるのかはまだわかっていない。そのため、店舗でウイルスの拡散を100%阻止することは難しい。
小売業者は、顧客が手にした商品を安全に消毒する方法を見つけ出そうとしている。いくつかの国で採用されているアイデアは、「商品を隔離」するというものだ。具体的には、顧客が触れた商品を売り場や試着室から回収し、数日間安全な場所に保管してから、店舗に戻して別の顧客が手に取れるようにする。米国では、PVH傘下のカルバン・クライン(Calvin Klein)などいくつかの小売業者がこの戦略を採用した。同社のCEOであるエマニュエル・キリコ氏は5月下旬、同社が所有するすべての店舗で、顧客が手に取ったすべての商品を「隔離所に送って48~72時間保管」し、除菌するという予防装置を明らかにしている。
また、医療機関向けソリューションを手がけていた企業が、商品をすばやく消毒できる製品を販売して小売業界に参入している。バイオガード(Vioguard)は、90秒間の殺菌処理でバクテリアを死滅させる医療機関向けの紫外線光(UV-C)技術を開発していたが、いまや小売業界やホスピタリティ産業向けの効果的な消毒ソリューションを手がける企業としての地位を確立した。店舗やホテル、レストランが営業再開後に24時間体制で消毒作業ができる体制を整えようとしているなか、バイオガードの紫外線光システムは、物体の表面を拭き取るよりも実用的で継続的な手段として脚光を浴びている。
バイオガードで販売およびマーケティング担当バイスプレジデントを務めるマーク・ビーストン氏によれば、同社は現在、「ホスピタリティ関連の大手企業グループ」、携帯電話販売会社、ジュエリーチェーンなど複数のブランドと提携し、消毒作業に自社の製品を利用してもらうべく取り組んでいるという。「小売業者が衛生的な環境を維持していることを顧客にわかってもらうには、視覚に訴えることが有効になる」と、ビーストン氏は述べている。新たに提携した企業のなかには、多くの人が触れる物を簡単に消毒できる手段を探している「ホスピタリティ関連の大手企業グループ」のほか、携帯電話販売チェーンや中規模のジュエリーブランドがいるという。
試着や試食をする
一方、試着に関しては、予約制などいくつかのアプローチを小売業者は採用している。ファッションブランドのマンゴ(MANGO)は、衣料品を蒸気で消毒する方針を定め、営業を再開したスペインとフランスの店舗ですでに実施している。ハイエンドブランドのスーツサプライ(Suitsupply)は、顧客が試着したすべての衣類をドライクリーリングに出すというポリシーを決定した。
また、スーツサプライによれば、仕立てが必要な顧客は改装したフィッティングエリアに誘導するという。同社はこのエリアで、客とスタイリストのあいだに透明の仕切りを設置できるようにした。「どう考えても、6フィートの距離を保ったままスーツにピンを刺すのは不可能だ」と、スーツサプライのCEO、フォッケ・ディヨング氏は話す。この未来的なデザインの仕切りは、韓国のレストランで使われていたものに触発されて制作したもので、スタイリストがスーツをピンで留めるために手を入れられる小さな穴が開いている。
食品の分野では、パンデミックに起因する衛生対策として、食品を入れた大きな瓶を並べた量り売りコーナーを閉鎖した店舗もある。クローガー、ウィンコ・フーズ(WinCo Foods)、ホール・フーズ(Whole Foods)といった全米規模の食品チェーンは、店舗がある地域のガイドラインに従って、さまざまなレベルでこうしたポリシーを導入している。
ビュッフェコーナーや調理済み食品の量り売りがすぐに再開される見込みはなさそうだ。ウィンコ・フーズは新型コロナウイルスの流行後、店舗でのオリーブバー、スープバー、ドリンクバーの提供を「一時的に休止」した。同じくホール・フーズも、3月に始まった新型コロナウイルス感染症の流行に対応するため、サラダやスープ、ピザをバイキング形式で販売していたコーナーを閉鎖したほか、店舗の内外に設置していたベンチをすべて撤去している。
レジで会計をする
店舗のレジでは、透明なアクリル板の設置やマスクや手指消毒剤の提供といった予防策だけでなく、すでに非常に大きな変化が現れている。もっとも、これは驚くべき話ではない。公衆衛生当局が警告しているように、決済エリアは人とのやり取りが多いため、店内のどの場所よりもウイルスを拡散させるリスクが高いからだ。
その結果、タッチ決済の利用が急増している。実際、パンデミックの発生以降、食料品チェーンや薬局などの小売店で現金の利用を制限する動きが見られる。たとえば、ホール・フーズやウォルグリーンズ(Walgreens)は、デビットカードで購入した顧客に対するキャッシュバックを停止する措置を講じた。
Apple Pay、Samsung Pay、Google Payなどのデジタルウォレットも利用が拡大している。決済ソリューションプロバイダーのスクエア(Square)は今月はじめ、商取引でのデジタル決済の利用が増えた結果、第1四半期には「CNP決済」(カードを提示しない決済)に対応した同社製品の利用が、前年同期から大幅に増加したことを明らかにした。
また、ソーシャルディスタンスが実現できることをメリットとして打ち出している決済サービスもある。たとえば、ミンフォ(Minfo)のアプリは、音声QRコードに似た決済インターフェースを利用することで、最大7フィート(約2.1メートル)離れた場所からタッチ決済ができるという。CEOのローランド・ストルティ氏によれば、オーストラリアに本拠を置くスタートアップの同社は、買い物客と店舗がこのシステムを利用できるようにするためのベータテストを行っているところだという。同社の狙いは、小売の分野でソーシャルディスタンスを実現する新たな方法を作り出すことだ。「衛生面に関する不安を減らせることが我々のセールスポイントだ」とストルティ氏は述べている。
同社が現在注力しているのは小売と住宅の分野だが、将来的には、デジタルレストランのデジタルメニューや横断歩道のボタンなど、手で触れることが多いほかのサービスにも応用できる可能性があるとストルティ氏は話す。
こうした取り組みが実現すれば、あなたはもう一度自分の手を消毒してから、店を出られるようになる。店舗は、あなたがまたお店に来てくれるのを心待ちにしているだろう。
Modern Retail Staff(原文 / 訳:ガリレオ)