米国のテレビ業界で一般的なアップフロント(TV広告枠の先行販売)を見直そうとする動きが、広告主とエージェンシーの間で広がっている。新型コロナウイルスによる景気の低迷で、柔軟な契約を望む広告主が増えているためだ。自分たちの事業は守りつつ、いかにアップフロントを変化させるか。米テレビ局は難しい舵取りを迫られている。
2004年春、広告主各社は米国で毎年行われるテレビCMのアップフロント(TV広告枠の先行販売)市場を変えようと試みた。当時のメディアポスト(MediaPost)の記事によれば、全米広告主協会(ANA)と全米エージェンシー協会(4A’s)は、マンハッタンにあるホテルの豪華な会議室にブランドやエージェンシー、テレビ局の役員に加えて弁護士ら、合計40名ほどを招き、アップフロントのやり方を変えるため5時間にわたり議論を交わした。だが何も変わらなかった。
だが、変化というものは少しずつ、そしてあるとき一気に起こるものだ。アップフロントは1960年代の初頭からテレビ業界に根付いた。広告主としてはテレビ局の限られたCM枠を比較的低価格で買えるチャンスになり、テレビ局にとっては翌年のCM枠分の金額を前もって受け取ることができる仕組みなのだ。そんななか、現在の浮き沈みの激しい経済状況から、これまで不可侵となっていたさまざまな慣行に議論や変更の波が押し寄せている。そしてこれはテレビ業界にも波及しているのだ。「テレビは柔軟性がもっとも欠けるメディアだ」と、あるエージェンシー役員は語る。かつては売買する双方に利益をもたらしたアップフロントだが、パンデミックによりスポーツ中継がいつ再開するかもわからず、秋の番組スケジュールも決まらない不透明な今の世界ではデメリットが大きい。
テレビは、広告主が1分刻みでキャンペーンを切り替えられる検索広告やSNSといったデジタルチャネルが台頭した今なお、アップフロントを続けている。だが現在の危機は、テレビCMについてより柔軟な合意条件を形成しようと売る側と買う側の双方を後押ししている。むしろ大規模な変化なしに、アップフロントが多少変わるだけで十分なのかという疑問も投げかけられているのだ。
Advertisement
柔軟性が課題に
大手エージェンシーのUMワールドワイド(Universal McCann Worldwide)で総合投資部門のエグゼクティブバイスプレジデント兼マネージングパートナーを務めるステイシー・スチュワート氏は「新型コロナウイルスによってテレビがいかに柔軟性に欠けるかが改めて浮き彫りになった」と語る。
3月には、多数の広告主がテレビ局に昨年夏の契約を撤回できないか問い合わせている。契約撤回の期限は過ぎていたにも関わらず、各局はこの要求に応じた。長期的な関係性を維持するため、短期的な利益を捨てた格好だ。同時に、これによって広告主とのアップフロント交渉において長期的な柔軟性が焦点となりつつある。
メディアエージェンシーであるオムニコムメディアグループ(Omnicom Media Group)の北米担当最高投資責任者を務めるキャサリン・サリバン氏は「エンゲージメントのルールが本質的に変わりつつある。クライアントがアップフロントでコミットする金額の水準は、テレビ局が多様なモデルをどれだけ積極的に検討するかにかかっているだろう」と述べた。
今のところ少なくともエージェンシー1社が、今年のアップフロント交渉で柔軟性を前提条件にしている。同エージェンシーの役員は「ここ数年よりも需要が少ないこともあって、この柔軟性に関する要求に同意しないテレビ局は今年のアップフロントでは見送るつもりだ」と述べた。
交渉の選択肢
広告主やエージェンシー、テレビ局は、アップフロント契約に際して考えられるあらゆる選択肢を検討しているようだ。広告主側は、今の不透明な景気を考慮して広告支出にできるだけゆとりを持たせようとする方針をとっている。一方、テレビ局は資金の大半(ある役員によれば70%)を払い戻し対象から外しつつ、いかに柔軟性を確保するかを検討している。
これまで広告主のアップフロントの年間契約は、一部を四半期ごとにオプトアウトできるようになっていた。キャンセル対象の金額は広告主やどの四半期のキャンセルかによって異なるが、15%から50%となっている。ただし、四半期に契約の一部をキャンセルする場合はテレビ局に早い段階で伝える必要がある。キャンセルの受付期間もさまざまだ。一般的なのは四半期が始まる45日から60日前だが、一部の映画スタジオでは30日前というところもある。
今年のアップフロント交渉では、広告主とエージェンシーは契約キャンセル条件をゆるめることを検討している。一般的には四半期のキャンセル期間を30日まで短縮しつつ、キャンセル料を契約金額の50%以上まで引き上げる条件での合意を目指すところが多い。また、そこからの広告主の要求条件は多彩だ。なかにはコロナ禍が自社の業績におよぼす影響とキャンセルオプションを関連付けようとするところもある。たとえば小売企業があらかじめ合意した割合の店舗を閉じざるをえなくなった場合は全契約をただちにキャンセルできるといった形式だ。ほかにも契約金額の3分の2のキャンセルや、1年ごとではなく四半期ごとに取引を結ぶといった条件を提示するところもある。
あるテレビ局の広告営業担当役員は「柔軟性に関して提示された枠組みの数は20はくだらないだろう。半数は無茶な要求で、半数は交渉の余地がある」と明かしている。
柔軟性の見返り
広告主がアップフロント交渉を見送るような事態は避けたいテレビ局だが、それでも自分たちの事業は守らねばならない。局側としては、オリジナル番組の制作費用やスポーツ放映権といった高額コンテンツのためにはアップフロント契約の収益が必要なのだ。
「オリジナル番組は数百名の人員と数億円規模の制作費用が必要だ。事前に制作計画を立てる必要があり、そのためにはあらかじめ予算の目処をたてなければならない。リアルタイムで低予算のデジタルコンテンツとはかなり異なる環境なのだ」とあるテレビ局の広告営業役員は語る。
さらにテレビ局は、アップフロントよりも柔軟性の高い広告フォーマットをすでに提供している。テレビ局の役員らによれば、四半期のキャンセル決定を2週間先延ばしにしてほしいという広告主からの要求は一般的で、こういった要求のおよそ半分はテレビ局側も許可しているという。キャンセル期間が45日であればおよそ30日になるわけだが、キャンセル期間が30日の場合は約15日にまで短縮される。これはテレビ局としてあまりに短すぎる。「30日のキャンセル受付期間から先延ばしの申し出というのは到底受け入れられない」と上述のテレビ局役員は語る。映画のマーケターらは30日の受付期間だが、先延ばしの要求はほとんどないという。
いずれにせよテレビ局側もある程度の交渉は残しているのだ。「見返りは必要だ。柔軟性を求めるのであれば、かわりに何かを提供してもらわねばならない」と別のテレビ局の営業担当役員は語る。
テレビ局の懸念
テレビ局側はキャンセル期間の短縮を提示する一方、キャンセル料は変えない、またはキャンセル料は上げるが広告費用も引き上げるといった選択を提示している。さらにテレビや配信の複数チャネルを保有するテレビ局グループの場合、広告主との交渉を通じてオーディエンスに合わせてキャンペーンを別のチャネルに移すという手法もとられる。P&Gやペプシコ(PepsiCo)のように、広告主が複数ブランドを展開しているときはブランドを切り替えるといった対応もとっている。
だがテレビ局としては柔軟性について広告主の要求を受け入れすぎることに関する懸念もあるようだ。 春の時点では受け入れる姿勢だったテレビ局も、アップフロントにおける問題点が明らかになりつつある。
今年のアップフロント交渉の初期段階ではテレビ局とエージェンシーの持株会社が交渉を行うなかで、特に柔軟性が必要な旅行やファーストフードなどについて活発なやり取りが交わされた。前述のテレビ局の営業担当役員は「3週間前にはエージェンシーの持株会社とかなり深い話し合いをしていた」と語り、次のように述べた。「そして今、システム自体を変えるべきだという正式な要求がきている。そうして交渉がはじまったのだ」。
[原文:‘The rules of engagement are changed’ The TV industry contemplates a changed buying process]
TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)