新型コロナウイルスの感染拡大が長期化するなか、健康や労働環境、雇用状況に不安を覚える米小売業界の従業員の間で労働組合への関心が高まっている。安定した生活を支えるエッセンシャルワーカーとしての意識を持ち始めた小売従業員たちが、雇用主に説明を求め責任ある対応を求めるために組合の力が必要だと考えているためだ。
大手百貨店のメイシーズ(Macy’s)は6月の店舗営業再開時、人混みが発生しやすい店舗でのみ体温測定を義務付けると発表し、ニューヨーク州ホワイトプレーンズにあるアウトレット店で店員の体温測定をおこなわなかったことで労働組合の反発を招いた。対抗して小売業界の労働組合であるRWDSU(Retail, Wholesale and Department Store Union:小売卸売デパート組合)のメンバーが同店舗の外に立ち、入店前に店員の体温を測定した。
最終的にはメイシーズ側が折れた。RWDSU代表のスチュアート・アペルバウム氏は、「我々の行動がニュースになり、メイシーズは全店舗で安全プロトコルを採用することになった」と語る。
新型コロナウイルスの感染拡大以降、労働組合は小売業界の従業員の安全対策強化に貢献し、社員を危険にさらすような企業方針を覆す影響力を直接的に発揮してきた。アペルバウム氏はRWDSUをはじめ各組合が給与や退職金、自主的な隔離や治療のための有給休暇などで条件改善を成し遂げてきたと語る。たとえば、食料品チェーン各社が感染拡大が続くなか働く従業員への追加手当を廃止したときも組合は声を上げ、大手ーパーマーケットチェーンのクローガーズ(Kroger’s)は店員に追加ボーナスを支払うことで合意した。
Advertisement
一方、組合に所属しない社員はしばしば劣悪な環境での労働を余儀なくされている。米上院議員のエリザベス・ウォーレン氏とコーリー・ブッカー氏の2名は、タイソン(Tyson)をはじめとする食肉加工会社4社が中国市場へ大量の豚肉を供給するため、数千人の労働者を深刻な危険にさらしたとして調査を命じた。Amazonでは倉庫従業員の感染者が多く出ており、ソーシャルディスタンスを遵守できない衛生面で劣悪な労働環境が問題となっているほか、組合を立ち上げようとした従業員が懲戒処分を受けている。
「組合がない環境では選択肢がない。自分たちの意見をまとめ上げて伝える機能がない」とアペルバウム氏は指摘する。「自分たちへの命令に疑問の声を上げることもできないのだ」。
米国では来店者のマスク着用を義務付けない店も多く、従業員は必要以上に感染リスクの高い環境で働いている。社会学者であり、今の小売チェーンの労働環境の問題点を指摘した著書を出版したピーター・イケラー氏は「彼らは医療従事者ではない。自分の健康や生命を危険にさらすような労働契約を結んだわけではないのだ」と語る。
非組合員の現状
現在およそ1500万人のアメリカ人が民間小売企業で働いているが、その大半は労働組合に所属していない。米労働省の労働統計局のデータを見ると、2019年の同国の小売および卸売業界で組合に所属しているのはたったの4%で、1983年の10%強から大きく減っている。主要な組合として挙げられるのが、RWDSUおよび関連団体の全米食品商業労働組合(United Food and Commercial Workers Union:UFCW)だ。このふたつの組織には百貨店チェーンのブルーミングデールズ(Bloomingdale’s)やH&M、クローガーズ、ザラ(Zara)、メイシーズなど有名小売店の社員が所属している。
アペルバウム氏はパンデミック以降、非組合員の社員からの労働組合への関心は高まっていると指摘する。「かつてないほど多くの問い合わせを受けている」と同氏は続ける。「雇用主の決断に疑問を抱いた場合、早い段階で問いただす人が増えていると感じる」。かつて組合への所属は発言力と雇用の安定をもたらす一方で、雇用主から報復されるリスクも背負いかねない決断だった。だがパンデミックによってこれは変化したと同氏は語る。「自分自身の健康や安全と比べると話は変わってくる」。
米DIGIDAYの姉妹サイトモダン・リテール(Modern Retail)の最近のインタビューでは、あるスーパーの店員が匿名を条件に自分たちが使い捨てにされていると感じると明かしている。「今、自分たちは人間扱いされていない。企業や一部の消費者にとっては自分たちは交換可能な歯車にすぎないのだ」とこの店員はこぼしている。「社員や消費者のためにこうした無責任な決定をすべきではない。それに対して自分たちができることといえば、組合を結成し、不適切な中間管理職の昇進をなるべく防ぐことくらいだろう」。
組合を妨害する企業の存在
米国における労働組合の承認はかなり面倒な法的プロセスが必要だ。まず投票で組織に所属するメンバーの過半数が組合結成に賛成する必要がある。そして政府の独立機関である労働関係委員会(National Labor Relations Board:NLRB)に通達し、その監督を受けながら2回目の正式投票を行う。NLRBは6月だけで66回の投票を実施した。
テキサス州デル・リオの携帯電話事業者T-モバイル(T-Mobile)の店員たちも組合結成を狙ったが、投票で過半数を獲得できなかった。イケラー氏は1回目から2回目の投票のあいだに、雇用主は組合への参加を妨害したり、プロセスを煩雑にしたりといった対抗策をとる場合があると語る。通信業界の労働組合であるアメリカ通信労働組合(Communications Workers of America:CWA)のプレスリリースによれば、T-モバイルのデル・リオ店のケースでは、ほかの店の店長が何度も店員と面会して組合結成に反対するように働きかけたという。
こういった妨害工作は大企業では一般的とされている。たとえばAmazonでは、2018年に社内向けに労働組合反対の動画を制作し、同社の方針について次のように述べている。「組合では顧客や株主、そして何より社員にとっての利益を最大化できないと考えている。当社のビジネスモデルは速度とイノベーション、カスタマーサービスのもとに成り立っている。こういった要素は組合とは相容れないことが多い。Amazonの核心的な価値観を見失えば、私もあなたも同僚も含め、全社員の雇用が危険にさらされることになる」(Amazonは今年はじめ、組合を結成しようとした社員を解雇したことで非難を浴びた)。
米国で組合に所属する割合がここまで低いのには、こういった背景がある。小売業界の従業員はあまりトレーニングが必要ないケースが多く、解雇や離職があっても別の人材で替えがききやすいという現状がある。だが彼らが使い捨てではなくエッセンシャルワーカーとして注目を集めるいま、この力関係も多少変わるかもしれない。Amazonの従業員は健康と安全の観点から組合の結成を求めている。ここ数カ月、小売業界では組合が社員に対して自分たちの考えを公表するよう促し、企業を動かすケースが増えている。
組合参加が従業員の健康を守る
余剰人員の解雇が進むなかで、非組合員が解雇手当なしで解雇されるリスクも増えている。一方、小売業界では組合員だったことで退職金を得られた場合も多く、これから数か月において組合への所属が功を奏することも考えられる。2月下旬にはメイシーズ、シアトル店の店員が1年間の勤務につき1週間分の給与相当の退職金を獲得している。同社は全米の30店近くを2020年末までにたたむ予定となっている。
健康と安全を最大の優先事項としている従業員は多い。パンデミックのなかで消費者に重要なサービスを提供している小売業界の労働者たちだが、数千人の感染者や死者が出ており、企業側の対策が不十分なケースも少なくない。
「雇用主とのトラブルを嫌がって問題を公にできない人は多い」とRWDSU代表のアペルバウム氏は語る。「だが自身や家族の健康と安全、生命すら危険にさらされるなかで立ち上がり、声を上げる必要があると感じる人が増えている。これは全米のあらゆる業界で見られる傾向だが、小売業界ではとりわけ顕著となっている」。
[原文:The pandemic has exacerbated differences between unionized and non-unionized retail workers]
Natasha Frost(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)