新型コロナウイルスが世界に大惨事をもたらし、ビジネスの情勢は瞬く間に激変した。かつてはD2Cブランドは参考にできる明確な「ガイド」が存在したが、もはや通用しない。ベンチャーキャピタル情勢は変化し、新規顧客獲得法も変わった。今回のDIGIDAYガイドは、市場の変化と新時代のD2Cブランド戦略を取り上げる。
新型コロナウイルスが世界に大惨事をもたらし、ビジネスの情勢は瞬く間に激変した。デジタルからスタートしたブランドはいま、この新しい情勢下で事業を進める方法を模索している。以前は、ほかの成功企業の歩みに倣うなど、多くのブランドが参考にできるD2C(Direct to Consumer)ガイドがあった。そこには、資金調達やトラクション(牽引力)をできる限り多く得ることも含まれていた。
だが、そのガイドはもう通用しなくなった。ベンチャーキャピタルの情勢は変化し、新規顧客の獲得法も変わった。同時に各ブランドは、いままで以上に収益性について考えることを強いられている。
米DIGIDAYの兄弟サイトであるモダンリテール(Modern Retail)はこのレポートで、過去1年間に起こったすべてのシフトを詳細に解説する。まず、顧客獲得コストが急騰し、そこへコロナ危機が到来した。ブランドはいま、前へ進むための最善策を見出そうとしている。
Advertisement
以下の点について、詳細を解説する。
- どんなシフトが、なぜ起こったのか
- 顧客獲得のために各ブランドが採用している新戦略
- 新たな消費者パターンに対応するためのマーケティング予算のシフト
- ベンチャーキャピタリストによる「このすばらしき新世界」へのアプローチ法
以前のD2Cガイドは完全ではなく、いまとなっては時代遅れのものになってしまった。企業が生き残るために、いま知っておく必要があることを以下に紹介する。
目次
02 利益確保への圧力
03 新たなベンチャーキャピタルの情勢
04 パニックモード
05 ケーススタディ:ウェルパス(WellPath)
06 チャネルの多様化
07 創意工夫
08 ケーススタディ:ピークデザイン
09 ブランド同士のコラボレーション
10 新しいマーケティング手法
11 デジタルの再考
12 次に何が起きるのか
01 業界のいま
eコマースが登場してから数十年が過ぎ、特にこの数年でこのチャネルは著しく成長が加速した。プラットフォームサイドでは、Amazonのようなプレイヤーが成長し、新たな高みに達した。バンク・オブ・アメリカ(The Bank of America)によると、Amazonは2019年に、米国のeコマースの市場シェアのおよそ44%を占めていたという。Amazonの2018年の市場シェアは40%だった。
Amazonは間違いなく、オンラインコマースプラットフォームを支配する地位にある。市場占有率で第2位につけるのは7%を獲得するウォルマート(Walmart)だった。イーベイ(eBay)やターゲット(Target)のようないくつかのプラットフォームがパイの残りの部分を取り合っているが、その他の個人事業主は中規模な各プラットフォームの利用を控えるようになっている。
D2C業界を構成しているのは、自身のチャネルを通じて販売しているこれらの個人事業主だ。これらのビジネスのほとんどは、もはや単なるD2Cではない。Amazonに出店しているところもあれば、現実世界で小売のパートナーシップを作り出したところもある。彼らが支配力を得た背景には、オンラインで安価に顧客を獲得し自身のウェブサイトに買い物客を導いたマーケティング戦略があった。
多くの企業が、ごく小さなオンラインショップから大規模なデジタルコマースのプレゼンスにまで成長した。キャスパー(Casper)やアウェイ(Away)、ハリーズ(Harry’s)がそうした例に含まれる。しかし彼らの多くも創業時には安価な顧客獲得法に頼っていた。たとえばキャスパーは、2016年1月~2019年9月のあいだに4億2300万ドル(約449億円)をマーケティングに費やしながら、利益を上げられずにいた。
スケールアップを目論む多くの企業にとって、このことが好ましからざる、終わりのない(ように見える)力学を生み出した。Shopify(ショッピファイ)の製品担当ディレクター、アーパン・ポッドゥチュリ氏は2020年初め、投資メディアであるバロンズ・グループ(Barron’s Group)の記事でキャスパーの新規株式公開(IPO)について議論し、「近い将来の顧客獲得コストは、実際に販売されている製品にかかるコストを超えるだろう」と話した。
問題は期待感の高さだった。こうした企業は急成長を前提に資金を集めていた。その多くは10億ドル(約1000億円)以上の価値があるとされていたが、彼らにはなんとかしてそれを証明する必要があった。そこでまず思いついた答えが顧客の獲得であり、収益(もしくは株式売却で利益を得るイグジット)はあとから考えることだった。だが、キャスパーやアウェイの事業はイグジットするには大きくなりすぎていた。事実、ハリーズは14億ドル(約1500億円)で消費財大手のエッジウェル(Edgewell)に買収されることを提案したとき、独占禁止法に関する懸念があるとして米連邦取引委員会(FTC)はこれを阻止した。より古く、より規模が大きい企業は黒字経営という目標を達成するためによりよいユニットエコノミクスを作り出さなければならず、さもなければ、公的あるいは私的に、資金調達をするという困難な仕事に直面することになる。
一方、若い企業は事態を見守っていた。キャスパーやペロトン(Peloton)のようなブランドがビジネスを継続する資金を得るために株式公開を余儀なくされた一方で、早い段階で持続性に焦点を合わせる必要があることに気づいた者もいた。ベンチャーで数億ドルの資金を調達する夢も、それがイグジットの機会を失うことを意味するのだとしたら、もはや理想ではなくなったようだ。ブランドは10億ドルや5億ドル(約1000億や500億円)規模の巨大企業になることに興味を示さなくなり、代わりに5000万ドル(約50億円)程度で健全なビジネスを成立させることにより強い関心を寄せるようになった。かつてブランドが成長したのは、FacebookやGoogleの広告が生み出した不健全な市場力学のせいだった。広告の価格は2019年に上昇し、多くのビジネスが現実に引き戻された。会話型コマースによる飲料販売を手がけるアイリス・ノバ(Iris Nova)の最高経営責任者(CEO)、ザック・ノーマンディン氏は2019年初めに「成長するのは容易ではない」と語った。同氏は「来年(2020年)がどうなるか非常に興味深い」と言い、D2Cブランドは「成長と持続をもはや続けられないことに気づくだろう」と続けた。
何年も先のことだと思われていた問題が、新型コロナウイルスの影響で一気に前面に出てきた。多くの企業がまず成長に、次に持続性に焦点を合わせた。だが、世界的なパンデミックが起こり手に入る資金が乏しくなった。
一方で、かつて収益性を少しずつ増やすのによい方法と思われていたチャネル、すなわち実店舗での小売りは完全に閉ざされてしまった。工場は操業を止め、出荷は滞り、サプライチェーンは大打撃を受けた。各ブランドは軸足を変えると同時に、デジタルでの存在感も強められる最善の方法を考えることを強いられた。
手持ちの現金に焦点を絞る企業もあった。そうした企業は確実に事業を継続していくために、事前注文のみのモデルに切り替えた。異なるサプライチェーンを探し、在庫がなくならないようにした企業もあった。だが、売上げ予測はゼロになった。
つまり、新型コロナウイルスの流行によって、昔ながらのブランドの必勝法はまったく役に立たないものになってしまったということだ。
02 利益確保への圧力
保守派のD2Cブランドが行ってきたいくつかの戦略的失敗が、この1年でかなりはっきりわかるようになった。そのひとつがベンチャーキャピタルを一気に集めすぎたことだった。ビジネスの成長と継続には資金が必要だが、ベンチャーキャピタルの金には約束と紐がついてくる。かつてのささやかなブランドが、シリーズAラウンドやそれ以上で資金調達をしたのならば、生涯そこを目標に事業を続けていかなければならなくなる。
ベンチャーキャピタルに頼らずに最善を尽くし始めるようになった企業は多い。働く女性のための機能的なハンドバックや小物を取り扱うダグネ・ドーバー(Dagne Dover)のようなブランドは、ベンチャーキャピタルの期待に縛られるのではなく、自助努力で成長することを選んだ。小売業界の投資調査会社、2pmインク(2pm Inc)の創業者ウェブ・スミス氏は2019年、「あくまで私の意見だが、小売業はベンチャーキャピタルから資金提供を受ける仕事ではない」と断言した。
その大きな理由が「経済学」だった。安く手っ取り早いやり方より遅くとも確実に成長するアプローチのほうがよいと多くの企業が気づいた。ベンチャーキャピタルでさえトーンを変え始めた。複数の投資家がモダンリテールに対して語ったところによると、可能性のある小売ポートフォリオを持つブランドについて彼らが抱く大きな懸念は、利益確保に至る道筋とともに、単なるeコマースブランドを超える存在になる計画が描かれているかどうかだという。
ベンチャーキャピタルは、成功している企業は生き残るために多様化した収入源とよい経済学を持っていると気づいた。「利益の前に高いレベルのキャッシュバーン(現金燃焼)があるビジネス」への投資家の興味が低下したと、ベンチャーキャピタルのマヴェロン(Maveron)でゼネラル・パートナーを務めるジェイソン・ストファー氏は述べている。
03 新たなベンチャーキャピタルの情勢
だが、こうした話はすべて新型コロナウイルスの流行以前の話だった。観測筋の多くが、ベンチャーキャピタルの資金は枯渇し始めていると言ったが、そんなことはまったくなかった。情勢の変化は、成功している企業の周囲で起こっていた。
たとえばコエフィシエント・キャピタル(Coefficient Capital)は、世界――つまり自社の投資――を3段階にわけて考え始めた。第1段階は新型コロナウイルス関連危機の第1波、第2段階は第1波が去りワクチンが開発されるまでの正常化の時期、そして第3段階は治療法が見つかりウイルスが根絶されるかどうかによる。コエフィシエント・キャピタルの主席アナリストであるフランクリン・イサクソン氏が特に注目しているのは第2段階だ。「我々は、今後18カ月程度のあいだ、さまざまなことが一変すると考えている。そして、そのときにどうするかを考えるのにほとんどの時間を費やしている」と述べる。つまり、消費者の習慣は変化し、必需品へのフォーカスが強まり、不要な活動への関心は弱まる。真に成長を遂げる企業は、こうした大きなシフトに上手く対応できるところだ。
2019年にはラグジュアリー志向のブランドが注目を集めたが、ベンチャーキャピタルは基本に立ち返ろうとしている。ブランドコンサルティング企業デリス(Derris)のCEOジェシー・デリス氏は、「私は消費財(CPG)、具体的には生鮮品のパッケージグッズやコーヒーなどに非常に興味を持っている」と言い、家庭用品や遠隔医療も自身のファンドにとっては関心のある分野だと付け加える。実際、毎日使う製品やサービスは真っ先に頭に浮かぶものだ。インスタカート(Instacart)は5月以来、3億2500万ドル(約345億円)を調達した。
ビジネスの基礎や持続性に的を絞るベンチャーキャピタルもある。ブリッシュ(Bullish)のマイク・デューダ氏は「強力なバランスシートがあればオプションがより増える」と語る。
04 パニックモード
2020年3月初め、何もかもが一変した。大変化の多くは、すでに起こっている現象の加速だった。ブランドは収益性増強に向けて取り組んでいるというが、そうした劇的な混乱がこんなにすぐに起こると思っていたものはほとんどいなかった。
被害の第1波はサプライチェーンに押し寄せた。新型コロナウイルスはアジアで広まったが、大陸全体で工場が操業停止になった。製品製造をアジアに依存していた企業は、工場の再開を待つか、別の新しい仕入れ先を見つけなければならなかった。アンダー・アーマー(Under Armour)は当時、サプライチェーンの混乱によって第1四半期に6000万ドル(約64億7000万円)の売上を失うと予測していた。アジアからの仕入れに頼っていたほかのブランドは、各都市の封鎖が解けるまで待たざるを得なかった。
米国では、小売業者が衝撃に備えていた。モダンリテールが米国内トップの小売業者幹部を対象に3月に行った調査では、新型コロナウイルスの流行が製品発売の妨げとなったという回答が82%にのぼった。実店舗での販売がすでに減少しているという回答者は54%、一時帰休やレイオフが起こると予測する回答者が39%いた。
米国で感染拡大が始まったとき、より現実味が増した。そして数週間のうちに、各方面に広がった影響も明確になった。何十というブランドが店舗を閉め、スタッフを一時帰休にした。アウェイのような大企業は、スタッフの10%をレイオフし、売上げは90%近く減少したと発表した。ある広報担当者はモダンリテールに対して、「この世界的危機でほぼすべての企業が影響を受けたが、旅行と小売を同じ割合で手がけている当社は、前例のない試練に直面し、回復までのタイムラインも明確にわからない」と話した。
数は積み上がる一方だった。エバーレーン(Everlane)は従業員290人を、レント・ザ・ランウェイ(Rent the Runway)は小売担当の従業員をすべてレイオフした。キャスパーは店舗の従業員全員を一時帰休に、ランジェリーブランドのサードラブ(ThirdLove)はスタッフの30%をレイオフした。エバーレーンはモダンリテールに宛てて出した声明で、4月の売上見通しは25%も下がったと述べた。海の向こうで始まった頭痛が、製造業やロジスティックスを巻き込み、現実世界のあらゆる小売領域へと拡大していった。供給が滞り、店舗は閉鎖せざるを得なくなり、需要と逆転した。
05 ケーススタディ:ウェルパス(WellPath)
創業者たちが学んだ大きな教訓のひとつは、物事にいかに迅速かつ俊敏に対応するかということだった。たとえば、サプリメントブランドのウェルパス(WellPath)は、事業運営やサプライチェーン、ロジスティックスに関する計画をほんの数日で一から考え直すことを強いられた。
ウェルパスはサプリメントを販売しており、その販路のほとんどをAmazonに頼ってきた歴史がある。ウェルパスにもほかのオンラインチャネル(自社ウェブサイトやウォルマートのようなほかのプラットフォーム)があったが、Amazonの検索アルゴリズムのおかげで成長していた。人々が健康のためのサプリメントを検索した場合、検索結果の上位にウェルパスの製品が見つかることが多かった。
新型コロナウイルスが流行したとき、ウェルパスは大きな変化をふたつ経験した。供給の一部が遅延し、原材料を入手する新たなルートを考えなければならなくなった。ウェルパスはさらに、消費者が免疫を高める健康製品をストックしていることに気づいた。消費者は需要を乗り切れるだけの量の製品を手元に置いておけるよう、製品を買いだめしようとしていたのだ。だが、頼りにしていた取引相手の多くが業務を停止していたので、ウェルパスが新しい製品原材料の供給元を見つけるまでには数日を要した。ウェルパスCEOのコリン・ダレッタ氏は、原料の調達がこれほど困難だったことは「過去にはなかった」と話す。
そこでまた別の展開が起こる。Amazonが、必要不可欠と思われないブランドからのフルフィルメントセンターへの出荷受け付けを停止したのだ。つまり、ウェルパス製品のAmazonプライムでの出荷に、以前はほんの数日だったものが、1カ月もかかるようになったことを意味した。これによりウェルパスのAmazonでの販売が著しく影響を受けた。
ダレッタ氏は素早くこれに対応し、サードパーティのフルフィルメントネットワークへと移行した。1週間少しかけて新しいパートナーを選び出し、自社の在庫を彼らに送った。一旦この体制ができると、Amazonプライムを迂回し、より早い配送オプションを提供できるようになった。
どんな結果になるかを見定めながら、ダレッタ氏は数日間に渡って在庫を蓄積し、新しいサードパーティロジスティクスが機能するよう準備し、原材料を仕入れ、自身のブランドが十分なラベルメーカー(すぐに供給不足となった)を有することを確認した。これらはすべて、ひとつの道が想定外に塞がれて通れなくなっても、生産ペースを落とすことなく、すぐに別の道を見つけられることを確信するための取り組みだった。結果的にウェルパスは、SKUのすべてで30%増となり、エルダーベリー(Elderberry)のような成分重視の免疫力アップ製品はそれ以上となった。
危機のときは、いろいろなコネを使って長い代替策リストを作るときだ。「知り合いに声をかけて、ともに嵐を乗り切り、パートナーになるのだ」と、ダレッタ氏は述べた。
06 チャネルの多様化
ブランドが得た大きな教訓のひとつは、もはやひとつのチャネルに依存することは賢明でないということだ。ウェルパスの例が示しているように、Amazonでよく売れていたが、商品が必需品と見なされなかったブランドは出荷が滞り、何百万ドルもの売上を失った可能性が高い。しかし、もっとも大きな影響を受けた収入源はAmazonではない。多くのオンラインブランドが年初の時点で実店舗販売に投資しており、それらのブランドは例外なく、すぐに閉店せざるを得なくなった。
店舗を持っていたブランドだけでなく、卸売に大きく依存していた企業も含まれる。たとえば、高級バッグメーカー、ピークデザイン(Peak Design)は全売上の3分の2を卸売に依存しており、ベスト・バイ(Best Buy)などの小売パートナーが実店舗販売の停止を余儀なくされたとき、卸売売上のほとんどが消失した。
混乱への反応は素早かった。ブランドはまだ機能しているチャネルで売上を伸ばす必要があると判断した。たとえば、靴ブランドのビルケンシュトック(Birkenstock)はAmazonでの販売を回避し続けてきたが、新型コロナウイルスの直撃を受けたとき、ザッポス(Zappos)にAmazonで販売する許可を与えた。一方、ウェルパスは収入源を多様化するため、Amazon以外のチャネルの強化を開始。Amazonの出荷遅延が解消されるまでのあいだ、自社サイトでの直販に注力した。
大手ブランドもチャネルミックス変更の必要性に気付き始めた。たとえば、ペプシコ(PepsiCo)はD2Cサイトを開設し、消費者がスナックを購入できるようにした。コカ・コーラ(Coca-Cola)は、全世界の売上高が25%縮小したと発表し、卸売チャネルの停止を主な要因に挙げた。企業規模の大小にかかわらず、新しい収入源を模索することで、いかに売上の損失を埋め合わせるかが課題となった。デロイト(Deloitte)の副会長で、消費者製品を担当するバーブ・レナー氏は「あらゆる企業がデジタルについて話している」と語る。
eコマースプラットフォームは恩恵を受けた。たとえば、Shopifyは第2四半期、前年同期比97%増の売上を計上した。新店舗数も前年同期比71%の増加だった。Wix(ウィックス)のような小規模プラットフォームでさえ、4月の新規ユーザー登録数が320万人を記録した。
07 創意工夫
多くのデジタルブランドは「見たものがすべて」という単純な発想で立ち上げられた。そのため、一部のブランドは顧客獲得のための小細工を回避してきた。値引きはそのひとつだ。メールアドレスを入力すれば数分後にクーポンが送られてくるという手法で顧客を獲得し、成長を遂げた企業もあるが、ブランドの希薄化を避けるため、そのような戦略は採用しないと決めた企業もある。
たとえば、マック・ウェルドン(Mack Weldon)は値引きをほとんど行わず、サードラブはこの1年、値引きへの依存を減らしてきた。ピークデザインなども不要な値引きを回避してきた。こうしたブランドはクーポンがあってもなくても、買う人は買う、買わない人は買わないと主張し、人々を惹きつける方法はほかにもあると考えている。具体的には、ロイヤルティプログラムなどの特典だ。
ところが3月、小売業界全体が混乱に陥り、ブランドは急場しのぎの決断を余儀なくされた。そして、一部のブランドは、値引きは商品を確実に売るひとつの手段だと気づいた。
08 ケーススタディ:ピークデザイン
ピークデザインは9年間の歴史を通じて、ブラックフライデーなどの大きなイベントを除き、サイト全体に値引きを適用したことは1度しかなかった。創業者が虫垂炎の緊急手術を受けることになり、手術費用が必要になったときだ。そのピークデザインが3月後半、新商品発売の一環として2度目の例外的な値引きを決断した。理由は単純。販路が混乱し、売上が落ち込んだためだ。新型コロナウイルスが拡大するにつれて、Amazonと卸売どちらの売上も激減した。
ピークデザインは全世界が未知なる異様な時代に直面しているためだと説明し、サイト全体で値引きをおこなうことに決めた。全商品に20~40%の値引きが適用された。
さらに、それまで派手なプロモーションと見なしてきたマーケティング手法も用いることにした。たとえば、異様な時代を理由に値引きを行った1週間、チャンスが有限であることを伝えるため、カウントダウン時計を使用した。これは決して新しいウィジェットではない。カウントダウンの心理的な効果を利用し、人々の行動を促すことは旅行サイトや量販店の常套手段だ。しかし、ピークデザインが新たな販売のプレイブックをつくるには、古い戦術を復活させる必要があった。
努力は実った。セールは史上最大の成功に終わり、ピークデザインは不確実性を乗り越えるための資金を得た。コンセプト全体が数日でつくられ、実行に移された。ピークデザインは気づいた。新しい顧客を呼び込み、既存の顧客に思い出してもらい、事業が破綻しないよう支援してもらうには、何か思い切った解決策が必要だということに。そして、業界全体が気づいた。少なくとも2020年が終わるまで、古い手法に頼ることはできないということに。エージェンシーとして「異様な時代」キャンペーンに協力したシュアフット(Surefoot)の共同創業者ローラ・ステュード氏は、「ブランドは文字通り、急旋回を必要としている」と話す。
09 ブランド同士のコラボレーション
また、前進するための最善策を見つけるため、企業は互いに協力し合っている。いくつもの事業が新たにつくられ、マーケティングという形のコラボレーションがおこなわれている。たとえば、セクシャルウェルネスブランドのモード(Maude)はステイケーション(Staycation)というデジタルパブリケーションを立ち上げ、さまざまなブランドのコンテンツを取り上げている。
コンセプトは自宅で快適に過ごすためのデジタルガイドで、数十ブランドがコンテンツを寄稿している。目的はより安価に顧客を獲得することで、ひとつのコンテンツを見れば、複数のブランドを発見できるようにつくられている。ブランドはデジタルマーケティングに資金を投じながらも、節約のため、控えめな行動を心掛けている。協力し合い、リストを共有することは、より安価に顧客層を拡大するひとつの方法だ。
モードによれば、ステイケーションは立ち上げ初日に2500ユニークビューを獲得し、ニュースレターの購読者も増えているという。ブランドの参加が無料であることを考えると、人の目に触れるシンプルな方法だったと言える。
10 新しいマーケティング手法
ほとんどの人はしばらく前から外出を控えているため、派手なマーケティングキャンペーンは以前ほどの効果を期待できない。もっともわかりやすい例が屋外広告だ。多くのD2Cブランドが数十万ドルを投じ、ニューヨークの地下鉄に広告を出していたが、そのようなキャンペーンはもはや無駄骨だ。
現在、D2Cブランドはマーケティング自体を減らすか、デジタルチャネルに集中するかのどちらかを選択している。新型コロナウイルスの直撃を受けたとき、GoogleとFacebookの広告料金は大幅に下落した。あるペットフードブランドは40%まで値下がりしたと報告している。そのため、広告料金が低いうちに顧客獲得に動くのは合理的だった。
屋外広告を継続した企業の多くは、食料品店などの人目に付きやすい場所、素早く簡単にメッセージを変更できるデジタルサイネージに注力した。複数のエージェンシー関係者によれば、3月末の時点で、屋内空間でのデジタル広告キャンペーンは需要が拡大していたという。
小規模な企業のあいだでは、テレビ広告の人気も高まっている。以前のように気楽に出歩くことはできなくなったが、当然ながら、テレビにかじりつくことはできる。遠隔医療会社ロー(Ro)は4月後半、この事実を利用することにした。そして、初めてのテレビ広告で新しいスキンケアラインを宣伝した。
テレビはローにとって、すでに動いているものを飛躍させる存在だった。新型コロナウイルスが到来したとき、人々の関心が押し寄せてきた。ローマン(Roman)、ローリー(Rory)、ゼロ(Zero)という同社が有する全ブランドで、3月から4月にかけて、Googleの検索トラフィックが30%上昇した。遠隔医療サービスを求める人が増えていることを知り、ローは全米規模のマーケティングを実行することに決めた。
同社のCGO(Chief Growth Officer)のロブ・シュッツ氏は「ローリーが手にした牽引力、我々の月ごとの成長を考えると、テレビはチャネルミックスの次なるステップとして自然な流れだ」と述べている。
11 デジタルの再考
新しいチャネルを検討し始めた企業もある。たとえば、あるデジタルエージェンシーはAmazonを主戦場にしているが、Facebook Marketplace(日本では未実装)に広告を出しているブランドが以前より成功していることに気付いた。Facebook Marketplaceは伝統的に、クレイグズリスト(Craigslist)に似た雑多なウェブサイトだと考えられてきた。しかし、Amazonのようなチャネルに需要が殺到し、フルフィルメントの遅延が生じたため、一部の企業はあまり知られていない場所で広告を出し、商品を販売するようになった。
eコマースコンサルタント企業サプライキック(SupplyKick)の創業者クリス・パルマー氏は「私がもっとも明るい見通しを持っている(プラットフォームの)ひとつはFacebook Marketplaceだ」と話す。モダンリテールの取材に応じたあるベビー服ブランドは、Facebook Marketplaceの売上がはっきりわかるほど上昇した。具体的には、2020年に入ってから、前月比30%の上昇を記録した。
もちろん、Facebook Marketplaceへの大移動が起きているわけではないが、これはブランドが主要チャネルで痛みを感じている証拠だ。その一例として、Amazonやウォルマートはブランドから約15%という大きな分け前を得ている。Facebookの手数料はわずか5%だ。
また、ブランドは直販チャネルの構築を強化している。2019年後半の時点では、より強固なオムニチャネル戦略の構築が重視されていた。もはやデジタルマーケティングチャネル経由で顧客を獲得するだけでは不十分だった。企業が成長するには、拡大可能なパートナーシップを築く必要があった。つまり、Amazonのようなプラットフォームで売上増加を追求するか、ウォルマート、ターゲットなどの大手と卸売契約を結ぶ必要があった。
現在、正反対のことが起き始めている。たとえば、大手消費財メーカーは直販を強化することに利点を見いだしている。規模の問題ではない。世界規模のブランドがオンライン直販の規模を卸売に近づける方法などないからだ。たとえば、ペプシコは最近ふたつのウェブサイトを立ち上げ、消費者が特定の商品を購入できるようにした。Amazonのようなeコマースプラットフォームでは以前から購入できたが、直販は今回が初めてだ。
ペプシコでグローバルのeコマース事業を率いるギブ・トーマス氏がモダンリテールに語ったように、D2Cの戦略はいまやよりよいデータを収集することだ。「(同社の新しいD2Cチャネルで提供している)キュレートされたバンドル商品のなかに、人々が共鳴しているというシグナルが見つかれば、我々はそれらの商品を小売チャネルで販売できる。当然ながら、小売チャネルの方がはるかに大きい」。
これは戦略が変化している表れだ。大企業でさえ、顧客との新しい関係を模索する重要性に気付いている。つまり、気取っている場合ではなく、あらゆる成長の道を探る必要があるということだ。その好例として、ビルケンシュトックはAmazonでの販売を回避し続けてきたが、3月中旬、路線変更を決意した。
米国法人のCEOを務めるデイビッド・カーハン氏はボックス(Vox)のインタビューで、「ビルケンシュトックにとって、ザッポスは長年のパートナーだ。個人的にも広範な関係を築き、互いを尊敬している」と述べている。「このような時代、賢明な人は創造的になり、新たなビジネス手法を生み出さなければならない」。
eマーケター(eMarketer)のプリンシパルアナリスト、アンドリュー・リップスマン氏はモダンリテールの取材に対し、これは大きな変化の始まりかもしれないと予言している。今後、ブランドはより好みできなくなるという意味だ。「実店舗がむしばまれてしまったら、どのような選択肢があるというのだろう」と、リップスマン氏は問い掛ける。おそらく、「はるかに多くのD2CブランドがAmazonに進出する」。なぜだろう? 「それが売上増加のもっとも手軽な道だからだ」。
12 次に何が起きるのか
当面の焦点は、どのようなトレンドが定着するかだ。今回、前例のない急速なデジタルへの移行が起きたが、もちろんこれは恒久的なものではない。たとえば、多くの店舗が長期にわたって閉鎖していたが、徐々に再開し始めている。そして、店舗を持つブランドは今後、不確実性とともに運営することになるだろう。
ネイバーフッド・グッズ(Neighborhood Goods)はひとつの好例を提示している。ネイバーフッド・グッズの実店舗には、デジタルネイティブブランドが集結する。百貨店の概念を刷新する試みだ。しかし、全店舗が閉鎖となり、事業を存続する方法を考えなければならなくなった。結局、すべての事業をデジタルに移行し、ブランドをどのように支えていくべきかを一緒に考えた。現在、店舗は少しずつ再開し、デジタルのみとなった3カ月の教訓を生かしている。顧客データから、購買行動の変化が見えてきた。たとえば、実店舗の客足は減少しているが、コンバージョンは上昇している。CEOのマット・アレクサンダー氏はモダンリテールの取材に対し、「人々は現実の目的を持って来店する。本当に買い物している」と説明する。
同様に、ブランドは消費者の変化に乗り遅れないよう、マーケティング戦略を丸ごと見直している。たとえば、新興飲料ブランドのユナイテッド・ソーダズ(United Sodas)はニューヨークの地下鉄でのキャンペーンを中止し、顧客がいる場所で顧客と出会うことができる別のメディアを検討している。顧客がいる場所とは、街角のことだ。公衆無料Wi-Fiスポットを提供するリンクNYC(LinkNYC)でキャンペーンをおこない、反響があるかどうかを確かめる予定だ。創業者のマリス・ズパン氏は「部署間で資金を動かす前に、パフォーマンスを確認する必要がある」と話す。
以上を総合すると、ブランドはもはやひとつのチャネルに依存できないこと、特定のマーケティングメディアのみを使用できないことに気づいている。たとえば、新型コロナウイルスが猛威を振るっていたとき、FacebookやGoogleの顧客獲得コストは下がったが、それがいつまでも続いたわけではない。ブランドは安く広告を掲載し、ROAS(広告費用対効果)を高めることができたが、結局、長期戦略にはならなかった。
むしろ、ブランドはコスト削減の方法を考えながら、新しい購買パターンに合わせ、顧客獲得の新しい方法を見つけようとしている。
今後、正常に戻るかどうかは不明だが、何としてでも成長するために資金を調達するというD2Cモデルはもう通用しない。その代わりブランドは、どこに顧客がいて、どのように買い物しているのか、バランスシートについて戦略的に考えなければならない。決して万能な解決策ではないが、今のところそれが、企業が生き残るための唯一の道なのだ。
[原文:The new DTC playbook: Everything you need to know]
Cale Guthrie Weissman(翻訳:藤原聡美、米井香織/ガリレオ、編集:分島 翔平)