最初にはっきり言えば、広告主の関心はeスポーツの競技そのものにない。競技を取り巻くeスポーツカルチャーにある。その結果、ゲーマーに向けて打ち出す広告も、eスポーツのチームや競技ではなく、eスポーツ界を代表するパーソナリティを中心に構築することが増えているのだ。これが意味することは何なのだろうか?
最初にはっきり言えば、広告主の関心はeスポーツの競技そのものにない。競技を取り巻くeスポーツカルチャーにある。
2022年4月第4週にオンラインで開催された米DIGIDAYのGaming Advertising Forumに出席したマーケターたちは、口を揃えてそう話した。その結果、彼らがゲーマーに向けて打ち出す広告にも変化が見られている。キャンペーンを、eスポーツのチームや競技ではなく、eスポーツ界を代表するパーソナリティを中心に構築することが増えているのだ。
「わりと早い段階で有名ゲーマーであるクリエイターにチポトレのファンが多いことに気づいたため、これは狙うべき大きなセグメントがあるぞと考えた」とチポトレ(Chipotle)のマーケティング担当バイスプレジデント、ステファニー・パーデュー氏は同イベントで語った。
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「そうなると次は、頼まれなくてもすでにチポトレの話をしているストリーマーと本物のパートナーシップを探ろうという話になる」。
ただのロゴから中身のあるコンテンツへ
従来のスポーツやエンターテインメントと同様、ゲーミングもパーソナリティを中心に回っていく傾向がますます強まっている。eスポーツのファンはチームだけでなく、個人目当てで観戦することが多くなっているのだ。こうなると、広告主とチーム組織間のスポンサーシップも、パーソナリティ中心へとモデルがシフトする。この「スター頼み」へのシフトは、スポンサー契約で制作されるアセットの種類にも表れ、単純にロゴを貼り付けるコンテンツから中身のあるコンテンツへ、プロダクトプレイスメントからエンドースメントへと変化が見られている。
「今もeスポーツチームと提携はしているが、以前に比べるとそれが全体的な戦略の中で占める割合はだいぶ小さくなった」。イベントのセッションで、ペプシコ(PepsiCo)のゲーミング&eスポーツ責任者のポール・マスカリ氏はこう発言した。「少なくともゲーミングカルチャーを牽引するテイストメーカーやインフルエンサーを採用するという意味では、カルチャー的な側面のほうを重視している。ゲーマーと本物のつながりを築くことを考えると、そのほうがはるかに重要だ」。
たとえばペプシコが、ゲームストリーマーでeスポーツパーソナリティのドクター・ディスリスペクトの限定オリジナル「ゲームフューエル(Game Fuel)」プロモフレーバーのマウンテンデュー(Mountain Dew)を発売した際には、72時間で完売した。これほどまで成功したのは、ドクター・ディスリスペクトのファンにとってこのタイアップにこじつけ感がなかったからだとマスカリ氏は話す。ドクター・ディスリスペクトがプロモーションに関わっている理由はわかっていたが、実際にこのフレーバーを気に入っている点がプラスに評価されたのだ。
マスカリ氏は「ゲーマーの多くが知っているセレブ的存在の人物が実際に飲んでいる、ゲーマー向けの本物のブランド(マウンテンデューが)として認知されていた」と語る。「彼はストリーミング中にそれを飲みながら、何を飲んでいるのかという話をしていた。ファンは、ドクター・ディスリスペクトが好きなもの、嫌いなものについてどのように話すかをよく知っているし、彼を信用している。SNSに似たような内容で適当に投稿してもらうのとは対照的な、意味のあるつながりを築けた」。
ブランドとの関係性の進化
驚くこともないが、このようなテイストメーカーたちがeスポーツ、そしてより広いゲーミングの世界でますます広告の前面に出てきている。何しろeスポーツで人気のパーソナリティの多くは大人数のフォロワーを抱え、彼らを相手に1日約8時間もストリーミングしているのだ。マーケターにとっては無視しがたいメディア露出だ。チポトレ、レイザー(Razer)、アディダス(Adidas)などで見られる最近の契約がこれを証明している。
「通常、このような契約はコミュニケーションエージェンシーやアクティベーション担当部門が推進し、仲介したものだった」と、ピュブリシスグループ(Publicis Groupe)系列でスポーツマーケティングを扱う広告代理店、ブリッツアドバタイジング(Blitz Advertising)の最高執行責任者を務めるウマイール・サイード氏は述べた。「今はより戦略的なレベルで、直接CMOと話が進められる。このため、クリエイターもパッケージングの水準を上げなければならなくなっている」。
とはいうものの、eスポーツ業界が大変革を迎えているわけではない。これはむしろ、eスポーツに直接関係のないブランドとの最初のパートナーシップが結ばれた瞬間から徐々に進んできた変化だといえるだろう。その瞬間に、eスポーツはより広範なエンターテインメント製品になったのだ。プレイヤーはセレブに、チームは組織になり、コンテンツ契約はスポンサー契約に取って代わられた。こうした変化のすべてが、ゲーム競技の進化に影響を受けている。もちろん、eスポーツであることに変わりはない。ただ、異なる側面を表しているだけだ。
「ほとんどの人はeスポーツというと、ゲームYouTuberのピューディパイ(PewDiePie)からネットセレブとして知られるベル・デルフィン(Belle Delphine)までありとあらゆるものを指していて、単純にeスポーツはインターネットのことだと思っている」と話すのはeスポーツ専門タレント・エージェンシーのエボルブド(Evolved)の CEO、ライアン・モリソン氏だ。「広告主にとって、それは必ずしも重要な違いではない。重要なのは、オーディエンスがどこにいるのか、投じた資金に対する最大のリターンはどこにあるのか、どうすればそこにたどりつけるのか、といったことだ。それで当社のアドバイスも100のうち99は、『タレント本人と提携しましょう』という話になる」。
モリソン氏の話のポイントは、今では「eスポーツ」の意味が人によって異なるということだ。ゲーム分野をよく知る人々にとってeスポーツとは、体制の整えられたリーグ制またはトーナメント制で行われる高度なプロ競技だ。通常はライアットゲームズ(Riot Games)やアクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)などのゲームデベロッパーが運営する主要eスポーツリーグで行われる。だが、平均的な一般人(ブランドのマーケターのほとんどがここに含まれる)にとっては、観客を前に行われるビデオゲームはすべてeスポーツだ。この定義なら、人気ストリーマーやインフルエンサーが誰でも当てはまることになる。
eスポーツ組織も乗り気
当然のことかもしれないが、eスポーツ組織側はこの考え方に乗り気だ。eスポーツチームのファンは、そのチームが競うゲームそのものに左右されることが多い。ゲームが新しく話題になっているうちは全体的に視聴者数も増えていくが、その逆もしかり、なのは明らかだ。
「eスポーツ組織にとって、通常のゲームプレイの外でオーディエンスとつながり、ファンと関わっていく方法を見つけることは必須であり、そこで出番となるのがスポンサードコンテンツであることが多い」とeスポーツ&エンターテインメント企業ミスフィッツ・ゲーミング(Misfits Gaming)のCMO、スティーブ・ブラウンタック氏は話す。「舞台裏へのアクセス、プレイヤーとのインタビュー、ライフスタイルコンテンツのどれであれ、どのようにスポンサーを組み込めばゲームプレイの外でファンとの関わりを深め、同時にブランドエクイティの育成も図ることができるのか。チーム側の工夫が必要だ」。
そうはいっても、多くのeスポーツ組織にとって、人気と正統性を支えているのは今でも競技での好成績だ。人気プレイヤーを抱えインフルエンサーの層の厚い顔ぶれを誇る100シーブズ(100 Thieves)のネードショット(Nadeshot)ことマシュー・ハーグ氏ですら、高いレベルで競技することが彼の会社にとっていかに重要であるかを2021年にツイートし、100シーブズは「リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends)」の優勝チームを築き上げるために数百万ドルを投じている。
それでも、こうした投資でできることには限度がある。これは、投資家からの資金が枯渇するなか、苦闘しながらも収益性を上げているeスポーツ企業のCEOの数を見れば明らかだ。eスポーツ組織が、競技成績の優先度を下げるのではないかという兆候すら見られる。消費の促進という点では、eスポーツカルチャーが競技そのものに十分代わることができる、という考えだ。
「企業として生き残り、収益を上げていきたい場合は、そこはどうしても後回しになっていく。コンテンツ制作の観点からのほうが、手持ちの在庫とオポチュニティが圧倒的に多い」と人気ストリーマーのニックマークス(NICKMERCS)やサイファーPK(SypherPK)などのエージェントを務めるタレントマネジメント会社、ザ・キネティック・グループ(The Kinetic Group)のジャスティン・ミクラット氏は話す。「カウンターストライク(Counter-Strike)の世界大会で優勝できるチームを作り上げるのに1000万ドル(約12億5000万円)投じてはいけない。それはあくまでも1つのイベントの1つの日の1つの瞬間にすぎないのだから」。
チームそのものをインフルエンサー化する動きも
ミクラット氏と、同じくゲーミング界参入を図るブランドに助言を提供するエボルブドのモリソン氏も、チームレベルでのスポンサーシップが減る一方で、インフルエンサーである個人クライアントのあいだではブランドからの関心の高まりが見られると話す。こうした状況への対策として、eスポーツ組織は自らインフルエンサーとなることを目指し始め、フェイズクラン(FaZe Clan)にいたってはUTAと個別に組織単位のエージェント契約を結んでいる。「今日の100シーブズは、10年前のTSMとは明らかに違う」とモリソン氏は述べる。
eスポーツ組織が新しい収益源を確保するために持ち株会社モデルへと向かうなか、競技に対する組織の関心は体質的に薄れていくだろう。企業が関連グッズやアパレルの生産に予算を向けるほど、強いチームづくりのための人材を雇い、育成する資金は少なくなる。とはいえ、競技という側面が完全に消えることはない。
何はともあれ「eスポーツ」は「エレクトロニック・スポーツ」の略称なのだ。eスポーツ組織が将来的に競技で競うストレスと本当に縁を切りたいのであれば、彼らの業界に新しい名前を付けなければならない。
[原文:‘The model is shifting’: In esports, brand dollars increasingly follow the personalities]
Alexander Lee & Seb Joseph(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)