インフルエンサーに関する古典的であり、しかも有名な論は、マルコム・グラッドウェルが『ティッピングポイント』(2000年刊)で示した「少数者の法則」である。グラッドウェルによれば、ある事象が閾値(ティッピングポイント)を超えて爆発的に広がるには、いくつかの条件が存在する。ーーニューバランスの鈴木健氏による寄稿。
本記事は、株式会社ニューバランス ジャパンでDTC&マーケティング ディレクターを務める鈴木健氏による寄稿コラムとなります。
「人間的本質とは、社会諸関係の総体である」と言ったのはマルクスだが、それが可視化される時代がくるとは彼も想像しなかっただろう。
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いまの時代のインターネットのインフラとスマートフォンの普及によって、多くの人々がつながりをもち、ソーシャルメディアを通して個人がネットワークとなるメディアが生まれた。電話や紙の時代と違ってコミュニケーションがリッチになったおかげで、これまで身近で近接的な関係でしか成り立たなかった取引が世界的なスケールで可能になった。それはイーベイ(eBay)やメルカリのような二次流通と呼ばれるピア・トゥ・ピアの交換であり、Airbnb(エアビーアンドビー)のような自宅を貸し出す民泊であり、Uber(ウーバー)のような移動手段と運転者を在庫として購入できるモビリティ流通サービスである。これらのビジネスに共通する基盤は、特定企業に属さない個人の所有物や関心興味やスキルをもとにした、パーソナルネットワークにおける社会関係の可視化である。
インフルエンサービジネスの誕生
インフルエンサーは近年よく知られるようになった言葉で、乃木坂46の楽曲の歌詞にあるように「存在するだけで 影響 与えてる」人物がインスタグラム(Instagram)などのソーシャルメディアで可視化されたものだ。もちろん、このような役割はソーシャルメディア以前にも存在していたはずだが、インターネットで開花したのはそのような社会関係の可視化であり、それは流通するプラットフォームの名前で呼ばれることで知られるようになった。つまりそれはブロガーであり、ユーチューバーであり、そしてインスタグラマーなのである。そしてプラットフォームが広告メディアとしてビジネスを展開するのにあわせて、そのような存在は交換可能な価値として、つまりメディア価値と同様に扱われるようになった。
テレビや雑誌のようなマスメディア時代には、インフルエンサーとはそのまま番組や記事として売られるコンテンツとしてのタレントやモデルであった。インターネット初期のころには、タレントの活躍のメディアの場がそのままインターネットに移動したものも見られ、サイバーエージェントのアメーバブログのようにタレントが多く存在するメディアもあった。しかし、いまはむしろそのようなタレントをそのままインフルエンサーとは呼ぶことはない。インフルエンサーに込められる意味とは、タレントのように自分自身の容姿やキャラクターをエンターテインメントとして売るのではなく、ソーシャルメディアに自分自身のライフスタイルや趣味を表現することを生活の一部にし、その関心コミュニティのフォロワーが一定数いるような人である。インフルエンサーが示唆するものはそのような、個人が属する社会関係のネットワークの結節点(ノード)として持っている価値なのである。
3つのインフルエンサーの役割
インフルエンサーに関する古典的であり、しかも有名な論は、マルコム・グラッドウェルが『ティッピングポイント』(2000年刊)で示した「少数者の法則」である。グラッドウェルによれば、ある事象が閾値(ティッピングポイント)を超えて爆発的に広がるには、いくつかの条件が存在する。最初の段階で影響に作用する少数者の存在が欠かせないのである。グラッドウェルはその少数者の役割を3つに分類した。それは、①媒介者(コネクター)、②通人(メイヴン=情報に詳しい人)、③セールスマンである。この本はソーシャルメディア以前の本なので、グラッドウェルの前提はインターネットではないが、この洞察はそのままインフルエンサーにもあてはまる。
つまり、現代のインフルエンサーは、このどこかの役割の特長を、ひとつもしくは複数有している。たとえばファッションのインフルエンサーを考えてみると、基本はファッションに関するメイヴンであるかセールスマンである。そして面白いのが、テクノロジーの進化は、その役割をサポートしたり、増幅している。ファッションの場合は、プラットフォームであるインスタグラムが媒介者の役割を担っている。もっといえば、ハッシュタグがその役割をしており、コンテンツを流通する助けをしている。ということは、グラッドウェルの役割がそのままインフルエンサーに適用するというよりは、その構造は複雑になっている。
スポーツにおけるアスリート
スポーツブランドの特有なマーケティング活動として、「スポーツマーケティング」という選手販促の領域がある。スポーツブランドとアスリートとの関係とは、商品を買う人、使ってくれる人であるだけでなく、ときには商品の開発者でもあり、ブランドに帰属意識をもつ同僚でもあり、また外部のスポーツ関係者に対する橋渡しであったり、ファンや観戦者に対する広告塔であり、またときには厳しい評価者であったり、取引の交渉相手でもある。
スポーツの分野では、プロスポーツのようなエンターテイメント性が高いサッカーや野球などのチームスポーツでは、彼らは商品の性能をデモンストレーションするセールスマンの役割が高い。また、彼らが属する、そのスポーツのエンターテイメント性によって、媒介者かセールスマンとしての価値が上がる。逆に、陸上やマラソンのようなアマチュアスポーツの場合、アスリートの役割は通人になる。そのスポーツでの能力が高い人が目利きとして、ブランドの商品評価のほうを価値として周囲は受け止めるのだ。エンゲージメントはソーシャルメディアでのインフルエンサーとそのフォロワーとの評価の価値を示しているが、インフルエンサーの役割によってその評価ポイントが異なる。
たとえば、アスリートの場合、一定レベルのスキルをすでに有している長距離ランナーのコミュニティがあるとすると、通人としてどのレベルにあるかをまず検分し、次にネットワークを結びつける媒介者としてのリーダーに注目すべきである。ランニングにおいて各ブランドがランニングクラブのチームやコミュニティを支援し、ときに選手よりもコーチや監督が重要なのは、そのような理由に基づく。大規模のマラソン大会はいろんなレベルの人が集まる場なので、大会自体が媒介者としての役割は担っても、大会協賛しているだけではそのような人々と実際にはエンゲージメントは作りにくい。大会で優勝するようなトップランナーをインフルエンサーとして起用する価値があるのは、彼らが優れた通人であると同時に大会を通した媒介者になるからである。スポーツのトップ選手を協賛するのは、得てして金融サービスや航空会社や自動車のような他業種が多いが、そのような協賛社が求めている役割は、スポーツ商品に関する通人でもセールスマンでもなく、媒介者だからである。
マーケティングに作用する仕組み
そのように考えると、グラッドウェルの少数者の法則にはその役割のみではなく、それらの3つの役割が相互的に作用する仕組みが必要になるはずだ(グラッドウェルは実際、インフルエンサーが伝播するコンテンツの質[粘り、Stickiness]と背景の力を合わせて条件として示している)。ひとびとはインフルエンサーの特性とそのフォロワー数やエンゲージメントのようなメディア価値のみを評価しがちだが、実際には、それぞれが組み合わさって対象とするコミュニティグループに作用するものである。
インフルエンサーの役割のなかで最初に目をつけるべきなのは、広告的に目立つフォロワー数の多い媒介者(コネクター)ではない。それよりもそのコミュニティや情報に詳しい通人(メイヴン)である。それはカテゴリー商品のヘヴィユーザーとして見つけることができる。もしくは通人のコミュニティは、しかも細分化されている。同じ商品を見るにしても関心の方向性が異なるからだ。次にそのような通人とつながりを持つ場所やメディアを探す。媒介者は必ずしも人である必要はなく、イベントやインスタグラムなどの場所やメディアプラットフォームそのものの場合もある。そこで、通人によって得られた知識や知見をもとに、情報を選択しキュレーションし、さらにネットワークを広げるポイントを探すのだ。
最後がセールスマンであり、通人の背景と媒介者を通して新しい人々にアピールする方法に長けた人間を起用するのである。店員スタッフの接客や商品開発者の説明がYouTubeやライブストリームを通して人気が出るのは、このセールスマンの力が可視化されたためである。人として機能しなくても店舗での体験や商品のトライアルは同じように作用する。だからこそメディア価値だけを性急に広げようとして媒介者だけに働きかけてもコンテンツの質が高くなるわけではなく、通人による検証や評価が必要であり、同時にそれを具体的に行動に移させるには優れたセールスマンがいないと説得できないのである。
進化するインフルエンサー価値
上記のようなインフルエンサーの意味は、ブランドのビジネスのみの問題ではなく、人間の社会的関係がテクノロジーによって複雑になるにしても重要になってくる。そのうえでブランドやメディアは、それを率先する枠組みやプラットフォームとして機能することになるだろう。
今後、個々人が織りなす知識やスキルは、テクノロジーによって社会的なアーカイブとしてIoTを通して蓄積される。その意味でデータ的には、すべてのひとは通人になるのだ。そこから価値を引き出すためには、通人としての知識を「発見」する必要がある。その発見には、もちろんディープラーニングによる機械学習やAIのような新しいインテリジェンスが役立つだろう。
次に、媒介者としての役割は、ソーシャルメディアがそうであるように、それぞれのコミュニティをつなげるプラットフォームであり、今後ブランドとはそのような受け皿になると考えられる。ブランドがコミュニティをつなげ、共通の話題をつくる基盤に成り得るのだ。
最後にセールスマンとは、体験価値を提供する店舗やデバイスのことを指すようになるだろう。それは従来のセールスマンのスキルのようにうまく説明し、説得するだけではなく、新しい人々に商品や情報を体験させ、実感させることができるリアル店舗やその店員、そして宅配システム、またはバーチャルリアリティのような疑似体験テクノロジーになるのではないか。そうなると、人としてのインフルエンサーはすでにバーチャルであったりするように、技術を介して違う存在になっていくのかもしれない。
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Written by 鈴木健
Photo by GettyImage