D2Cバブルは2020年内に崩壊すると言われていたが、実際には、はじけるどころかさらに膨らみを増した。コロナ禍の影響で消費支出が減少するという懸念は、ほとんどの新興D2C企業にとっては現実のものとはならなかったのだ。2021年に向けて、D2C企業たちは、2020年の成長を最大限有効に活かす道を模索している。
2020年の早い時期から、多くのD2C(消費者直販型)スタートアップ企業は、商品の販路がほとんど自社サイトのみという状況が続けば、早晩、収益の壁にぶつかるだろうと予想していた。彼らは即座に、新規店舗の開業、他社の店舗やウェブサイトの利用を含めた販路の拡大、新たなカテゴリーへの参入などを計画した。
ところがそこに、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行が勃発し、彼らの取り組みに水を差した。ただし、必ずしも最悪の事態に向かったわけではない。
D2Cバブルは2020年内に崩壊すると言われていたが、実際には、はじけるどころかさらに膨らみを増した。コロナ禍の影響で消費支出が減少するという懸念は、ほとんどの新興D2C企業にとっては現実のものとはならなかった。というのも、在宅で仕事を行う専門職の人々という彼らの主要な顧客層で、オンラインショッピングの取引額が伸びたからだ。この1年を通じて、さまざまな業種の企業が、リアルな店舗の閉鎖を命じられたにもかかわらず、D2C企業は天文学的な売上増を計上した。たとえば、顧客の髪質に合わせてカスタマイズしたヘアケア製品を販売するプローズ(Prose)は、8月の時点で、2020年の収益が前年の3倍以上の5000万ドル(約51億円)に達する見込みだと報告している。また、寝具類を扱うブルックリネン(Brooklinen)のリッチ・フロップ最高経営責任者(CEO)が米DIGIDAYの姉妹サイト、モダンリテール(Modern Retail)に語ったところによると、同社も2020年に収益を倍増させたという。
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2021年に向けて、D2Cスタートアップたちは、2020年に享受した成長を最大限有効に活かす道を模索している。「今年は、もっとも高い価値を提案できるものが明らかになるだろう」。そう話すのは、アーリーステージの成長加速を支援する投資会社であり、ブランドエージェンシーでもあるブリッシュ(Bullish)のマネジングパートナー、マイク・デューダ氏だ。
持続不可能な成長計画
5年あまり前、「D2C」という言葉は、しばしばネットオンリーの同義語と見なされた。これは、エヴァーレーン(Everlane)をはじめ、一部のD2Cスタートアップが「実店舗は絶対に持たない」と無謀にも宣言したことによる。しかし、ここ数年、新興のD2C企業のあいだでは、創業の早い時期から自前の店舗を増やし、あるいはターゲット(Target)、ウォルマート(Walmart)、ウォルグリーンズ(Walgreens)ら、実店舗を全国展開する流通大手と卸契約を結ぶ傾向が強まっている。
この変化にはいくつか理由がある。まず第一に、商品の販路が自社のウェブサイトひとつでは、いずれ売上は頭打ちになると、多くのD2Cスタートアップが気づきはじめていること。一方で、ハリーズ(Harry’s)やキャスパー(Casper)など、事業を軌道に乗せたレイターステージのブランドは、ターゲットやウォルマートとの卸売契約を機に、年商数億ドルを上げるまでに成長している。
第二に、Facebookでの顧客獲得コストが急速に増加しはじめたこと。たとえば、D2Cの飲料ブランド、アイリスノヴァ(Iris Nova)は、Facebookとインスタグラムでの顧客獲得コストが2017年から2018年のあいだに3倍に膨らんだと報告している。一部のD2Cスタートアップは、実店舗を活用するほうが、コストの変動を抑えつつ、利益を確保しながら新規顧客を獲得できると確信している。
結果的に、多くのD2Cスタートアップは持続可能な経営の模索に苦悩した。2020年2月に行われたキャスパーのIPOが不発に終わったことで、黒字化を後回しにして、デジタル顧客の取り込みに注力するリスクは早くも明白となっていた。実際、キャスパーの企業価値は、公開前に実施された私募形式の調達ラウンドでは11億ドル(約1141億円)と評価されたが、上場時の評価額は3億7790万ドル(約392億円)に沈んだ。キャスパーのS-1(上場目論見書)によると、2018年の売上は3億5790万ドル(約371億円)で、マーケティングに1億5780万ドル(約163億円)を投じ、最終的に9200万ドル(約95億円)の営業損失を出した。
2020年、D2C企業は多角化に備えていた
これらの要因を背景に、D2Cブランドたちは新しい指南書を手に2020年をスタートさせることになった。家庭用の寝具、家具、バス用品などを扱うブルックリネンは、主に新店舗の開業資金として、新たに5000万ドル(約51億円)を調達したと発表した。同社CEOのフロップ氏は、「主力事業であるD2Cおよびeコマース事業の成長規模に鑑みて、いまが適切なタイミングだと考えた」と述べている。なお、同社は創業当初の5年のうち、3年は利益を出している。ブルックリネンは2019年1月に、ニューヨーク州ブルックリンのウィリアムズバーグに初の常設店を開業しており、2020年にはさらに2店舗を開業する予定だった。
飲料販売を手がけるD2C企業、アイリスノヴァを創業したザック・ノーマンディン氏は、以前に行われたモダンリテールの取材で、2020年の第一の目標は黒字化であると語っていた。この目標を達成するために、アイリスノヴァは2018年の終わりにFacebookとインスタグラムの広告を停止した。代わりに、高級フィットネスクラブを展開するエキノックス(Equinox)と百貨店大手のノードストロム(Nordstrom)、および2018年に自ら1号店を開いたミニストアチェーンのザ・ドラッグストア(The Drug Store)で商品を販売するなど、物理的なプレゼンスの強化に注力した。さらに、2020年2月には、ウォルマートの店舗で主力商品ダーティレモン(Dirty Lemon)の販売を開始すると発表した。
12月のモダンリテールの取材で、ノーマンディン氏は「顧客が生活し、働き、遊ぶ場所で、アイリスノヴァの商品を販売したい」と述べていた。だが新型コロナウイルス感染症が米国全土を席巻すると、オフィスやジムはもはや人の集まる場所ではなくなった。代わりに、アイリスノヴァの顧客たち、そしてほかのあらゆる小売ブランドの顧客たちは、もっぱら自宅で生活し、働き、遊ぶようになった。
一部の卸売パートナーが苦戦するなかで、アイリスノヴァも打撃を受けた。直近では、長年の卸先であるファストカジュアル系のレストランチェーン、バイクロエ(By Chloe)が昨年12月に破産を申請した。一方で、ウォルマートとの提携には救われた側面もある。ウォルマートはコロナ禍のエッセンシャルサービスに指定されたおかげで、2020年のどの四半期においても、2桁の売上増を計上し、eコマースでも売上を伸ばした。
ノーマンディン氏が昨年12月に明かしたところによると、アイリスノヴァは9月に小幅な利益を計上した。2021年には完全な黒字化を見込んでいるという。ただし、具体的な数字については開示を控えた。
一方、ブルックリネンは2020年に計画していた2店舗の新規出店を見送らざるをえなかったが、売上高は前年比100%以上の成長を維持した。「ある意味、参入するカテゴリーという点では、適時適切であったと思う」とフロップ氏は語る。同社は2019年にルームウェアの販売を開始した。フロップ氏によると、昨年、コロナ禍のおかげで消費者の支出が仕事着から着心地の良い普段着にシフトしたため、「ルームウェアは大成功を収めた」という。また、部屋の模様替えに金をかける人が増えたことから、寝具やタオルなど、ほかの製品の売上も好調だった。
新たな成長計画
2021年に向けての問題は、このeコマースの活況がいつまで続くのかということだ。イーマーケター(eMarketer)の調べによると、2020年、人々は何を買うにもオンラインで買わざるをえなくなり、その結果、eコマースに関するかぎり、ほぼすべての小売カテゴリーで2019年を上回る売上高増加率が報告された。食品と飲料のカテゴリーでは、eコマースの売上高が最高で前年比74%増を記録した。その反面、アパレルでは、全体的な売上が減少したため、eコマースの売上高の伸び率は22.2%にとどまった。
イーマーケターのeコマースアナリスト、アンドリュー・リプスマン氏は、「今年(2020年)は、どのカテゴリーも前年より高い増加率を享受したのだから、今後は下がるしかない」と述べている。
ブルックリネンのフロップ氏は、持続可能な成長の鍵は、やはり実店舗の開設だろうと言っている。同氏によると、ブルックリネンの長期的な出店計画はコロナ禍以前と変わらず、目下の目標は2021年内に2店舗を開業することだという。ただし、顧客が求めるストアエクスペリエンスは、コロナ禍によって様変わりした。
「ショッピングモールのような場所は、短期的に見て、日曜日に[時間をつぶすために]足を向ける場所ではないかもしれない」と、フロップ氏は指摘する。それでも、購入した商品をその日のうちに受け取れる便利さを求める人々は、また店に足を運ぶだろうと同氏は見ている。このような買い物客のニーズに対応するため、ブルックリネンは今後、「ネットで購入、店舗で受け取り」サービスを全店で可能にする予定だという。「コロナ禍以前の計画には必ずしもなかった要素だが、いまは確定事項だ」とフロップ氏は語った。
「こんな考え方は異端かもしれないが、我々が体感するコロナ禍の影響はこのさき長く続くと思う」。そう語るのは、アイリスノヴァのノーマンディン氏だ。「新しい習慣は6週間で身につくと言われるが、この1年で、我々現役世代は数多くの新しい習慣を身につけてきた」。
ノーマンディン氏によると、少なくとも今年いっぱい、リモートワークが継続され、自宅で過ごす時間が増えるという現状は変わらないという。また同氏は、消費者が買い物に出かける頻度が少なくなるほど、郊外型の大規模小売店やディスカウントストアは消費者が新しい製品を発見する場となるだろうと見ている。
オンラインショッピングへのシフトが進むなかで、ノーマンディン氏は、テキストメッセージを活用した同社独自の注文プラットフォームをより使いやすいものに改善し、ほかの飲料ブランドにも同社の技術プラットフォームを活用してもらうことで、顧客の新規獲得と維持に注力したいと述べている。
2020年にeコマースの売上は飛躍的に伸びたが、ノーマンディン氏はD2Cブランドがコロナ禍前に直面した問題を肝に銘じつつ、収益性を犠牲にしてまで、マーケティング予算を増やすことはしたくないと話す。卸売であれ自社店舗であれ、複数の販路を確保することが、事業を黒字化し、自分の運命を自分で決するための鍵となるだろう。
「ベンチャーキャピタルや追加的な資金調達に慢性的に依存していては、持続可能どころか持続不可能だ」。ノーマンディン氏は最後にそう警告した。
[原文:The DTC boom got a lifeline in 2020]
Anna Hensel(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)