広告経済の現状を語るとき、そこには相反するふたつのストーリーが存在する。互いに矛盾する反面、どちらのストーリーも間違ってはいない。広告費を支出することと、広告費を削減することは、必ずしも矛盾しない。後者の視点は前者の視点を否定しないし、その逆もまたしかりだ。純粋に、立ち位置の問題なのである。
広告経済の現状を語るとき、そこには相反するふたつのストーリーが存在する。互いに矛盾する反面、どちらのストーリーも間違ってはいない。
広告費を支出することと、広告費を削減することは、必ずしも矛盾しない。後者の視点は前者の視点を否定しないし、その逆もまたしかりだ。純粋に、立ち位置の問題なのである。
立場によって異なる広告費の見え方
現在の景気減速が不況とはいえないまでも、その方向に向かいつつあることを考えれば、エージェンシー側の視点は楽観的といっていい。今期の決算発表で、オムニコム(Omnicom)、ピュブリシスグループ(Publicis Groupe)、IPGといったエージェンシー系の持株会社3社は、当初の業績予測を上方修正し、広告支出に減少の兆候はほとんど見られず、広告市場は好調であると評価している。
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一方、プラットフォーマーの視点はこれよりずっと悲観的だ。
第4四半期を通して、程度の差こそあれ、最大手のオンラインメディア全般で広告費の縮小傾向が見られた。メタ(Meta)とTwitterはその打撃をもろに受けて、同四半期中、広告収入は下がりつづけた。両社に限らず、広告費の削減がどこまで進むのか、大手のオンラインメディアは例外なく、固唾を呑んで状況を見守った。彼らの一致した見解はこうだ。「広告費の削減はまだ底を打っていない」。
その結果、今日に至るこの景気減速からツートラックの広告経済が出現した。
一方のトラックには大手広告主がいる。たとえば、消費財(CPG)メーカー、電気通信会社、製薬会社などだ。こうした企業は、現時点では「経済台風」の目から遠く離れているため、広告費を削ることなどまったく考えていない。
このような企業のマーケターたちが高所から眺める広告経済の低迷は矛盾に満ちている。ダブ(Dove)にしろコカコーラ(Coca-Cola)にしろ、インフレ緩和のために製品のコスト増を消費者に転嫁しなければならない立場にある。一方、転嫁された側の消費者は、全般的に、おとなしく値上げを受け入れているように見える。
二極化する広告経済
- 広告費を積極的に支出:エージェンシー系の持株会社(オムニコム、ピュブリシスグループ、IPGなど、いわゆるメガエージェンシー)がこのグループに含まれる。消費財メーカー、通信会社、製薬会社らがコスト増を価格に転嫁する一方、消費者はこの値上げを受け入れている。結果的に、広告を出す余裕のある企業は、広告費の支出を続けている。
- 広告費を削減:その影響はプラットフォーマー(メタ、Twitter、アルファベット)に波及。中小企業やD2C事業者は広告支出を削減している。このグループは広告支出を含め、デジタルファーストの企業であり、大企業よりも支出動向の変化に左右されやすい。
広告費を使い続ける広告主の事情
いま広告を出す余裕のある企業は、現在の状況を最大限有利に活用しようともくろんでいる。彼らは広告予算の削減を算段するよりも、むしろ支出に前向きだ。競合他社が広告出稿を控える景気後退期こそ、安価にシェアオブボイス(SOV)を伸ばす絶好の機会なのだ。広告の世界では常識といっていい。
実際、ユニリーバ(Unilever)は今年上半期だけで1億6973万ポンド(2億670万ドル、約280億円)という大金を広告につぎ込んでいる。コカコーラ(Coca-Cola)やマクドナルド(McDonald’s)も同様だ。最大手の広告主たちは、不況下でも広告出稿をやめないだろう。どこまで続くかは別の話だが。
支出に意欲的な広告主にしても、いずれは広告費にブレーキをかけなければならないときがやってくる。消費者も日用品の値上げに耐えられなくなれば、もっと安価な製品に乗り換える。どれほどマーケティングに注力しても、それは変えられない。それまでは、大手の広告主たちは広告費を使いつづけるだろう。もちろん、高インフレ下での売上増は低インフレ下でのそれに及ばないが、成長は成長だ。
リバティスカイアドバイザーズ(Liberty Sky Advisors)の株式調査アナリスト、イアン・ウィタカー氏は、「大手多国籍企業は依然として広告費を使いつづけており、エージェンシーにとっては恩恵だ」と話す。「しかも、米国の消費者は、両極化が進みつつあるとはいえ、基本的に値上げを許容しており、それが企業の支出意欲に弾みをつけている」。
これでエージェンシーが将来についてかなり楽観的であることにもある程度説明がつく。なにしろ、彼らの商売の成否は、大手広告主がどれだけ広告費を使うかに大きく依存しているのだから。
プラットフォーマー低迷の原因は
しかし、余裕のある広告主ばかりではない。
消費者心理に直接向き合う現場では、経済見通しはもっとずっと不穏だ。そして、中小企業やD2C事業者は、しばしばこうした環境で営業している。
中小企業やD2C事業者は、大企業よりも、消費者動向の変化にさらされやすい。たとえば、フードデリバリー企業や通販企業はコロナ禍で一時活況を呈したが、その後にたどった道を見てみるといい。不安定な経済は、コロナ禍中にこのような企業を急伸させたが、いまはどこも資金繰りに汲々としている。
生き残りをかけて、企業はコスト削減に励む。そこにはもちろん、広告費も含まれる。そして中小企業やD2Cが広告を出すのはもっぱらオンラインだ。こういう企業はあらゆる意味でデジタルファーストなのである。当然、彼らが不況の影響を受けるなら、彼らが広告を出稿するプラットフォーマーたちも同じ影響を免れない。
このことは大手プラットフォームの決算報告を見ても明らかだ。アルファベット(Alphabet)のルース・ポラットCFOは、特に一部の広告主が支出を控えていると述べているが、一部の広告主とはこの中小企業やD2C事業者のことと思われる。D2Cバブルも不安定な経済状況におされて崩壊しつつあり、そうなればプラットフォーマーもその影響を免れない。中小企業やD2C事業者はこうした広告事業の屋台骨であり、その点、いわゆるメガエージェンシーとは対極的だ。
とはいえ、中小企業やD2Cだけがプラットフォームを苦しめる原因ではない。不適切な広告支出も低迷の一因となりうる。無駄な広告支出など、不況の波という掃除機にあっという間に吸い取られてしまう。Googleとメタの経営幹部は決算報告の説明でこの問題にそれとなく触れている。プラットフォーム各社の広告収入を通じて、この問題がクローズアップされたかっこうだ。
支出拡大と削減はいずれ「交差」する
Google、Microsoft、Amazonをはじめ、商品の販売を主目的とするサーチやコマース系のチャネルは、売上効果よりもブランドビルディングを重視するチャネルに比べると、景気低迷の最初の局面をうまく乗り切っている。
「この四半期は特にGoogleの検索連動型広告やAmazon広告が頭ひとつ抜けているが、これは広告主が短期的なROIを優先し、安全な投資先に広告予算を集中させたためで、ある程度予想された結果である」と、エンダーズアナリシス(Enders Analysis)のメディアアナリスト、ジェイミー・マキューアン氏は述べている。「検索やeコマースのようなチャネルは基本的にコンテキスト重視の広告運用で、購買地点にも近いため、Appleのプライバシーポリシー変更の影響を回避したい広告主の逃避先ともなっている。この景気後退期での強さは、メタ、Snap、YouTube、Twitterなどが露呈した弱さとは対照的だ」。
このツートラックの広告経済はそう長くは続かない。遅かれ早かれ、ふたつのトラックはいずれ交差する。
ただし、昨年の上半期にテクノロジー部門で生じた需要の先食いから、エージェンシーがプラットフォーマーほどの影響を受けなかったことがその理由ではない。これは単に、エージェンシーに関しては、先食い需要の影響が小さい分、対前年比成長率の反動減も小さいというだけの話だ。「下半期には前年との業績の差は縮小に向かうはずだ」とマキューアン氏は述べている。「絶対成長率を見れば、エージェンシーが報告している数字とプラットフォームの業績のあいだに不一致はない」。
[原文:The downturn ad economy: A tale of two narratives]
Seb Joseph(翻訳:英じゅんこ、編集:黒田千聖)