このコラムの著者、マーク・ダフィ(56)は、広告業界辛口ブログ「コピーランター(コピーをわめき散らす人)」の運営人。米BuzzFeedで広告批評コラムを担当していた業界通コピーライターだが、2013年に解雇を通達された。今回のテーマは、バズワードとなっている「ストーリーテリング」について。
このコラムの著者、マーク・ダフィ(56)は、広告業界辛口ブログ「コピーランター(コピーをわめき散らす人)」の運営人。米BuzzFeedで広告批評コラムを担当していた業界通コピーライターだが、2013年に解雇を通達された。趣味のホッケーは結構うまい。
デジタル広告が嫌われていることを悟ったデジタルマーケティングの「バズる言葉の魔術師」たちは、数年前に「ストーリーテリング」という広告テクニックを編み出した。これでもう退屈なプロダクト広告とはおさらば、我々はコンテンツの「ストーリー」を伝えるのだ、という具合だ。しかし、歴史に名を残す素晴らしいブランド広告は、どれもストーリーを伝えてきたことは、ちゃんとしたクリエイティブなら誰でも知っていることだ。ということで、まったく新しくないテクニックに、まったく新しくない名前を付ける必要なんてまったくないという結論に至る。
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「バズる言葉の魔術師」たちはそれでもひるまずに、「ストーリー・ドゥーイング(story-doing)」広告や「ストーリー・スケーピング(story-scaping)」広告といったさらに漠然とした言葉を発明した。これに対してはもはや、クリエイティブたちも虚ろな目で見つめる以外に何もできることはない。
その一方で、「ストーリーテリング」広告を、デジタルマーケターたちが捨てたわけでは決してない。エンゲージメントの数値をプレゼンテーションするパワーポイントのスライドを駆使して、従来の方法で仕事をするエージェンシーから多くの案件を奪い取ってきた。今後も継続して奪い続けるだろう。いまでは「ストーリーテラー」という言葉を役職やプロフィールに使っている人の数はあまりにも多く、彼らがやすやすとクリエイティブな響きを与えてくれるこの単語を諦めるとは思えない。もはや彼らのビジネスのアイデンティティとなってしまっているからだ。
彼らの言うストーリーテリングの定義は、ブランドに売上セールスを約束せずに、顧客と深くエンゲージメントするスポンサードコンテンツ、となっている。商品の良さを間接的に訴求する「ソフトセル」という言葉があるが、この場合はどちらかというともはや「ノー・セル(売上なし)」だ。いまとなってはソフトセルがハードセルのように扱われ、プロダクトのメリットを直接訴求するような広告はまるで前世紀の化石、絶滅した種族のようにデジタルマーケターたちは考えている。
この種のストーリーテリング広告の問題点は、たとえストーリーを気に入っても、人々はどのブランドなのか覚えていない点だ(ビデオに登場する宇宙飛行士の宇宙服全面にレッドブルのロゴが派手に描かれている場合は別だが)。ブランドも覚えていないのに商品を買うとはこれいかに、である。
しかしストーリーテリング広告なんて言葉が発明されるずっと前からコピーライターやアートディレクターたちは素晴らしいストーリーを伝えてきたのである。それも商品をちゃんと売り上げる広告のなかでだ。誰も気付かないような小さな染みひとつが原因で「欠陥車」と呼ばれてしまうフォルクスワーゲン・ビートルの、悲しいストーリーを伝える広告が多くの消費者の心を掴んだのはずいぶん昔の話だ。「ストーリー」というものは、良いエンターテイメントになるために何分間もかけたり、何百文字も費やす必要はない。
今日はエンターテイメント性にも優れた、素晴らしい3つの「ストーリーテリング広告」を紹介したい。どれも90秒以下におさまっており、ブランドをしっかりを売り込んでいる。
ハイネケン:あまりフェアじゃないレディの物語
これまで制作されたビールCMで最も素晴らしいもののひとつと言っても過言ではないこちら(エージェンシー:ロウ・ハワード−スピンク、ロンドン)。映画『マイ・フェア・レディ』をジョークにした短いシーンでは、「高貴で正しい」発音ができずに苦しむ田舎娘が、ハイネケン(Heineken)を飲むだけで完璧に発音できるようになる、というもの。タグラインでWhatがWotとなっているのも、田舎娘の発音を想起させる遊び心に満ちていて素晴らしい。こちらの記事(英文)ではこのシーンについて詳しく説明されているので興味がある人は読んでみてほしい。
ゾナジョブス:永遠に死に続けるお婆ちゃん(2012)
仕事が嫌いで、ただ行きたくないがために休みの連絡をいれるときに「おばあちゃんが亡くなってしまって…」と嘘をつくのは世界共通のようだ。アルゼンチンのエージェンシー、ドラフトFCB(DraftFCB)によるこのゾナジョブス(Zonajobs)の広告は、おそらくアメリカでは絶対に放送できないだろうが、世界中に通用するダークユーモアをもっている。何度もおばあちゃんが死んだあとに、画面には「おばあちゃんを安らかに眠らせなさい」「行きたい仕事を見つけるんだ」というメッセージが現れる。求人募集サイトの広告としてはもっとも優れたもののひとつと言える。同じ業界では1999年のマレン(Mullen)によるモンスター・ドット・コム(Monster.com)の広告も素晴らしい。
英ガーディアン:スキンヘッド男のショート・ストーリー(1986)
出版物の広告は簡単ではない。しかし、英ガーディアン(The Guardian)と当時のエージェンシー、ボース・マッシーミ・ポリット(Boase Massimi Pollitt)が制作したこちらのCMは素晴らしい出来だ。ひとつの視点からは出来事の限られた側面しか理解できない、全体像を見ることではじめて、出来事の意義が理解できる。それを映像で端的に表現した見事な作品となっている。最近では2012年に発表された「三匹の子豚」スポットも同様の「全体像を見せる」というテクニックで成功している(エージェンシー:BBH、ロンドン)。
これらの例はどれも売ることとストーリーを伝えること、その両方が有意義に合体されているではないか。
Mark Duffy(原文 / 訳:塚本 紺)