多くの観測筋が警告しているように、デジタル広告市場が存亡の危機に瀕しているとすれば、立ち止まってひと息つくには良いタイミングだ。残念ながらこの瞬間は、プライバシー、マクロ経済の落とし穴、ウォールドガーデン、そしてこれらがどのように相互作用するか、さまざまな誤解がマーケターの思考を曇らせているときでもある。
多くの観測筋が警告しているように、デジタル広告市場が存亡の危機に瀕しているとすれば、立ち止まってひと息つくには良いタイミングだ。残念ながらこの瞬間は、プライバシー、マクロ経済の落とし穴、ウォールドガーデン、そしてこれらがどのように相互作用するかについて、さまざまな誤解がマーケターの思考を曇らせているときでもある。
デジタル広告の伸びは鈍化してない
このような誤解のなかでもっとも広く浸透しているのは、オンライン広告費の伸びが鈍化することは悪いことだというものだろう。実際、メタ(Meta、旧Facebook)の時価総額は、同プラットフォームに流入する広告費が年間を通じて減速するとした警告を受けて、1日で2300億ドル(約26兆4200億円)も下落したほどだ。
しかし、そのような論理的根拠は必ずしも正しいわけではなく、決算期を通してもそうではない。もちろん、広告主はオンラインメディアへの支出を止めると考えられた。文字通り前例のない成長が約2年続いたあとは、横ばい状態になるのが常で、特に上半期は、十分に理解された厳しい比較対象があるため、いつも人為的に低くなるものだ。特に、パンデミック以前にすでに支出が急成長していた分野では、これは実際には減速には当たらない。
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Googleの最新の結果を例にとってみよう。確かに、同社の第4四半期の広告売上は、前年同期比で鈍化したが、それは実際に起きていたことを歪めて見ている。パンデミック以前の成長レベルの相対的ペースを無視しているのだ。
これを踏まえて、2021年第4四半期と2019年同期のGoogleの広告売上を比較すると、過去2年間の成長率は年平均27.1%であることがわかる。これは、比較対象となる数字に世界的金融危機が含まれ、Googleの広告事業の規模が現在の6分の1だった2011年以降で、2年間の成長ペースがもっとも速いことを表している。
つまり、減速の実態がどうであれ、デジタル広告ではすぐにはそれは起こらないということだ。
Facebookは死にかけてはいない
ふたつ目の誤解は、最初のものと関連して、Facebookが死にかけているということだ。これは、しばらくのあいだ、繰り返し登場してきた理論だが、前述した2022年の厳しい予測によって鮮明になった。つまり、Facebookは、競争激化に伴うユーザー数の伸び悩みとプライバシー変更のあいだで板挟みになって、末期的な状態に陥っているという発想だ。
実際はそうとも言えない。そういう問題は現実にある(しかも影響が大きい)が、本質的な問題ではない。Facebookは、広告主が最終的に価値を見出すのはデータではなく、安価なリーチの約束であることを何度も示してきた。そうでなければ、フェイクユーザーの再発事例や不明確な測定は、長年にわたってプラットフォームへの支出を鈍らせる原因となっていたことだろう。確かに、この考え方に固執しがちなのはブランド広告主のほうだが、Appleのプライバシーポリシーが変更されて以来、パフォーマンス重視の広告主も自分たちの期待を調整しなければならなくなった。
プレイブック・メディア(Playbook Media)のブライアン・カラス氏は、「大手のアプリ広告主は、この変更に問題なく対処できている。SKANネットワークから正確なデータを得るための1日100インストールという要件を簡単に乗り越えることができるからだ」と述べる「しかし、インストールがもたらすLTV(ライフタイムバリュー)を理解するために正確なダウンストリームデータを取得することは、まだ不可能に近い」。
単純なサブスクリプション型アプリならこれでよいが、詳細な追跡をベースとしたものにとっては最悪だ。特にゲームアプリの広告主は、このシフトの最先端を行っている。実際、多くの企業がすでにFacebookから離れ、インストールあたりのコストが低く、ROIがより明確なほかのチャネルに資金を移動させている、とカラス氏は話す。
これはFacebookにとって悪い話のように聞こえるが、カラス氏は、AppleのFacebookに対する締め付けを別の角度から捉えている。もちろん、Facebookにとって、特にそのアプリ内ビジネスには大きな打撃だが、それはある一点に過ぎない。そしてそれは、メタの経営陣が、Appleのデータブロックによって100億ドル(約1兆円)の損失を見込んでいると語ったはるか以前のことだ。
グループエム(GroupM)のビジネスインテリジェンス担当グローバルプレジデントであるブライアン・ウィーザー氏は「通年の下げ幅の数字は、Facebookが予測したような9%ではなく、おそらく5%程度にとどまるだろう」と述べる。
これは控え目な試算だ、とウィーザー氏は続ける。特に、ほとんどの広告主がFacebookが利用できるデータとは無関係にFacebookへの予算を立てる傾向があることを無視しているからだ。「ただし、Facebookの全売上の半分がアプリのインストールによるものであることが判明した場合は別だ」とウィーザー氏は語った。
この2年、予算削減は限定的なものだった
Facebookの見通しに関する騒動は、広告業界がパンデミックの影響を受けた成長期を脱し、資金の流動期に入ろうとしているという、広く支持されている見解につながっている。それは、インフレやサプライチェーンのボトルネックなどの問題により、商品が高すぎたり入手できなかったりすると、広告主が需要を促進することが難しくなり、その結果、予算は削減されるというものだ。
これが3つ目の誤解だ。広告から即時にいくつかのリターンを得られないことができない場合は支出を削減するパフォーマンス重視の広告主は常にいるが、そうでない広告主も多い。結局のところ広告は、供給主導型よりも需要主導型ビジネスになる傾向がある。
ピュブリシス(Publicis)の最高財務責任者(CFO)、ミシェル=アラン・プロッシュ氏は、2月初めに行われた決算発表においてアナリストに次のように語った。「2021年10月に、第4四半期に供給不足が一部の業種に影響する可能性があると伝えたが、その通りになった。しかし、我々がクライアントを助け、既存インベントリー(在庫)やブランド構築に費用を振り向けることができたため、結果は予想ほどひどくはならなかった。2022年を見据えた場合、前半はサプライチェーンの問題が残るものの、全体としては徐々に解決されていくものと思われる。我々は解決に向けた正しい道を歩んでいると見ている」。
どちらかというと、マクロ経済の問題が本当に影響するのは、メディア予算がどれだけ使われるかではなく、どこで使われるかだ。これは、あるビジネスにとっては良いニュースだが、ほかのビジネスにとっては悪いニュースだろう。それはすべて、ビジネスがエコシステムのなかでどのような位置にあるかによって変わってくる。
スターコム(Starcom)でクライアント投資部門のディレクターを務めるジョナサン・マニング氏は、「一部のブランドは、パンデミック時に自社を薄く拡散しすぎ、その後、あまりにも多くのメディアチャネルに投資してきたために、十分なけん引力を得られず、そこから抜け出せずにいるかもしれない」と話す。
簡単に言えば、広告を出し続けている企業にとって、メディアプランは常に流動的であり続けている。新型コロナウイルスの変異株の流行とそれに伴うロックダウンに対応しなければならないだけでなく、人々が家で過ごす時間の増減に合わせて需要が変化し、広告料金に影響を与えるということがあった。このような変化に対応するため、広告主の多くは、安定性よりも柔軟性を重視したメディアチャネルを選択した。
これからは「安定性」が求められる
4つ目の誤解は、広告主が今後もそうであろうということだ。明らかに、メディアプランに柔軟性が必要なのは変わらない。特に、いまは何事についても長期見通しを立てるのが困難な時期だ。とはいえ、事態は落ち着きを取り戻しつつある。
オムニコム・メディアグループ(Omnicom Media Group)のパフォーマンスインサイト担当マネージングディレクターを務めるマーク・ギャラガー氏、はこう語る。「2020年にパンデミックが始まったときの流行語は柔軟性だったが、いまの流行語は安定性だ。それは、昨年は多くの需要があったという事実にかなり関係している。長期計画を立てるのを控えている広告主は、最終的にキャンペーンに必要な質の高いインベントリーを逃してしまうかもしれない」。
広告主は、可能な限り長期的な視野を持ち始めている。市場によっては、メディアオーナーと1年以上先の長期的な価格交渉を始めるところさえある、とギャラガー氏はいう。このような交渉はテレビに集中することが多い。広告主が多くのオンラインメディアを購入するリアルタイムのオークション環境は、こうした長期的な取引にはあまり適していない。そうだとしても、デジタルメディアには、マーケターがアップフロントで長期的に確保したいインベントリーが存在しているはずだ。
[原文:‘Stability, not flexibility’: Making sense of 2022’s ad spending narrative]
SEB JOSEPH(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:長田真)