現在、EC業界においてベンチャーキャピタルの注目を集めているのがバックエンドサービスだ。米ベンチャーキャピタルのグレイロック(Greylock)でゼネラルパートナーを務めるマイク・デュボー氏は現在、こうした事業への投資に特に関心を示しており、「大きなリターンを期待できる可能性が高い」と語った。
現在、eコマース業界において、ベンチャーキャピタルの注目を集めているのが、バックエンドサービスだ。
新型コロナウイルスによるパンデミックから9カ月以上が経過した今も、オンラインショッピングの市場規模は拡大を続けている。eマーケター(eMarketer)は、その最新予測において、今年の米国におけるオンラインショッピングの収益は前年比で32.4%増と予想している。
この流れに乗って、カスタマーレビュー関連のソフトウェアやバーティカルマーケットプレイスといった、ECプロバイダーの運営に必要なツール開発をはじめ、周辺企業にビジネスチャンスが生まれている。米ベンチャーキャピタルのグレイロック(Greylock)でゼネラルパートナーを務めるマイク・デュボー氏は現在、こうした事業への投資に特に関心を示しており、「こういったインフラやマーケットプレイスに携わるスタートアップは、ベンチャー投資家にとっても大きなリターンを期待できる可能性が高い」と語った。
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また同氏は、米DIGIDAYの姉妹サイト、モダンリテールに対し「ショッピファイ(Shopify)を中心として成長しているエコシステムと似たもののようにも見えるが、さらに広い視野で捉えるべき事業も多い」と付け添えている。これには、いわゆるヘッドレスコマースのツールも含まれる。これはECにおけるユーザー向けのフロントエンド部分と、バックエンドを切り離すシステムで、EC企業にとって販売サイトをより適切な形でカスタマイズできるようになる。
デュボー氏は、グレイロックに入社する前はスティッチ・フィックス(Stitch Fix)に勤務し、その成長の陣頭指揮を執っていた。今回、モダンリテールはそんな同氏が考える投資のテーマや、ショッピファイのさらなる成長が予想される理由、今年のEC業界における変化について尋ねた。なお、インタビューは内容を明瞭にするため若干の編集を加えている。
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ーーECインフラの発達が不十分だと感じる分野は?
私は当社のリミテッドパートナーに説明する際に、ファネルをアクイジション、コンバージョン、フルフィルメント、リテンション、リターン、そしてリコマースに分類したうえで、ひとつひとつ分析する。それぞれの段階にさまざまなビジネスチャンスが隠されているからだ。
急速に成長しているEC業界において、とりわけ興味深くダイナミックな変化を見せているのがショッピファイプラスだ。数億円の元手で数百億円を稼ぎ出している中規模マーチャント企業がある。だが、彼らをバックアップする組織、人材はあまり多くない。社内に専門のエンジニアがいても、せいぜいひとりの場合が少なくない。ショッピファイおよび関連サードパーティーで構成されるエコシステムは、効率化の観点から多くの作業をアプリやエージェンシーへアウトソーシングせざるを得ない。これらの状況から、この分野は投資対象として大きなチャンスがあると見なしている。
ただし、こういった組織にはリソース上の限界がある。私が投資を行ったBuilder.ioという企業においてもそうだった。
これはヘッドレスのCMSのような、フロントエンドのページ構築を行う企業で、ファネルでいえばコンバージョンの部分にあたり、コンバージョンはサイト訪問者全体の3%未満となっていた。コンバージョン分野には、カートに商品を入れたまま購入しないユーザーなど、ブランドにとって解決すべき非常に大きな課題が残されている。スティッチ・フィックスに勤めていた頃、私はマーケティング予算を担当していた。その時、上記の課題解決にとりわけ奏功したのが、サイトの高速化とコンバージョン率の改善のためのランディングページ改修の取り組みだ。我々のFacebook広告に関する細かな最適化が行われたわけではない。Builder.ioに投資を行った当時、コードを自分では書けないマーケターでもパフォーマンスの高いページを作成できるような仕組み作りをした。これがもたらすビジネスチャンスの大きさを認識している人は少ない。
ーーカスタマー獲得機会についてどう感じているか?
私自身もマーケターだったが、正確性はともかく、いくつかの統計については共通点がみられる。たとえばベンチャーキャピタルの予算のうち、40%はFacebookやGoogleの広告に使われている。
それもあって、多くのD2Cブランドにとって、多額のベンチャー資金を調達するのは賢明ではない。現在の市場の方向性は大きくオンライン販売にシフトしている。そしてオンライン市場は、常に最良の効率化を追求する市場でもある。それゆえ以前は、オンライン広告でどれだけ積極的にターゲティングできるかで成長と差別化が図られていたが、それも今や終わった手法と言って良い。だが、ブランドにとってはより面白い方法でコスト効率を高められるはずだと私は考えている。オフラインマーケティングもそのひとつだ。現在、テレビCMや屋外広告を展開するD2Cブランドが急増している。オフラインメディアをオンライン体験のように感じさせる技術も登場している。そこには投資する価値のあると示す企業が、いずれ出現するはずだ。
ーーヘッドレスコマースのトレンドについてどう考えているのか伺いたい。読者にとっても聞く機会の多いバズワードとなっている。
ヘッドレスについては、誤解されている面が多いと思う。現時点では、ヘッドレスを検討するのは早過ぎる販売業者も存在する。確かにヘッドレスを利用すれば、フロントエンドをバックエンドから切り離し、柔軟かつ幅広い選択が可能になる。だがショッピファイのメリットはあらゆる要素が統合されている点にある。アプリをインストールするにも、エンジニアによるサポートはほとんど必要ない。さらに単一のエコシステムで固定されていることの価値も大きい。利用すべきだ。
事業が成長して、ゼロコンマ数秒の高速化がコンバージョン率に大きく影響するような規模になった場合に、ヘッドレスのメリットを十分に享受できるようになる。私がBuilder.ioに投資したのも、中小企業向けにヘッドレスを提供しているほかの企業とは異なり、ミッドマーケットだけでなく大企業も重視しているためだった。
ーーどういった企業がショッピファイの競合に匹敵するのか? ショッピファイにとって脅威となるような企業は存在するのか? 存在する場合、脅威となるポイントは?
それはヘッドレスのコンバージョンとも結びついてくる。ブランド各社が自社ソリューションの構築を検討し、単一の固定されたエコシステムからの脱却を図る場合、それはショッピファイにとって競合勢力が登場したことなる。
私はそういった企業には投資していないため分からないが、たとえばボルト(Bolt:EC決済のSaaS)が「ショップペイ(Shop Pay:ショッピファイストアでの決済方法)をはじめとするカートよりもコンバージョンがはるかに優れている」というデータを発表したとしよう。そうすれば、自社ソリューションの再構築を検討することになるだろう。
ショッピファイもまた、ヘッドレスのトレンドに注目しているはずだ。ショッピファイはヘッドレスをサポートするとしているが、そうすればエコシステムの固定化はより難しくなるだろう。
ーーコロナ禍によりオンライン販売の需要は大きく増えた。 このトレンドはどれくらい続くだろうか?
今年の訪れたトレンドはもともと、将来的に起きるもので、時間の問題に過ぎなかった。実店舗の営業再開に伴い、店舗にある程度の収益は戻るかもしれない。また、分野によっては店舗での購入をカスタマーが好んでいる場合もある。だが、全体的に見れば、これまでオンライン化が難しいとされてきたにもかかわらず、今年になって、なかば強制的にオンライン化された業界もある。さらにオンライン購入に抵抗のあった消費者も、同じく必然的にオンラインで購入するようになった。特に60代後半の消費者のあいだでは、実際にオンラインで購入してみてその便利さに気づいたという声も多い。
この1年で、本来は10年かかったような進歩が一気に進んだと考えている。オンライン購入のトレンドは、人々が考える以上に残っていくだろう。コロナ禍によって、さまざまな分野でオンライン化とイノベーションが大きく進んだと言って良いだろう。
Anna Hensel(翻訳:SI Japan、編集:長田真)