Appleですら負けを認めなければいけないときはある。今年のクリスマスシーズンに先駆けて、AppleはAmazonで商品の直販を開始する。提携ブランドがAmazonからの扱いの悪さに不満の声をあげることも少なくないなかで、今回の提携が業界に与えた衝撃は大きい。
Appleですら負けを認めなければいけないときはある。今年のクリスマスシーズンに先駆けて、AppleはAmazonで商品の直販を開始する。
Amazonは11月9日、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、日本、インドで、認定された販売者としてAppleがAmazon上で最新バージョンのiPad、iPhone、Apple Watch、Beatsのヘッドフォンを販売開始することを
発表した。Amazon Echoデバイスの売上保護の観点から、AppleのHomePodデバイスは販売対象に含まれていない。
Appleの決断理由
Amazonはこれまでも、認定販売者としてApple製品の再生品を販売してきた。いままでも、中古のMacやiPhoneはAmazon上で購入できたということだ。だが、これまでAmazonでApple製品を購入するには、多数のサードパーティの販売業者が出品し、偽物や盗難品が蔓延するなかから、本物のAppleの新製品を探すほかなかった。
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それがここにきて、Apple自身が立ち上がってくれたというわけだ。Amazonには1億人のプライム会員を含む、膨大な数のロイヤルカスタマーが存在しており、スピーカーやケーブル、電子書籍端末といった製品カテゴリーの品揃えも豊富だ。そこにAppleのハイエンドで魅力的な製品を、Amazonがファーストパーティとして提供できるようになった。
「Appleにとってみれば一石二鳥だ。同社はこれまでサードパーティの販売業者の管理に苦労してきたが、これである程度抑制できるようになる。さらに世界市場の観点からも得られるものは大きい」と、ガートナーL2(Gartner L2)のアソシエイトディレクターを務めるオワイズ・カージ氏は語り、Amazonからすれば「高価格帯で人気の電化製品を提供できるようになる」という利点があると指摘する。それに対し、今回の件でもっともダメージが大きいのが家電量販店のベスト・バイ(Best Buy)だろうと同氏は語る。これまでのように「Amazonが扱っていないApple製品を販売している」という強みがなくなったためだ。
ナイキという先行者
Amazonに対して屈服し、同社と提携してきた大手コンシューマーブランドは多い。提携ブランドが同社からの扱いの悪さに不満の声をあげることも少なくないなかで、今回の提携が業界に与えた衝撃は大きい。AppleですらAmazonを必要としているのに、Amazon無しでも平気な企業など存在するのだろうか? 昨年、ナイキ(Nike)も同様に衝撃的な発表を行ったのは記憶に新しい。この提携も、Amazonのサイト上で同社の製品を販売しているサードパーティの業者を鎮圧するのが目的だった。ガートナーL2の調査によると、Amazon上でナイキの製品を販売する業者の数は数万にものぼっていたという。
だが、この提携でナイキが得られたものは少なかった。ナイキがいるにもかかわらず、Amazonではアルゴリズムにもとづき、レビューの評価が良く閲覧数の多い、以前から存在するサードパーティ業者が販売するナイキ製品が上位に表示されている。現在ナイキは、より都会的なジェットドットコム(Jet.com)と新たにeコマースの提携を結び、そこでAmazon上で表示していた商品アソートメントを掲載している。
このナイキによる提携は、業界に対して警鐘を鳴らした。Amazonでは、ファーストパーティとして販売するだけでは不十分なのだ。Amazonと、Amazonのカスタマーに対して優位に立つためには、それ以上のことが求められる。ナイキは直販によって売上を伸ばそうと努力してはいたが、最新商品やベストセラーとなっている商品をAmazon上で販売してはいなかった。一方、今回AppleがAmazon上で販売するのは最新製品だ。その見返りとして、AmazonはApple商品の価格設定に干渉することはないだろうと、カージ氏は語る。また、Amazon上に存在する偽物に対してAmazonは断固とした対処を約束しているが、これについてもさらなる努力が求められる。今回の取引の条件によると、年末にかけてApple商品をAmazon上で販売する業者は、事業を継続するために同社の製品を提出する必要がある。
カージ氏はこれについて、「AppleはAmazonから良い条件を引き出すために、自らも良い条件を提示した」と語り、その一方で「ブランド各社はAmazonの持つ強大な力と、同サイト上の検索の可視性については諦め気味だ。今回の提携はナイキの場合よりも上手くいくだろう。だがAmazonに関しては今後も注視すべきだ」と指摘している。
Amazonの思惑
今回の件は、Amazonが提携するブランドへの対応を改めようとしている兆候なのかもしれない。Amazonによる最新の決算発表では、中核をなす小売事業が足踏みをしている。つまり収益を増大させるためには既存のカスタマーからさらに収益を上げるか、あるいは新たな事業分野へと拡大するほかない。Appleのようなブランドとの提携は事業の成長に寄与する可能性は高い。クリスマスシーズンともなればなおさらだ。
「今回の提携は、二の足を踏んでいるプレミアムブランドにも再考を促すだろう。これはカスタマーが集まる場所に行くことが賢明なやり方であり、いつでも自社の販売経路に戻ってきてくれるという仮定は危険だ、というメッセージでもある」と語るのは、Amazon上で販売する企業が事業を拡大するための支援を専門に行っているエージェンシーのヒンジ・コンサルティング(Hinge Consulting)のCEO、フレッド・キリングズワース氏だ。同氏は「Amazonの、最高のカスタマー体験に関する哲学はAppleの哲学とも似通っている」と指摘する。
AmazonがAppleのデータを利用できるようになることへの驚異を指摘する向きもあるが、現実にはAmazonは、これまでもApple関連の検索項目やサードパーティによるApple製品の購入といったカスタマーデータを入手し、対応してきたのだ。
Amazonに特化したマーケティング運用コンサルタント企業のマーケットプレイス・イグニション(Marketplace Ignition)でCEOを務めるエリック・ヘラー氏は「Amazonと提携しないことで自社データを守れていると考えているブランドもあるかもしれないが、検索クエリを通じてAmazonはすでにApple製品の買物客のデータを持っている」と指摘し、次のように述べた。「Appleはそうしたデータの一部が手に入るようになる。Amazonを無視するというのは、自分の裏庭を放置しておいて、そこに草が生い茂って実をつけているのを見て驚くようなものだ。Amazonについても同じことがいえる。強いブランドを構築するため、何百万人が見る場所に進出するのは正しい方向なはずだ」。
Hilary Milnes(原文 / 訳:SI Japan)