リテーラーたちは店舗内におけるマーケティングツールとして、顔認識や人工知能といったテクノロジーをこれまで以上に活用しつつある。テクノロジーによってシームレスな取引や来店者ターゲティングを促進することで、顧客からできる限り大きな価値を引き出そうと活用しているのだ。そこには、eコマースに対抗し得る可能性もある。
リテーラーたちは実店舗内におけるマーケティングツールとして、顔認識や人工知能といったスマートテクノロジーをこれまで以上に活用しつつある。
ここ数カ月のあいだにテックソリューションのプロバイダーたちはリテーラーとのパートナーシップを加速させている。スマートサイネージや顔認識センサーなどを店舗に実装することで、より素早くシームレスな取引を実現することを目標としているのだ。
また、店舗を訪れる人の数が増えつつあるなかで、これらの技術はよりターゲットを絞った店舗内マーケティングを促進するためにも使われている。このことはひとつの転換期を示している。かつてプライバシー侵害のリスクがあると捉えられていたテクノロジーが今では流行となり、店舗はそれを利用して顧客から可能な限り多くの価値を引き出すようになっている。
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消費者はテクノロジーに好意的
店舗内テクノロジーの活用が最近になって増加していることは確実だ。ITコンサルティング企業のキャップジェミナイ(Capgemini)による、コロナウイルスが発生してからアメリカを含む12カ国で5000人以上の消費者を対象におこなわれた調査によると、消費者の54%がAIをベースにしたシステムを日常的に使っているという。これには拡張現実(AR)ベースのツールや非接触型決済サービスのようなテクノロジーが含まれている。興味深いことに、回答者のほぼ半数(46%)がAIによる取引が信頼できる、と回答している。2018年ではこの数字は30%であった。一方で、77%の回答者が人間同士のやり取りを回避するためにタッチレスのインターフェースを活用する機会が増えるだろうと予想している。
これらのテクノロジーの多くはマーケティングを促進する原動力として使われている。今年初夏にはソフトウェアメーカーのサイバーリンク(CyberLink)が、彼らの開発したAI顔認識テクノロジー「フェイスミー(FaceMe)」を実装するため、米国内で多数の実店舗と協力していると発表した。リテーラーや銀行、その他のトラフィックの多いエリアにおいて、顧客分析、アクセスコントロール、そして本人認証を提供する計画だ。
フェイスミーによるリテール分野参入はまず、性別、年齢、ボディランゲージを検知し、顧客属性と行動に関するマーケティングデータを集めることにフォーカスする。リテール参入に関するサイバーリンクの取り組みについて、同社はそれ以上の詳細を提供しなかった。
サイバーリンクのグローバル・マーケティング部門シニア・バイスプレジデントのリチャード・キャリエール氏によると、同社のプロダクトは既存顧客の売上を伸ばす手助けをできるという。たとえば、フェイスミーを売り場もしくはセルフサービスのレジで使うことで顧客のロイヤルティプログラムのアカウントに接続したり、アカウントを持っていない顧客であればデモグラフィックに基づいて識別することで、個々人に対応した体験を提供することができる。これらのテクノロジーは現在テスト中だが、百貨店や複数のリテーラーからなる大規模複合商業施設などもクライアントになりえると話す。
テクノロジーが実店舗のポテンシャルを高める
一方で、ほかの企業はスマートテクノロジーに広告のチャンスを見出している。先月、スイスのスタートアップであるアドバーティマ(Advertima)は、リテーラー向けの新しいAIベースの消費者行動分析プラットフォームを発表した。アドバーティマによると、スマートサイネージのようなターゲットを限定したリアルタイムの店舗内広告が、顔認識に頼らずに実現されるとのことだ。彼らのクライアントには国際的な食料雑貨チェーンのスパー(SPAR)、自動車メーカーのボルボ(Volvo)とメルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)が名を連ねている。
戦略コンサルティング企業のクラリオ(Clareo)で主席コンサルタントを務めるローレン・ラウーフ氏は、AIと顔認識の活用によって今後数年間で実店舗の売上を伸長させる可能性があると語る。実店舗を持つリテーラーにとっては、顧客をより包括的に捉えることでよりひとり一人に特化した体験を作り上げ、eコマースのブームに対抗することができる、と彼女は言う。
また同時にラウーフ氏はメイシーズ(Macy’s)を例に出し、これらの技術は倫理的に使われる必要があると指摘する。メイシーズは顧客が同意していないデータから利益を得ているとして、同社の顔認識テクノロジーの利用に関して訴訟を起こされた。
彼女はまた、顔認識を誤用することについても警告を発した。「顧客のなかでも特に有色人種の顧客が偏見の対象となってしまうリスクもある」。このテクノロジーは米国では大部分において規制が存在しないため、新たな障害を生む可能性もあると彼女は言う。たとえば、Appleは顔認識が誤って検知したことで生じた誤認逮捕に対し、10億ドル(約1050億円)の訴訟を受けた。
顧客との関係をつなぎ直す
それでも、これらの技術はますますメインストリーム化している。米国内のコンビニエンスストアはこの数カ月のあいだに紙のクーポンを廃止し、アプリを通じてパーソナライズされたデジタルクーポンを実装することで、顧客の購買履歴に基づいたカスタム割引を提供しはじめた。
「リテーラーも顧客も両方が店舗におけるAIに喜ぶべきだ」とクリエイティブエージェンシーのインダストリアス(The Industrious)の幹部であるアンディ・オースティン氏は言う。インダストリアスはベストバイ(Best Buy)やターゲット(Target)といったクライアントのために、インタラクティブな店舗スペースをデザインしている。
高価なテクノロジーを導入した次のステップは、それに見合う売上を確保することだ。「そのためには、リテーラーたちがブランド構築のために頼りにしていた『顧客との関係』を見つめ直す必要がある」とオースティン氏は語る。「AIをはじめとするテクノロジーのおかげで、実店舗のあらゆる場面で顧客とつながるチャンスを掴むことができる」。
[原文:Retailers are turning to AI for in-store marketing]
Gabriela Barkho(翻訳:塚本 紺、編集:分島 翔平)