一部の小売企業は、TikTokの扱いに困惑しているようだ。塗料の販売事業を展開するシャーウィン・ウィリアムズ(Sherwin-Williams)は先日、販売員のトニー・ピロシーノ氏を解雇。これは、自社製品を取り上げた同氏のTikTok動画が拡散したことを受けての措置だった。
一部の小売企業は、非公式にTikTokを活用する従業員への対応に手を焼いている。
なかには、結果として企業が従業員を「解雇」するケースもある。塗料の販売事業を展開するシャーウィン・ウィリアムズ(Sherwin-Williams)は先日、販売員のトニー・ピロシーノ氏を解雇。これは、自社製品を取り上げた同氏のTikTok動画が拡散したことを受けての措置だった。こうした対応を行う企業は、シャーウィン・ウィリアムズだけではない。米大手家電量販チェーンのベスト・バイ(Best Buy)、米レストランチェーンのチックフィレイ(Chick-fil-A)、さらにはフレズノ・ヨセミテ国際空港でも、職場からTikTok動画を投稿したために解雇されたと訴える従業員が出ている。チックフィレイのある従業員は、どのドリンクをどのサイズで頼めばお得かという動画を投稿し、解雇された。
これらの例は、近ごろ増えているエンプロイー(従業員)インフルエンサーと小売企業とのぎくしゃくした関係を物語っている。ダンキン(Dunkin’)といった一部の企業では、従業員が会社の舞台裏をTikTokで紹介することを奨励している。しかしほかの小売企業は、従業員にオンラインで広報活動をさせると、かえって自分たちのイメージが悪化しないかと不安を抱いているようだ。
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「無害な動画を投稿した従業員を解雇するのは、つまらない判断ミスだと思う」と、サンディエゴ州立大学のメディア学教授パトリック・テレン氏は評する。
テレン氏は、昨今見られるこうした「エンプロイーアドボカシー」または「エンプロイーインフルエンサー」についての調査を実施している。これらは、オーガニックに発生していることもあるが、多くの場合は企業が奨励しており、たいていは勤め先の企業の「舞台裏」をポジティブに紹介するものだ。具体的には、自社プロダクトの宣伝や、健全な労働環境のアピールであることが多い。
拡散の要因は「親近感」
TikTokを活用することで、エンプロイーインフルエンサーは自分たちの職場に、これまでにない形で注目を集めることに成功している。実際TikTokを開くと、ユーザーの「For You」ページには、ファーストフード店の従業員がハンバーガーを焼いたり、Amazon物流センターの従業員がオンライン注文の品を梱包する様子を捉えた動画が、いくつも掲載されている。これらは、ブランドへの親近感を演出するためには非常に効果的だ。
ピロシーノ氏の動画にも同じ要素が見られる。同氏は、実際にシャーウィン・ウィリアムズの製品を使って塗料を混ぜ合わせる動画シリーズを作成。これが拡散し、130万件超の「いいね」を獲得したシリーズのうちの1本で、ピロシーノ氏は歌手のリル・モジー(Lil Mosey)の楽曲『Blueberry Faygo(ブルーベリー・フェイゴ)』にのせて、缶入りの白い塗料の中にブルーベリーを流し込んでいた。ピロシーノ氏はシャーウィン・ウィリアムズとは無関係にアカウントを運営していたが、それでもこうした動画を投稿したのは、自分の仕事を「愛していた」からだと同氏はBuzzFeed Newsに語っている。
ピロシーノ氏の例は(企業の公式プログラムでなかったとはいえ)、エンプロイーアドボカシーがたどり得る経緯の典型例だと、テレン氏は指摘する。「エンプロイーアドボカシーが最近の時流にマッチしている理由は、『人々は、企業ではなく人を信じるようになっている』から」だという。そこで求められるのは、「本物らしさ」があるかどうかだ。「無理にやらせようとするほど、本物らしさは失われる」。
企業側の対応
企業はこの10年、ソーシャルメディアに関するルールを確立しようとしてきたが、TikTokの登場がこれらの問題に新たな複雑さをもたらしていると、マーケティングコンサルタントのシャンテル・マーセル氏は述べる。「何千人ものフォロワーが必要なほかのプラットフォームに比べ、TikTokは拡散させるのがはるかに簡単だ」と、マーセル氏は話す。「TikTokのアルゴリズムは、何千人ものフォロワーがいるかどうかにかかわらず、すべてのユーザーにはるかに多くのリーチをもたらすようにできている」。すなわちTikTokは、ほかのいかなるプラットフォームに比べても、「ペンキを混ぜるだけの動画」が、世界中でヒットするチャンスが大きいということだ。
初期のTwitterやFacebookに関しても、似たような論争が起きていたが、当時見られていたのは主に、ソーシャルメディアを通じて上層部を批判した従業員が解雇されるというケースだった。2010年末には、連邦政府の独立行政機関である全米労働関係委員会(NLRB:National Labor Relations Board)がこの問題に介入し、労働者保護の範囲はソーシャルメディアにまで拡大されるとの見解を表明した。上層部を批判しただけで労働者を解雇するのは不当というわけだ。この判断を受け、多くの企業が論争を呼ぶのを避けるために、従業員に対して業務に関する投稿を禁じるポリシーを策定した。
企業はいまでもこうしたポリシーを採用している。実際、モントリオール大学の人材管理学教授であるパメラ・リリオ氏によると、シャーウィン・ウィリアムズも、あらゆるプラットフォームに関する、包括的なポリシーを定めているという。同社は従業員向けの手引きで、広報活動を行えるのは権限をもった担当者のみであるとしたうえで、「当社のあらゆるポリシーと慣行は、(中略)ソーシャルネットワークメディアの利用にも適用される」と明記している。ソーシャルメディアを十把一絡げに制限するこのやり方は、数年前なら有効だったかもしれない。しかし、若い世代が労働力に加わっているいま、これを押しつけるのは不毛に思える。「従業員は人間であり、ソーシャルメディアはいまや我々の生活に重要な役割を担っている」と、マーセル氏はいう。「それを無視するのは、おかしなことだ」。
こうしたトラブルを受け、企業における従業員のソーシャルメディア利用の管理方針が変化する可能性はある。「企業は少なくとも、このアンバサダーシップの問題に関するタスクフォースを設置し、さまざまな意見を集めるべきだ。従業員をはじめ、人事やマーケティング担当者、経営陣の意見を聞く必要があるだろう」と、リリオ氏はいう。
オーディエンスは欺けない
しかし、もし方針が改められ、企業がエンプロイーインフルエンサーを戦略的に活用することになっても課題はある。従業員のコンテンツは、飽くまでオーガニックに発信させなければならないのだ。企業が従業員の投稿をあまりコントロールしすぎると、エンプロイーアドボカシーの活用メリットがなくなってしまう。「それが仕組まれたものなのか、リアルなものなのかは簡単に見抜くことができる。オーディエンスを欺くことはできない」。
[原文:Retailers are increasingly uncomfortable with employee influencers]
MICHAEL WATERS(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、編集:村上莞)