緩和の兆しを見せつつも都市圏では外出自粛と休業要請が続き、リアルリテールの売り上げは低迷している。アパレルブランドやリテーラーの破綻も相次ぐなか、EC担当者たちはどのように考え、どのように振る舞っているのか。社名や詳細なカテゴリーは明かさないことを条件に、3社の担当者から話を聞いた。
緩和の兆しを見せつつも都市圏では外出自粛と休業要請が続き、リアルリテールの売り上げは低迷するなか、ECの必要性・重要性は急速に高まっている。基本的に店舗が「主役」となっているアパレルリテーラーにも、この変化の波は訪れている。
アメリカでは旧来型モデルから脱却できなかったアパレルブランドやリテーラーの破綻が相次ぎ、日本も例外ではない。こうしたなか、国内のEC担当者たちはどのように考え、どのように振る舞っているのか。社名や詳細なカテゴリーは明かさないことを条件に、3社の担当者から話を聞いた。
置かれている状況はそれぞれ異なるものの、共通しているのは今が単なる「ECへの追い風」などではないという点だ。今後の生存を賭けた局面であり、3者とも今こそ長期的な戦略を考えるべきという見解で一致している。
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「主役」だが課題は山積み
「ついこの間まで店舗が主役でECは脇役だったが、立場が一変した」と、中堅アパレルリテーラーのEC部門でブランド商品管理を担当しているマネージャーは語る。「ドラマなら我々の時代だと喜ぶところだが、そんな単純な話ではない。長期的な視点に基づく投資やマーケティングが不在だったところに突如として店舗の代役を要求するのは、虫のいい話だろう」。
まず問題となるのは取り扱うプロダクトの生産遅延(在庫不足)・配送遅延だ。どちらもリテーラーだけに原因があるわけではないが、利用している消費者から見ればリテーラーの不備に見える。「このECサイトには商品がない、あっても届くのはアマゾンより遅いのなら利用するのはやめようと消費者が考えてもおかしくない」と、マネージャーは続ける。「私自身、リモートワークで家に居続けている状態で驚くほど購買意欲が湧かない。在庫や配送の問題が致命的であることは実感している」。このような事態を見越してリスクを分散させるべきだったが、誰も店舗が閉鎖され、消費者のニーズにECのみで応える状況など想像してこなかったとマネージャーは嘆息する。
ECの中でもECモールが占める比率が大きいことも悩みの種となっている。「現時点でECの需要が高いとはいえ、それが即ち自社ECが好調であることを意味しているわけではない。正直なところ自社ECは貧弱で、モールを利用せざるを得ない。運用の手間や利用コストを考えるとモール利用は長期的には我々の利益にはつながらないと感じているが、今はそんなことを言えない状況だ」。
店舗が停止している以上、必然的にECには過大な期待(あるいはプレッシャー)がかけられる。中長期的な視点は求められず、今この瞬間の数字が要求される。「セールや今売れそうなものを揃えて、少しでも売り上げを伸ばすための努力はもちろん行うが、『コロナショックに対応する』という名目で対処療法と小手先の施策に没頭し、目の前の数字に満足している場合ではないはずだ。ただえさえ我々のカテゴリーは厳しい。今期末には我々は過去の存在になっているかもしれない」。
しかし、今置かれている状況は自分たちEC部門にとっての好機になるともこのマネージャーは指摘する。「これまではDXやオムニチャネルを口にしつつも、結局はまずはじめに店舗ありきだった。当初はリモートも店舗で働く社員に配慮して禁止されていた。だが今はECありきで、我々にも発言力がある。全社的にリアルとデジタルが分断していることへの危機感も共有できている。店舗とECのデータ統合や購買体験の改善などを求める機会を得やすくなるだろう。もちろん、この危機を乗り切ることができればだが」。
顧客とのタッチポイント見直し
店舗閉鎖によってECの売上も低下しているパターンもある。主にハイブランドを取り扱い、リアル・デジタル共に小規模な展開を進めてきたアパレルリテーラーのセールスマネージャーは「端的に言ってまずい状況だ」と本音を吐露する。
「ECを利用するのは9割近くが店舗にも訪れている顧客たちだ。店舗が我々と顧客の主要なタッチポイントであり、来店できなくなるとECも低迷する」。彼らのモデルが時代遅れだったというのは簡単だが、ECに対するブランド側からの制約があることも無視できない。オンラインでの販売を認めていないブランドや、オンライン上でセールなどを実施することが禁じているブランドは少なくない。モール利用もNGとなることが多い。
「我々の存在を知ってもらうため、あるいは来店できない顧客のサポートのためにもちろんECは必要だが、ECだけでは我々のすべてを提供できない。必然的に店舗のロケーションや店内の視覚、聴覚に訴える体験などを重視してきた。ECを円滑に運用するためにブランドを選ぶという選択肢もあるが、顧客に提供する価値と我々の都合が逆転しては本末転倒だ。それならもはや我々がいる意味はない」。
ECだけで実現できることが限られており、プラットフォームやモールのような規模の戦略をとることは難しいなか、彼らが模索しているのは顧客とのタッチポイントとしてデジタルをより強化していく方法だ。「我々は多くの消費者に大量に販売するモデルではなく、高いエンゲージメントの顧客に長く繰り返し利用してもらうモデルを取ってきた。デモグラフィックだけでなく、多種多様な趣味嗜好の情報も店舗でのコミュニケーションを通して集め、顧客の好みにあったブランドや思ってもいなかったようなブランドを提案してきた。こうした価値が認められ、ブランドの直販ではなくあえて我々から購入する顧客もいるほどだ。問題はこれをどうデジタルに置き換えるかだろう」。
現在はSNSやメール、コミュニケーションツールを利用してECの利用者と対話しながら販売する方法を取り入れているが、「思ったよりは顧客の反応はいい」レベルに留まっているという。「新規の利用者にはハードルが高いし、質感や雰囲気は到底リアルに匹敵するものではない。所詮間に合わせの対応でしかないことは理解しているし、これからさらに時間も資金もかけて新たな方法を確立するつもりだ。店舗が再開すれば何もかも元に戻ると開き直りたいが、ウイルス感染も再開するリスクがあることを無視はできない」。
本質を捉えた変化が必要
整備されたシステムを擁し、比較的EC化率が高い大手のリテーラーであっても安全圏ではない。大手ファッションリテーラーのEC部門担当者は「ECは好調だが、これは単なる店舗の代替需要だ」と指摘する。「扱うプロダクトやターゲットとなる性別・年齢が幅広いので、ニーズに応えやすい。マスクや消毒液を扱うドラッグストアに消費者が集まっている状態と大差ない。数値を見てもEC単体は前年比大幅増だが店舗休業による損失はカバーできておらず、我々はうまくいっているなどと言ってはいられない」。
とはいえ、さらにEC化率を高めることだけを目指すつもりもないようだ。「こんな状況だからこそ、事象と対応を冷静に考えたい」と、担当者は続ける。「今起きている現象だけを捉えて『今後はともかくすべてをECにだけ注力しよう』と動くのは近視眼的すぎると感じている。店舗休業のバックアップのためにECが存在するわけではないし、店舗不要論やデジタル万能説を唱えたいとも思わない。消費行動の変化も以前からあった潮流だ。衝撃の大きさに惑わされて本質を見失うことが怖い」。
「かつては正直言って面倒だと思っていた店舗部門との会話も、オンラインではあるが増えた。互いの脆弱さや課題、危機感も共有している。となれば、求められている変化も『ECが』『店舗が』というレベルではないだろう。今取り組むべきは『我々はどう売るか』だ」。
Written by 分島翔平