2012年、シーザー・カレハス氏は新たな販売戦略を試すことにした。カレハスは、2010年からテキサス州にあるティファニーの店舗でフルタイムで働き、給与のほとんどをジュエリー販売のコミッション(販売手数料)で得ていたが、インスタグラムを使えば、より多くの顧客を獲得できると考えたのだ。
2012年、シーザー・カレハス氏は新たな販売戦略を試すことにした。カレハス誌は、2010年からテキサス州にあるティファニー(Tiffany)の店舗でフルタイムで働き、給与のほとんどをジュエリー販売のコミッション(販売手数料)で得ていたが、インスタグラムを使えば、より多くの顧客を獲得できると考えたのだ。カレハス氏は、ティファニーの人気ジュエリーライン「リターントゥティファニー(Return to Tiffany)」にちなみ、「プリーズリターントゥシーザー(PleaseReturnToCesar)」というアカウントを立ち上げ、店舗に入荷したばかりのジュエリーの写真を投稿した。そしてプロフィールには、フォロワーが彼に販売相談ができるようにするための予約方法を添えた。彼が新作ジュエリーの写真を投稿したところ、興味を持ったバイヤーから連絡があり、最終的には、電話とDMのやりとりで15万ドル(約1645万円)のジュエリーを売ったのだ。
彼の上司は、「こんなことは経験したことがない」という。カレハス氏と会社にとって、目の醒めるような瞬間だった。カレハス氏はその時、「わお! このお客様とは一度も会ったことがないのに、インスタグラムの写真だけで15万ドル分も売ってしまった」と思ったという。その後、新作ジュエリーの写真や、インスタグラム用アプリのブーメラン(Boomerangs)を使ったループ動画を定期的に投稿するようになり、興味を持った顧客とビデオチャットで打ち合わせをするようになった。数年前に会社を辞めて自分のジュエリーブランドを立ち上げたときには、全売上の30%がインスタグラム経由だったという。
カレハス氏によると、彼がフォロワーを増やしていくと、ティファニーも注目しはじめたという。ティファニーは、写真の撮り方やソーシャルメディアの効果的な使い方などのヒントをメモにして送ってきたという。今では、何十人ものティファニーの従業員が、インスタグラムやワッツアップ(WhatsApp)、Facebookに、ジュエリーの写真や動画を投稿するためのアカウントを開設しており、そのハンドルネームは、「bluebox」や「returnto」ではじまるケースが多い。コミッションで給料を得ている従業員たちは、売り上げを伸ばすために、ソーシャルメディアのパーソナリティに転身したのだ。彼らの多くは、最新の製品の写真を投稿する。それを見た顧客は、ティファニーのウェブサイト上にあるその販売員の特設ページをクリックし、そこで、販売相談をはじめ、おすすめ商品やスタイリング、さらに別のトピックについて電話で相談するための予約をするということだ(ティファニーは、米DIGIDAYの姉妹サイト、DIGIDAYのモダンリテール[Modern Retail]の取材には答えていない)。
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高額商品をソーシャルだけで売る事例も
これと同じことが、小売業界でも起きている。何十年ものあいだ、販売員はあくまでもフロアワーカーであり、店頭で顧客と接し、商品を紹介したり、売り込むなどして、コミッションを得ていた。しかし今では、インスタグラムやTikTokなどのアプリを使って顧客にアプローチする販売員も増えている。メイシーズ(Macy’s)のように、選ばれた従業員が商品についてソーシャルメディアに投稿し、コミッションを得ることを何年も前から奨励している企業もあるが、パンデミックをきっかけに、より多くのコミッション型従業員がソーシャルでのプレゼンスを確立するようになった。
サックス・フィフス・アベニューの販売員で、12万8000人以上のフォロワーを持つリチャード・ベッカーマン氏や、ティファニーの従業員で、今年の春にアカウントを削除するまで、2万3000人のフォロワーにティファニーのジュエリーを販売していたマリア・ルイサ氏など、多くのソーシャルフォロワーを持つ販売員が登場している。彼らのフィードは比較的シンプルで、店舗に入荷した新商品の写真を中心に投稿しているのだが、時折、個人的な写真やスタイリングのヒントを散りばめるのだ。これと同じ戦略を、両社の何十人もの従業員が取り入れている。たとえば、ティファニーのある上級販売員は、新しい指輪の写真と、購入したジュエリーの正しい手入れ方法について顧客からの質問に答えるビデオを織り交ぜて投稿している。また、ニーマン・マーカスの販売員は、フロリダの店舗に届いた新しい靴の写真をほぼ毎日公開している。
こうした販売員の多くは、自社サイト内にある販売員個人の販売ページへのリンクのほか、詳細情報や購入に関する相談をDMで送ってもらうためのメッセージをプロフィールに載せている。これは、小規模な買い物に限ったことではなく、たとえば、ジュエリーブランドのジスモンディ 1754(Gismondi 1754)は昨年、店舗スタッフがダイヤモンド30万ユーロ(約3900万円)分をワッツアップを通じて販売することに成功した。
「フォロワー数」が付加価値に
ソーシャルチャネルでコミッション制の従業員が増えている理由のひとつに、彼らが直接販売できるような技術インフラを提供する新興企業が増えていることがあげられる。セールスフロア(Salesfloor)は、販売員が小売業者のウェブサイト内に自身の販売ページを設置するためのホワイトラベルのソフトウェアを提供している。ロード&テイラー(Lord & Taylor)や、サックスフィフスアベニュー(Saks Fifth Avenue)、ニーマン・マーカス(Nieman Marcus)などの小売業者がセールスフロアを利用している。たとえば、サックスの販売員であるリチャード・ベッカーマン氏は、自身のバーチャル販売ページに、同氏がキュレーションしたサックスのおすすめ商品リストを掲載しているほか、顧客が商品について同氏に相談するための予約をしたり、パーソナル・ショッパー・サービスを依頼するためのオプションも用意しているという。
セールスフロアの共同設立者であるベン・ロディアー氏は、「多くの小売企業が、店舗で働く従業員にデジタル関連の業務を担当させている」と指摘する。「お客様とデジタルでつながるための仕事を担当してもらうことがその本質だ」。
ロディアー氏によると、バーチャル店舗の販売員プログラムの重要性が増すにつれ、小売業者はすでに相当数のソーシャルフォロワーを持つ従業員を優先するようになってきたという。ロディアー氏はバーチャル店舗の販売員のソーシャルでのフォローの実状について触れ、特に高級店では、「小売業者は販売員を募集する際、10年前にはなかったような要件を彼らに求めるようになってきている」という。また、「バーチャル店舗の販売員を採用する場合、彼らは小売業者に新規フォロワーをもたらすことを期待されているのだ」と述べた。同氏は具体的な内容を明かさなかったものの、フォロワー数について尋ねる小売業者があることは知られている。企業レビューサイトのグラスドア(Glassdoor)のレポートによると、たとえば、人気ファッションブランドのブランディメルビル(Brandy Melville)は面接の際、「インスタグラムのフォロワーは何人いるか」と尋ねるのだという。
販売員一人ひとりがバーチャル店舗を持つ時代
なかには、小売業者自身が従業員独自のデジタル販売ページを構築することを奨励している場合もある。
インフルエンサーエージェンシーのシルバービーン(Silverbean)でシニアアフィリエイター兼インフルエンサーマネージャーを務めるダン・ハル氏は、モダンリテールに対し、「ビューティーカウンターで働くスタッフは、多くの場合、すぐにソーシャルフォロワーができるようになっている」と語る。最近では、「私たちが関わるブランドが、それをどう活用するかを考え始めている」という。まだソーシャルチャネルを利用していない従業員のために、ある小売企業(名前は伏せるが)では、入社手続きの一環として、新しい販売員全員にソーシャルチャネルのアカウントを設定することを提案した。
一方で、インスタグラムやTikTokを自発的に利用している販売員もいる。セリーヌ(Celine)の店舗で販売員をしているニコラス・ダンレヴィー氏は、ビジネス・オブ・ファッション(Business of Fashion)の取材に対し、パンデミックで売上が落ち込んだときの対処法として、セリーヌのメインのインスタグラムページにコメントしてくれた人たちに、何か販売の手伝いをさせてくれないかとメッセージを送るようになったと語っている。
時間給の労働者でも、小規模なソーシャルインフルエンサーになりはじめている人がいる。たとえば、ウォルマート(Walmart)は、スポットライト(Spotlight)という新しいアプリを展開しており、最終的には米国の150万人の全従業員が利用できるようにする予定だ。スポットライトは、ウォルマートで販売している特定の商品(玩具ブランドのファンコ[Funko]など)を宣伝する代わりに、上位入賞者に最大1000ドル(約11万円)のボーナスが支給される。また、ファーストフードのダンキン(Dunkin)のように、クルーアンバサダーの公式プログラムに登録した一部の従業員に、特別報酬(ダンキンはそれが金銭的なものかどうかは明らかにしていないが)を与えるところもある。
今のところ、ティファニーのように従業員がオンラインで十分に表現されている会社でも、ソーシャル販売に惹かれている営業担当者は少数派である。カレハス氏は、「ほとんどの人は、余計な仕事だと思ってやりたがらない」のだという。ソーシャルに精通した販売員が増えたことで、小売業者が従業員にソーシャルメディアでの経験を求めるようになったらどうなるか、という疑問が生じているが、同氏は、「自分の仕事や自分の仕事に対する情熱を表現する楽しい方法だ」と考えているという。
[原文:Retail salespeople are transforming themselves into social influencers]
Michael Waters(翻訳・編集:戸田美子)