やはりデザインの領域は、大きく広がっていた。
去る5月17日(火)に品川グランドセントラルタワーで開催された「DESIGN for Innovation 2016 〜デザインの力が未来を創り出す〜」。サンフランシスコを中心に活動するクリエイティブ・エイジェンシーのビートラックス(btrax)が主催となる、このイベントでは「現代のビジネスイノベーションにおけるデザインの重要性」をさまざまな視点で理解できた。
当日実施された6つのパネルディスカッション中心に、その内容を振り返る。
やはりデザインの領域は、大きく広がっていた。
去る5月17日(火)に品川グランドセントラルタワーで開催された「DESIGN for Innovation 2016 〜デザインの力が未来を創り出す〜」。サンフランシスコを中心に活動するクリエイティブ・エイジェンシーのビートラックス(btrax)が主催となる、このイベントでは「現代のビジネスイノベーションにおけるデザインの重要性」をさまざまな視点で理解できた。当日実施された6つのパネルディスカッション中心に、その内容を振り返る。
デザインは神秘的なものではない
セッション「企業が求めるサンフランシスコ/シリコンバレーでの最新デザイン事例」では、米大手金融企業キャピタルワン(Capital One)からプロダクトデザインマネージャーのジェイソン・デペロ氏、クリエイティブエージェンシーのデザインスタジオ(DesignStudio)から主幹のジョン・クレソン氏が登壇。デザインをめぐる米企業の最新事情をテーマに話し合った。
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特に印象的だったのは、金融機関でありながらUX専門のコンサル企業アダプティブ・パス(Adaptive Path)の買収によってデザイン部門を強化した、キャピタル・ワンのデペロ氏による「金融システムを作るのも砂場遊びと同様にクリエイティブである」という発言。銀行というある種「保守の権化」のような組織であっても、現代においてビジネスを拡大していくには、デザイン思考をもってサービスを開発していく必要があるのだ。
また、いまや世界企業となったAirbnbの新しい顔(ロゴ)を作ったデザインスタジオのクレソン氏も、「デザインは(属人的な技能に頼った)神秘的なものではなく、方法やプロセスに変わってきた」とコメント。製造から宣伝、販売まで一気通貫にビジネスを設計することが必要となってきた現代において、縦割りで分業を続けていくことの無意味さを指摘していた。
国内大手もデザイン中心に
「日本の大企業イノベーションにおけるデザインの重要性」というセッションでは、NECの事業イノベーション戦略本部から目黒友佳氏、日立製作所の研究開発本部から伊藤英太郎氏が登壇。両社とも技術大国日本を象徴する大手テクニカル企業だが、最近デザインセンターを開設し、新しいアプローチでビジネスを設計しはじめているという。
目黒氏はNECにおいて「新規事業向けのアクセラレーター」という自身の役割が誕生した経緯について、次のように説明する。「(かつて社内の人間の多くは)製品スペックを高めることにこだわるあまり、その先にあるものを見ていなかった。そこで、お客様の困りごとからビジネスを考える役割が必要になった」。いまはヘルスケアやアグリテックなども手掛ける同社。デザインセンターに50人ものデザイナーを擁し、現在進行している60ものプロジェクトすべてに、デザイナーとアクセラレーターがペアで関与するようになったという。
日立の伊藤氏は、これまでのデザイナーの働き方について踏み込む。「デザイナーであっても仕事の仕方は、結局はルーチンワークに陥って、全然クリエイティブでない場合が多い」。これまでは効率を求め分業化が推進されてきたが、それでは立ちゆかなくなっている現実を指摘する。その一方で、「日立内での組織改編が進んでおり、デザイナーやエンジニアといった、かつての専門職が新しい役職に就きはじめている」という。いまや大企業であっても組織体制からデザイン・プロダクト中心に変化しつつある。
ストーリーテリングの重要性
Pinterest(ピンタレスト)のデザイン主幹ケイティ・バルセロナ氏と、ドイツのクリエイティブエージェンシーであるストーリーメーカー(Storymaker)のマネージングパートナーを務めるビヨルン・アイヒシュテッド氏が登壇したセッションは、「最新ブランドストーリーデザインを通じたブランド構築手法」だ。ストーリーテリングという視点から、デザインを通して、どのようにオーディンスと関係を構築するべきか話を深めた。
「デザインはストーリーテリングするための道具であり、ストーリーテリングとデザインは同意語だ」と語る、Pinterestのバルセロナ氏。デザインを通して、いかにオーディエンスとブランドをつなげるかという投げかけに対して、「ユーザーエクスペリエンスはすべての起点。(デザイナーである)私たちのタスクは、ユーザーの満足度を高めること」だと断言した。
大の日本贔屓だとアピールするストーリーメーカーのアイヒシュテッド氏は、アニメ・ゲーム・映画など日本文化とともに成長してきた自身の過去を振り返り、尊敬の念をもって「日本はストーリーテラーの国だ」と定義。しかし、その反面、海外ユーザーの事情に疎い、日本企業の弱点を指摘する。「日本国内における日本製品のユーザーエクスペリエンスはアメージングだ。だが、国外のユーザーについては、理解が及んでいないことが多い。かつてTOTOは、ヨーロッパにおける『ウォシュレット』のプロモーションに苦戦した。それは、需要がなかったわけではなく、『ヨーロッパの家庭のバスルームには電源がない』という事情を知らなかったからだ」。
UXで起死回生の一手
GoogleやFacebookなどの陰に隠れて、さいきんめっきり鳴りを潜めた印象のあるマイクロソフト。しかし、同社エバンジェリストの伊藤かつら氏と砂金信一郎氏が登壇した、セッション「UXデザインを通じて復活したマイクロソフト」では、オープンな体制を強め、静かにブランドを浸透させる、新しい戦略について教えてくれた。
「かつては社内でAppleのiPhoneを利用していると、かなり視線が痛かった」と伊藤氏。そのころは、「マイクロソフトの技術がすべてというスタンス」だったが、以降ずいぶん変わってきたという。「現在ではクロスデバイス戦略を採用し、iPhone向けの『MS Office』製品もリリースされている。だから、社内で利用していても、なんら咎められることはない」。
また、『MS Office』のデータをクラウドで利用できるサービス「Docs.com」の開発には、日本人社員が関わっていたことを披露。以前は、製品開発するにも「プロダクトマネージャー、コーダー、テスター」のチーム体制で当たっていたが、現在では組織改変により「プロダクトマネージャー、コーダー兼テスター、デザイナー」のチーム体制に変わったという。これに関して砂金氏は、「今後、プロジェクトの全体感を設計できるデザイナーが必要とされる」と説明した。
エージェンシーの要は意思決定
ビジネスを取り仕切るのは企業や制作会社だけではない。セッション「これからのエージェンシーが提供するべきサービスとは?」では、電通のCDC(コミュニケーションデザイン・センター)部長の森直樹氏、DIGIDAY[日本版]の関連会社インフォバーンから取締役執行役員でありUXストラテジストでもある井登友一が登壇し、大きな変革期を迎えつつあるエージェンシーが、デザイン中心になにを成すべきかを議論した。
電通の森氏は、コンサルティング企業がエージェンシーの業態に足を踏み入れてきた現状について、「コンサルティングファームのことを考えない日はない」と、切実に訴える。しかし、競合にもパートナーにもなる存在だとして、慎重に言葉を選んでいた。そのうえで、結局「強いのはエグゼキューションできて、生活者を知っているところ。しかも、最終的に出口を用意できるところだ」と説明する。
デジタルエージェンシーとして新しい視点から企業にソリューションを提供しているインフォバーンの井登は、「あらゆるデザインは、サービス化していっている」と言及。「ただ意匠を検討するだけのデザインでは、その需要に応えられなくなっている」ため、迅速な意思決定を行う「サービスデザインスプリント」を実施することも重要だと述べた。
本当のデザインの力
そして、セッション「データを活用するためのデザインの役割」には、ファイナンスアプリ「マニーツリー(Moneytree)」のファウンダーであるポール・チャップマン氏と、アクセス解析・サイト改善ツール「SiTest (サイテスト)」を提供するグラッドキューブのCEO金島弘樹氏、同社デザイナーの宮島敬右氏が登壇。データが多くシステムヘビーなところを、いかにデザインの力で解決しているかを語り合った。
単に収支を記録するだけでなく、日本全国の金融機関99%と連携し、すべてを一括で管理できる「マニーツリー」のチャップマン氏は、「これまでのデジタルにおける金融サービスは、すべて事業者目線でデザインされている」と指摘する。その点、美しいビジュアルで構成された同アプリは、ユーザー視点でデザインされたものだとアピール。そのおかげもあり、Appleのアプリアワード「App Store Best of 2013」を受賞できたという。
人工知能を使ってアクセス解析を行い、サイト改善に導く「サイテスト」のデザイナーである宮島氏は、これからのデザイナーが身に付けるスキルとして「デザイン以外の教養が必要だ」という。職種の垣根を超えて、チームでプロダクト開発に当たる必要が出てきた現代において、その教養が「コミュニケーションを成立させるためには必要」なのだそうだ。「相手の気持ちを理解して仕事を進めなくてはいけない」。
14時から19時まで、たっぷり5時間を使って展開された本イベント。長時間に渡ったものの、参加者が会場に収まりきらず、立ち見が出るほど盛況だった。いまやマーケティング活動のみならず、ビジネスそのものに大きく必要とされるようになった「デザインの力」。その本質や最新事情を求める流れが大きくなっているのだろう。
Written by 長田真
Image from Thinkstock / Getty Images
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