マーケターはひとりではなく、マーケティングはマーケターだけのものじゃない。マーケターキャリア協会(MCA)の集まりに赴くと、そう感じることができる。 現在は1300人ほどの会員を抱え、事業会社のマーケターを中心に、マーケ […]
マーケターはひとりではなく、マーケティングはマーケターだけのものじゃない。マーケターキャリア協会(MCA)の集まりに赴くと、そう感じることができる。
現在は1300人ほどの会員を抱え、事業会社のマーケターを中心に、マーケティングに関わる人、あるいは関わりたい人が気軽に交流できる団体となっているMCAが、9月上旬に会員総会を開催した。
「Marketer’s Home」というテーマを掲げた総会では、Preferred Networksの執行役員CMOであり同会の理事を務める富永朋信氏や、代表理事である田中準也氏、資生堂ジャパンマーケティングリレーション本部長の北原規稚子氏らが登壇。さまざまな人々との対話の重要性やコミュニティの価値、それらをいかにマーケティングの実務へと取り込んでいくのかについて語り合った。
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MCAの存在意義
田中氏は冒頭あいさつで、「マーケターの価値を明らかにしていくためにMCAはある」と話し、「マーケターによるビジネスの貢献度の可視化、マーケターのキャリア構築を支援、学生を含めたマーケター以外のビジネスパーソンのマーケティング視点の育成がミッションだ」と協会の存在意義を振り返った。
米国などと比べて、日本ではマーケターの価値が曖昧になっている部分があり、多くの中小企業ではマーケティング部すらないのが現状だ。しかしながら、マーケティングの力は現在ビジネスにおいてもっとも重要な要素のひとつであり、マーケティングのスペシャリストは常に求められている。
MCAでは著名マーケターたちが、マーケター向けの勉強会やマーケター以外のビジネスパーソンや学生に向けて、マーケティング視点の開発を行い、マーケターの価値向上に努めている。一方で、同じ志を持った人と対話して自身の業務のヒントにすること、あるいは悩んだときや迷ったときの支えにもなり得る交流の場としての機能もあわせ持っている。
人と対話することの重要性
基調講演において富永氏は、今回の総会のテーマでもある「Marketer’s Home」に込めた想いについて話した。同氏は、「マーケター同士で対話しよう。周りの人に耳を傾けてフィードバックをし合うことで、他人の視点を借りられる。そうなれば発想のリソースが倍になる」と述べる。
では、たったひとりで考えることと、対話することで自分以外の人と考えることの違いはどこにあるのだろうか?
富永氏は、「人はみな、『選考の逆転』(優先順位や好みが、状況によって変わってしまう現象。投資よりも目先の利を優先してしまうなど)と『利用可能性ヒューリテクス』(意思決定の際、身近なものや印象に残ったものを基準に選択してしまうこと)という特性を持っている」と話し、「たとえばプランニングを考えるとき、自分だけで丁寧に作ったプランは完璧なものに見えてしまう。だが、人はこうした特性があり、未来のことを解像度高く想像することが苦手なうえ、そこに込めたアイデアは所詮、自分の周りにあることや馴染みがあることから順番に思いついたにすぎない」と言い切った。
そのうえで、自分ひとりでこの問題を解決する方法として、デッサンとアブダクションという手法を紹介。「事柄に対してデッサンのように解像度を高くし、変異点をみつけて仮説を立てていくアブダクションを行う」としたが、「結局はこれもひとりでしか解決できないときのやり方だ。これよりさらによいことは、人と対話をすることだ」と諭した。
MCAに集まっているのは、マーケティングという同じ仕事をしている人、あるいはマーケティング視点を自分のなかに取り入れたい人たちだ。富永氏は、「同じ視点を持つ人がいれば、互いの痛みも喜びもわかり、感情を分かち合える」と話す。一方でMCAには現在の仕事にたどり着くうえでいろいろなパターンの人がいるとし、「キャリアの参照点を確認することもできる」と述べ、「総会に込めた『Marketer’s Home』という想いはここにある。マーケティング思考を持つ1000人のこのコミュニティで、いろいろの人の視点を借りていこう」とまとめた。
コミュニティに助けられるということ
総会ではこのほか、MCAメンターによるパネルディスカッションが行われ、富永氏の講演内容を踏まえたうえで「仲間と共創したエピソード」を、田中氏がモデレーターとなり、富永氏、MCAの理事・メンターである長田新子氏(一般社団法人渋谷未来デザイン 理事・事務局長)、北原氏、久保田夏彦氏(渋谷未来デザイン コンサルタント、クボテック ファウンダー)らが話し合った。
久保田氏はここで、現在抱えている渋谷のハロウィン問題を例として出し、「技術的にも解決するのが難しく、自分のなかに答えが見えない部分がある。ただ、いろいろな人と話すことで、解決に向けた光明も見え始めている」と話し、「自分とはまったく違う経験をし、自分では発想もできなかったアイデアを持っている人はいる。だからこそ、人に質問すること、頼ることで答えが見つかることもある」と、対話することの重要性を説いた。
一方で北原氏は、「新しいことを生み出すとき、誰かに頼ったり相談したりすることもしやすいと思うが、ブランドをやめる判断をするとか、事業を譲渡するとか、つらい決断をするときもマーケティングにはある。そうしたときに、社内で弱音を吐くことはなかなか難しい」と、自身の経験を話した。そのうえで、「社外の先輩たちから『生み出すことだけでなく、やめることを決めるのも大事なマーケティングだ』と教えられ、精神的に乗り越えることができた経験がある。社外のコミュニティを持っていたからこそ、正しい決断だと納得することができた」とコミュニティに助けられた経験を述べた。
また、長田氏は外資系の事業会社時代に外部のマーケターと接触することがほとんどなかったと回想し、「こうしたコミュニティで対話をすることの重要性をもっと若手のときに知っていればよかった。仕事の困難をメンバーにシェアすれば、解決することやサポートしてくれることもある」とし、「それは、ただ助けを求めるのではなく、お互いにとってよいことになる場合も多い。こうしたコミュニティのメンバーは、上司でもなければ、お友達でもない。そういうフラットな関係が必要なときもある」と話した。
アイデアのアップデートはひとりではできない
田中代表理事からは、エージェンシーを渡り歩いた自身の立場から「自分はマーケターなのだろうか? マーケティングを語れるのだろうかと自問していた」との告白があり、そのうえで「MCAに入ったことで同じ視点を持ついろいろな人達と対話することができ、切磋琢磨したことで自分自身を知り、自分を好きになれた」と語られた。
一方で、富永氏は「人との対話を重視することによって、オリジナリティが失われてしまうのではないか? と考える人のいるのではないか」と言及し、こう続けた。「自分も若者だったとき、そう考えていた。しかしながら、自分ひとりだけで産み落としたアイデアなどありはしないということに気づいた。フィードバックを積み重ね、アイデアをアップデートすることが重要なのだ」。
日本ではマーケティングの文化が米国などど比べて成熟していないと前述したが、日本にも確実に頼ることができる偉大な先人、あるいは同じ視点を持った仲間がいる。MCAの活動は、マーケティングの可視化をする以前に、「仲間がいること」を可視化することなのかもしれない。
Written by 島田涼平