デジタル時代はPRの時代だ。なぜならデジタル化とソーシャル化によって拡張され連結されたこの世界は、それそのものが「社会関心の増幅装置」だからだ。P&Gの最新事例を通して、デジタル時代の戦略PRは「危承転結」であることを説明する。ブルーカレント・ジャパン株式会社代表取締役社長/CEOの本田哲也氏による寄稿コラム。
本記事は、オムニコムグループ傘下の戦略PR会社、ブルーカレント・ジャパン株式会社代表取締役社長/CEOの本田哲也氏による寄稿コラムとなります。
デジタル時代はPRの時代だ。なぜなら、デジタル化とソーシャル化によって拡張され連結されたこの世界は、それそのものが「社会関心の増幅装置」であるからだ。社会関心とは何か。そもそも関心とは、「気になる」というニュアンス。「あること」が気になる人の数がどんどん増えて、「みんなの気になる」になったとき、それを「社会関心」と呼ぶ。社会関心をメディアが報道するのは、みんな(読者や視聴者)が気になっているからだし、「みんなの気になる」ことはソーシャルメディアでも活発な会話になる。この社会関心に向き合うのに欠かせないのがPR(=パブリックリレーションズ)のノウハウだ。
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いうまでもなく、現代は情報爆発の時代。生活者の情報選択率が著しく低下した世の中では、通り一遍の情報発信では埋もれてしまう。だから、企業やブランドにはエッジを効かせた情報発信が求められる。少しキワドイ表現や、挑戦的なメッセージ、イジられる余白をもったコンテンツなどだ。ただ一方で、エッジーな発信をすればするほど、それに比例して「リスク」も高まるのも事実。斬新な発信をしたいけれど、炎上や不買運動のリスクは常にそこにある――これが、現代の企業やブランドがもつジレンマだ。いかにポジティブな社会関心を獲得し、ネガティブな社会関心を回避するか。
これに対する答えはひとつしかない。クリエイティブな「攻め」のPRと、危機管理である「守り」のPRの双方を「同時に」備えることだ。それぞれが別の専門性ではなく、融合し一体化したノウハウであることが重要だ。言うほど容易ではないが、そこには大きなチャンスも見いだせる。「ピンチをチャンスに変える」という言葉が示すように、たとえば炎上事案を逆手にとってビジネスにつなげるような戦略だ。これを見事になし遂げたのが、P&Gの消臭剤「ファブリーズ」だ。
炎上と向き合ったP&Gの戦略
話は2016年の11月にさかのぼる。P&Gは、ファブリーズと日本一くさい食べ物「くさや」が対決するというユニークなテレビCMのオンエアを開始した。くさやの置かれた透明ケースの穴から臭いをかいで、「くさい!」と声をあげる女性。そして、置き型ファブリーズとくさやの入ったケースを恐る恐るかいで「臭わない!」。ファブリーズが勝利するという内容だ。これが思いもかけず炎上することになる。「生産者をバカにしている」「やりすぎだ」という声があがりはじめたのだ。
11月24日までに、10件程度の苦情や批判はP&Gのお客様相談室に入ってはいたものの、この時点で「CMを中止する」という判断はなされていなかった。しかし、危機意識を感じていたP&G広報部は、翌25日に出る夕刊紙の報道内容をいち早くWEB版で確認。その内容もふまえ、CMの中止を決断する。CM放映中止に関しては、お客様相談室へ連絡してきていたお客様のうち、連絡先がわかる方へ報告。その過程で、翌日26日の土曜日には、東京で行われた離島イベントに生産者の方が参加することを聞き、本社のある神戸からP&G社員が訪問。出展していたくさやの生産者と直接会って意見交換をした。そのうえで、週明けの11月28日、「配慮に欠けていた」とのお詫び文を公式サイトに掲載。12月より全国でCMの差し替えがはじまった。
見事な危機対応に見えるが、話はここで終わらない。P&Gは2017年4月24日、「千鳥が行く!ルート931の旅。」と題された動画を公開した。なんとこの内容は、くさやの生産地である八丈島を舞台に、くさやをクルマで配達し、車中の臭いをファブリーズが消臭するというもの。「P&Gは炎上に懲りていないのか?」と驚きそうだが、そうではない。今回は正式に八丈島水産加工業協同組合と組んで、ファブリーズとくさや「双方のPR」をめざそうというものだからだ。この背景には、炎上に迅速に対応する過程で、「生産者の多くはむしろCM中止を残念に思っており、くさやのPRの機会が失われることを懸念していた」ことが理解できた経緯がある。ピンチをチャンスに変える「文脈」が発見され、満を持してそれを実行に移したというわけだ。
PRにおける「攻め」と「守り」
僕はこれを、「起承転結」ならぬ「危承転結」だと説明したい。「危」はクライシス(危機)の発生である。社会関心の増幅装置にいったん火がつけば、誰もそれを瞬時に消し止めることはできない。「炎上」の発生だ。ここでパニックになったり、もみ消そうとしたり、ダンマリしてしまってはいけない。重要なのは次なる「承」である。承という文字には、「うけたまわる」「受け入れる」という意味がある。これがクライシスマネジメントの基本スタンスだ。脊髄反応的に逆ギレしたり反論するのはもってのほかで、相手や世間の「意を汲んで」対応する必要がある。そして「転」。まずは状況を落ち着かせるのが最優先だが、そこからの可能性を捨ててはいけない。ピンチをチャンスに変えるべく、クリエイティブな発想で炎上を逆手に取ったPRにつなげる。その結果、すべての利害関係者それぞれに何らかの成果がもたらされて「結」というわけだ。P&Gは「くさや炎上」という危機を、冷静に受けとめた。社会の意を汲むことでCMの中止を即決する一方で、くさや生産者の意を汲み、関心を理解しようと努めた。そのことが、生産者とタッグを汲んだ新しいコンテンツの発想につながった。
PRには「攻め」と「守り」のふたつの顔がある。バズをあげるだけがPRではない。記者会見で頭を下げるのがPRでもない。デジタル化した社会が「関心の増幅装置」となったいまこそ、このふたつのノウハウを融合することが重要だ。社会関心をどう料理すれば人は動くのか。ここに興味をおもちの皆さんは、ぜひ最新の拙著『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』のページをめくっていただきたい。デジタル社会の未来に向けた、コミュニケーションの示唆が見つかるはずだ。
Written by 本田哲也
Image by GettyImage