D2Cブランドとの仕事の経験をもとに、自らブランドを立ち上げるエージェンシー関係者は少なくない。マギー・ファントル氏も勤務していたデジタルマーケティングエージェンシーを昨年7月に退職し、自身のD2Cブランドを立ち上げた。周囲から無謀と言われながらも彼らが起業家へと転身する理由はなんなのだろうか?
昨年7月、当時28歳のマギー・ファントル氏は勤務していたデジタルマーケティングエージェンシーのダイレクトエージェンツ(Direct Agents)を退職した。自身のD2Cブランドを立ち上げるためだった。エージェンシーでは、クリエイティブとマーケティングを担当するアソシエイトディレクターとして、同年代のD2Cブランド創業者や起業家たちと深く関わり、彼らから大きな刺激を受けた。
起業家として独立することは、ファントル氏の長年の目標だった。パンデミックの影響で、その夢を実現させる気持ちに弾みがついた。ほかの起業家の話を聞き、ブランド創業者たちの目標達成をサポートするうちに、ファントル氏は自身の目標を再考し、最終的にはエージェンシーを辞めて、自身のブランドの立ち上げに踏み切った。
2021年1月、自分の貯金と家族や友人からの融資を元手に、ファントル氏はD2Cスキンケアブランド「メイズフェイス(Maes Face)」を創業した。
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ブランドを立ち上げるエージェンシー幹部たち
「私は起業家になって、彼らのように自分の手で何かを作りたかった」とファントル氏は述べている。コロナ禍のさなかで在宅勤務をしていたことも、自分の目標と改めて向き合う機会となった。「いつ起業をしたところで、何かしらのリスクはつきものだ。私の場合、起業とパンデミックが重なっただけのこと。周りからは無謀だと言われたが」。
現在、メイズフェイスは4人の従業員を雇用し、4種類のカラフルなフェイスマスクを販売している。製品は動物由来の成分を使用せず、動物実験を行っていないヴィーガンコスメだ。ファントル氏は意図的に販売する製品を1種類に絞り、あえて小さくスタートした。しかし数年のうちに、もっと大きなウェルネスビューティブランドに成長させたいと考えており、半年以内に新製品を出す予定という。
ブランドと仕事をした経験をもとに、新しくブランドを創設するエージェンシー幹部はファントル氏に限らない。もともとD2Cブランドを専門に扱うクリエイティブショップだったジンレイン(Gin Lane)が、パターン(Pattern)と名を変えてD2Cブランドの持株会社に転身したことはよく知られている。
また、米DIGIDAYが以前報じたように、デジタルマーケティングエージェンシーのヒュージ(Huge)でCEOを務めていたアーロン・シャピロ氏は、現在エージェンシーで培った経験を活かして、生命保険のD2Cブランド「デイフォワード(Dayforward)」を経営している。そしてパフォーマンスマーケティング企業のなかにも、ブランドに本来のサービスを提供するかたわら、D2C市場に参入し、独自のブランドを立ち上げるものが現れている。
ブランドとの距離の近さが要因?
代理店向けの人材発掘を手がけるクリスティ・コーデス氏は、パンデミックの影響と、エージェンシーの人間がブランドの設立を模索する背景について、こう洞察する。「我々はみな、人の命がいかにはかなく、大切なものかを改めて実感した。その一方で、コンテンツの大量生産や効率重視のエージェンシーでは、賃金や労働条件の切り下げによる、コスト引き下げ競争が繰り広げられている」。
D2Cブランド専門のエージェンシーからD2Cブランド設立への転向が続く背景には、この種のエージェンシーとブランドとの距離の近さもあるのだろう。サード・シティ・アドバイザリー(Third City Advisory)のフリーコンサルタント、マイケル・ミラフロー氏は、「D2Cブランドと彼らのお抱えエージェンシーとの関係は、フォーチュン500のランクイン起業と指名代理店(AOR)との関係よりもはるかに濃密だ」と指摘する。「ビジネスモデル、パフォーマンスメディアの活用方法、あらゆる施策を積み上げてブランドを構築するプロセスなど、あらゆる点において相互理解が深い」。
ミラフロー氏はさらに続ける。「D2Cエージェンシーでは、自分たちが設立や成長を支援したブランドと、そのまま長期契約や資本関係を結ぶこともよくある。起業との接点はおのずと広がり、D2C(エージェンシー)の幹部たちが事業の立ち上げに必要なノウハウや自信を培う機会ともなる」。
データ重視のブランド設立
ファントル氏は無類のスキンケアマニアだった。大学時代は顔にアボカドやマヌカハニーを塗ってルームメイトたちにからかわれたものだ。その一方で、ブランドの設立にはもっぱらデータ重視の姿勢を貫いた。「まず第一に消費者のことを考え、次に自分の趣味嗜好に照らして分析した」とファントル氏は述べている。Z世代やミレニアル世代におけるセルフケアやセルフィの人気の高さも、メイズフェイスの誕生につながったという。「自分の興味や関心がそのままビジネスにつながるとは限らない」。
マーケティング活動については、最初の1カ月はFacebookとインスタグラムを活用して有機的にオーディエンスを増やした。その後、主にFacebookとインスタグラムで有料広告の出稿を始めた。具体的なマーケティング予算は開示されなかったが、プライバシーに関する方針変更やiOS14のアップデートを目前に控え、TikTokを含め、ほかのチャネルにも広告費を分散させる予定という。
「まだいろいろなことを学んでいる段階だ」とファントル氏は話す。なにしろ、ブランド設立からまだ3カ月しか経っていない。
KRISTINA MONLLOS(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)