「デジタルで本当にブランディングができるのか?」。過去に何度かこの質問を受けたことがあります。「ブランディング」という言葉だけでは曖昧なので、デイビッド・アーカーの言葉を借りて定義しましょう。
ブランディングとは、①アウェアネス:ブランドの認知度、②アソシエーション:特定の属性からブランドが連想される度合い(例:高級車→ベンツ)、そして③ロイヤルティ:ブランドに対する愛着度、を強化することです。これらはすべて数値化ができるため、メディアごとのブランディング効果の定量的な測定が可能になります。
さまざまな調査から、広告のブランディング効果はそのフォーマットに大きく左右されることがわかっています。オンライン動画の普及により、デジタル広告でのブランディングが可能になり始めています。デジタル広告でブランディング効果の計測と最適化ができるようになれば、マスメディアにあてられていた広告費を本格的にデジタルに移すことができるのです。
本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシー、VMLの日本法人の代表と、株式会社FICCの代表取締役を兼務する、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。
◆ ◆ ◆
「デジタルでブランディングは可能か?」。この質問は何度か耳にしたことがありますが、明快な答えを聞いたことはありません。「ブランディング」だけでは少し曖昧なので、まずはデイビッド・アーカー氏の言葉を借りて定義しましょう。ブランディングは、以下の指標を向上させることを意味します:
Advertisement
-
①アウェアネス:ブランドの認知度
②アソシエーション:特定の属性からブランドが連想される度合い(例:高級車→ベンツ)
③ロイヤルティ:ブランドに対する愛着度
これらの指標を定量化し、あらかじめ計測をしておけば、数値の上昇から施策ごと、メディアごとのブランディング効果を測ることができます。
過去の調査から、デジタル広告のブランディング効果は、そのフォーマットに左右されることがわかっています。バナー広告などの静止画像には、伝達速度の速さなど、限定的な優位性も見られますが、ブランディング効果はほとんどありません。しかし、同じデジタル広告でも、動画フォーマットの広告からは、十分な数値の上昇を確認することができています。購買を引き起こす態度変容には、動画のようなリッチな広告体験が必要であると言えるでしょう。
デジタル広告を牽引する動画広告
幸い、日本はオンライン動画大国です。YouTubeは、ほぼすべての年齢層で6割以上の利用率があり、ほかの動画サービスを含めれば、インターネットユーザーの8割が日常的にオンライン動画を視聴しています。1ユーザー辺りのオンライン動画の視聴時間は、アメリカの倍以上もあり、より長尺のコンテンツが観られることがわかります。
このオンライン動画の広い普及とともに、いままで「顕在化された需要の刈り取り」という限定的な役割を担っていたデジタル広告が、ブランディングの領域へと進出しはじめています。デジタル広告の特性を活かし、今後はブランディング目的の広告も、データにもとづく継続的なパフォーマンスの改善が可能になります。それまでに広告主にとって魅力的な動画メディアがあれば、テレビに充てられていた広告予算を、本格的にデジタルにシフトさせることができるのです。
アメリカのオンライン動画市場は、2015年だけも40%も成長し、広告主の約7割が今後も投資額の増加を見込んでいます。オンライン動画が、今後デジタル広告業界全体の成長を牽引することは間違いないでしょう。
動画マーケティングの現実
しかし、市場全体の活性化と成長を実現するためには、いくつかの障害を乗り越える必要があります。アメリカでは広告主の46%が提供する動画コンテンツの品質に不満を抱え、41%が予算不足を感じています。さらに、36%が投資対効果の証明や投資の正当化ができていません。
動画でも、読み物コンテンツでも、配信するコンテンツの量と質を両立することができなければ、コンテンツマーケティングは成立しません。これには出版社や、テレビ局などのコンテンツパブリッシャーの力が必要であり、ブランドからの情報発信を請け負う広告代理店には、その能力やリソースがないのです。
レッドブルのように、ブランドがトップクラスのパブリッシャーを作るという珍しいケースもありますが、ほとんどのブランドは、採算の合わない額で動画制作を発注し続けるか、クラウドソーシングなどのサービスを活用し、コストを抑える代わりにコンテンツの質に妥協するという選択肢しかありません。広告主がどれだけ動画マーケティングを推進したくても、現実的な手法が存在していませんでした。
動画メディアの先駆者たち
アメリカで、この広告主のジレンマに応えたのがThe Huffington PostやVOX MEDIAなどのWebメディア企業です。マスメディア以上のオーディエンスと影響力をもちはじめた彼らは、資本家や親会社などの巨額の資金を活用し、本格的に動画制作の体制増強に踏み切ります。そして、読み物中心だったWebメディアは次々と、動画メディアへとシフトしていくのです。
もちろん、メディアもコンテンツの質と量の問題を避けて通ることはできません。しかし、彼らは動画制作のコストや質に妥協はせず、広告の配信単価を上げることで、業務自体をサスティナブルなものに変えてしまいました。
広告フォーマットのリッチ化、ターゲティング精度の向上、PMP(プライベートマーケットプレイス)の導入、ブランドを最大限に活用したネイティブアドの提供など、さまざまな施策が功を奏し、動画メディアの運営は少しずつビジネスの採算が合うようになっています。
次々と追従する老舗メディア
Webメディアの進化に追従するように「ニューヨーク・タイムズ」「USA TODAY」「ワシントン・ポスト」などの一流誌もまた、動画メディアへとシフトしはじめます。なかでも、Amazon創設者のジェフ・ベゾス氏の買収によって注目を浴びた「ワシントン・ポスト」は、驚くべき変貌を遂げています。彼らは動画の情報鮮度を徹底的に追求することで、ブレイキングニュースの発生時に、いまやほかのメディア関係者も真っ先にアクセスするトップクラスの動画メディアになっているのです。
アメリカの広告主は、高額で、キャパシティの小さいエージェンシーと、品質に一貫性の無いクラウドソーシングに加え、高品質な動画コンテンツを作り続ける動画メディアのパブリッシャーというリソースを手にしました。しかし、このようなメディアの大半が、いまだ収益面での大きな課題を抱えており、有利なビジネスになるための具体策もいまだ見えていません。
とはいえ、次世代のメディアを成立させ、市場全体を活性化させるというパブリッシャーたちの揺るぎない信念と努力によって、アメリカでは動画メディアが有効な広告媒体として成立しつつあるのです。
プレロールというジレンマ
Webメディアの動画へのシフトに伴い、ユーザーが動画広告に接する機会が増えました。特に、コンテンツの前に広告が差し込まれるプレロールが多く、パブリッシャーの重要な収入源となっています。しかし、目的のコンテンツとは無関係な映像と音声を一方的に流してくるプレロールは、ユーザーからの反感も強く、96%のユーザーが可能な限り回避をしています。最近の急激なアドブロッカーの普及も、プレロールが大きな原因のひとつであると言われており、間接的にパブリッシャーに損失を与えている可能性があります。
また、広告の効果測定調査などからも、プレロールの頻度、尺、内容によって、ブランド好意度が低下するという結果が出ています。動画メディアにとって、プレロールは大切な収入源であると同時に、広告主やメディアのブランド毀損を引き起こすものなのかもしれません。
広告のスキップを可能にし、無関係な内容や、必要以上のフリクエンシーを減らすなど、メディアもエージェンシーも、可能な限りプレロールの不快感を減らす努力を重ねています。しかし、視聴したい動画コンテンツの前に、無関係な動画が表示されること自体に、不快感を感じるユーザーが多いため、根本的な解決法はまだ見えていないのです。
広告とコンテンツの未来
プレロールのジレンマを解決するためには、私たちの広告とコンテンツに対する考え方を変える必要がありそうです。広告もコンテンツも、どちらもユーザーが消費する情報であり、明確な境界線は存在しません。
コンテンツを広告にすることも、広告をコンテンツにすることも可能です。前者には、メディア独自のコンテキスト(文脈)とパーソナリティ(人格)に沿って伝えられる「ネイティブアド」と、広告主の声をそのまま掲載する「アドバトリアル」という2つの形式があります。
もちろん、メディアの視聴体験を踏まえたネイティブアドの方がはるかに態度変容に効果的であると言えますが、すべての広告をその都度メディア独自の文脈に置き換え、コンテンツとして作り直すことは現実的ではありません。コンテンツの広告化は、メディアや広告の価値を高める理想的なソリューションですが、包括的な解解決には、「広告のコンテンツ化」も同時に検討しなければいけません。
「クォーツ」が導いた答え
「クォーツ(Quartz)」は動画コンテンツを掲載するまでに、3年の準備期間を設けた、後発の動画メディアです。彼らは、いち早く動画コンテンツへのシフトに取り組んだメディアのさまざまな失敗と、その要因を長期的に分析し、「5つのやらないこと」をガイドラインとして設けました。
-
①配信数のノルマを設けない
②トーキング・ヘッド(人物が喋るだけ)動画を作らない
③サイト独自プレイヤーを作らない
④動画セクションを設けない
⑤プレロールを使わない
彼らはプレロールよりパフォーマンスの高い広告フォーマットを見つけ出すために、このガイドラインに基づき、さまざまな動画広告の表示方法を検証しました。結果、動画広告のサムネイルをコンテンツの右下に設置し、マウスオーバーやタップなどのユーザーの意図的なアクションで広告を表示するという方法を採用しました。結果、プレロールの4%を上回る、25%の自主的な広告視聴を獲得しています。「クォーツ」は、ユーザーに広告視聴の自由を与えることで、「広告を見たい」という気持ちを刺激し、広告のコンテンツ化に成功したのです。
業界を育てるメディアという土壌
広告を仕事とする私たちは、つい広告主や消費者の視点だけから物事を考えてしまいます。しかし、そもそも消費者が接触するのはメディアであり、その力を借りなければ、広告を届けることはできないのです。メディアの質が下がれば、広告の価値が下がり、メディアだけでなく、消費者を含む市場全体が損失を被ります。
これから先、高品質なデジタルメディアを育てることが出来なければ、若年層への影響力を失いつつあるマスメディアの衰退とともに、広告の出稿先が失われてしまうのです。いまこそ、メディアとパブリッシャーだけでなく、広告主や広告代理店もが協力し合い、動画メディアという次世代の広告の土壌を築かなければならないのです。
Written by 荻野英希
Photo by Thinkstock / Getty Image