D2Cブランドの思考法を大手ブランドが手に入れたら鬼に金棒である。広告費が大きい企業ではレビュー施策を軽視されることが多いが、大手であっても購入検討層はレビューやUGCを探している。さらに大きな成長を目指す大手ブランドこそあらためて「顧客の声」の活用に目を向けるべきではないのか。――村岡弥真人氏による寄稿。
本記事は、ソーシャルテクノロジーによるマーケティング支援を行っているアライドアーキテクツで、CPO兼プロダクトカンパニー長を務める村岡弥真人氏による寄稿となります。
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ここ数年「UGC」という単語が業界でよく使われるようになった。ユーザーの手によって生成されたコンテンツを指すが、昨今のSNS時代においては特にインスタグラムやTwitter上のユーザー投稿が代表される。EC企業にとってUGCの活用は不可欠なものとなっており、メンズスキンケアブランド「バルクオム」はUGCを自社LP上で活用することでCPAを1/3まで改善したり、D2Cコスメブランド「DINETTE」ではCVRが1.3倍弱まで伸長した。
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ECビジネスに従事している人間であれば、これらの成果がいかに影響を持つものか一目瞭然なはずである。しかしながら、大手ブランドをはじめとする多くのEC企業では、いまだにUGCのような「顧客の声」が軽視されている。ECサイトやLPには、作りこまれた感の強い「お客様の声」や、テキストだけの見づらいレビュー欄がページ下部に並ぶだけである。
本来、ECビジネスはレビューで成立しているようなものである。多くの購入検討者は当たり前のように購入者のクチコミを探すし、Amazonや楽天でのレビューの量と質は売上を左右する。それではなぜ、自社のECサイトやLPになると「顧客の声」の優先度がここまで下がるのだろうか? 私は、ここ5〜6年のデジタル広告業界の急激な変化がひとつの答えだと考える。
アドテク、最適化への違和感
私がデジタル広告の仕事を始めたのは国内のアドテク熱が最高潮になっていた2013年頃だった。当時はFacebook広告の広告代理事業を立ち上げており、ひとつの武器として米国で有名だったAI自動最適化ツールを国内に独占契約で持ち込み、それを唯一の武器に毎日営業をしていた。
過去の膨大なデータや無数のABテストの結果をテクノロジーの力で最適処理することで、成約する確度が高いであろうユーザーグループを導き出す。それ自体は広告業界にとっては素晴らしい技術だ。Facebookやインスタグラムの広告精度が目まぐるしく進化したのは、まさにアドテクの精度の高さである。
ただ当時、優れたアドテクに依存し過ぎた結果、「何を届けるのか?」というクリエイティブへの意識が薄れていった自分自身に、とてつもない違和感を感じていた。広告配信面や技術が発展する一方、目にするデジタル広告のクリエイティブのほとんどが広告色の強いクリエイティブばかりで、生活者のネット広告への強い嫌悪感に拍車をかけていたのだと思う。
フィードに馴染むクリエイティブ
その違和感を払拭できなかった私は、事業をクリエイティブ注力にシフト。当時は成功事例が少なかったFacebook広告を題材に「Facebookのフィードに馴染むようなクリエイティブとはなにか?」をひたすらに追求したのである。
そのなかで、もっとも再現性があり、効果が大きかったクリエイティブは、決して恐怖訴求でも価格訴求でもブランド訴求でもなく、テキストもロゴもないスマートフォンで撮影した生活風景の一部のようなクリエイティブだった。従来の広告の考え方からすると明らかに手抜きに見えるクリエイティブ手法は、その後多くの広告主で多大な成果を挙げてくれた。
そもそも、友人の投稿を気楽に見たいというFacebookユーザーの心理に対し、企業広告が出てきたらユーザーは違和感を覚える。アドテク観点では最適なターゲティングだったとしても、クリエイティブとユーザーの状態がズレてしまえば何の意味もないのだ。当然、ユーザーにとって心地よくない環境を媒体が放置するわけもなく、昨今の媒体側の表現規制などの規制強化につながってくる。
D2Cブランドが躍進した理由
このように、これまで戦えてきた手法では成果に繋がらなくなったことから生活者に向き合うことの必要性が明白となったわけだが、多くのEC企業では今まで向き合って来なかったがゆえに、新しい時流に対応することは難しい。これは前述した多くの企業が「顧客の声」に注力することができないひとつの理由である。
昨今の「広告嫌い」という言葉の登場にもあるように、多くの生活者は広告を信用していない。そんな世の中においては、LPに掲載されているような作りこまれた感の強いクチコミやどんな誰が書いたか分からないようなレビューは信頼されず、インフルエンサーの投稿や一般ユーザーのUGC、使用感や使用の様子を動画や画像とともに掲載するリアルなレビューなど、信憑性の高い「顧客の声」を活用することが不可欠となるのだ。
この時代の流れをうまく読んで成長したのが前述したようなD2Cブランドである。DINETTEはSNS上でユーザーと対話し続けることで得たインサイトを商品開発に活かし、発売初期段階からファンがいる状態でブランドをスタートしている。また、パーソナライズシャンプー「MEDULLA」を提供するSpartyでは購入者の「きゃーっ♡」を生み出すコミュニケーションを最重要とし、購入者がポジティブに商品体験を発信できるような空気作りを行っている。
このような成長D2Cブランドでは、後発のベンチャー企業として戦い方を考えたからこそ、従来の大手ブランドのような戦い方ではなく、経営レベルで「顧客の声」への投資を重要と捉え早期から施策に転換することができているのだ。
変わり始めた大手ブランドたち
そんな流れを受けて、サンスターやオルビスなど大手ブランドでもUGCの活用が急激に増加している。サンスターでは「緑でサラナ」というロングセラー商品の新規獲得LPにUGCを活用することで、CVR1.3倍、単月の売上貢献1000万円強という大きな成果を出した。またオルビスでは、人気スキンケアシリーズ「オルビス ユー」でUGCを活用しCVRは1.2倍、新規顧客の純増に成功した。
D2Cブランドの思考法を大手ブランドが手に入れたら鬼に金棒である。上記の2社ともに、業界随一の顧客基盤や施策規模があり、その分UGCやレビューが与える影響はほかの企業よりもずっと大きかった。
広告費が大きい企業ではレビュー施策を軽視されることが多いが、大手ブランドであっても購入検討層はレビューやUGCを探しているし、かつその人数の分母は大きい。さらに大きな成長を目指す大手ブランドこそあらためて「顧客の声」の活用に目を向けるべきではないのか。
投資ポートフォリオの改革
これらを実現するためには、広告施策に対する従来のマインドセットと体制を変えることがもっとも重要である。広告費やこれまで実施してきたような訴求の改善で大きな成果を得ることは難しい今、大切なのは自社の顧客が何を求めているのか? を深く理解し、それを広告コミュニケーションに活かすことである。
そのためには、ファンミーティングやUGCなどのクチコミから実際の顧客の声に耳を傾け、顧客がどのような考えや感想を持っているかを自分ごととして感じるような体制構築が不可欠だ。すべての起点が顧客体験にある、という当たり前のことを前提に投資ポートフォリオの改革が必要なのである。「顧客の声」に向き合い、活用手段を見いだせた企業こそが今後成長していくに違いない。
Written by 村岡弥真人
Photo from Wikimedia Commons