ほぼすべての企業がテクノロジーに精通している時代であれば、最高デジタル責任者(CDO)の役割は時代錯誤と映ることだろう。ところが、CDOの役割は色あせるどころか、いまなおデジタル技術の急激な変化に必死で順応しようとしている多くのレガシー企業において重要性を増している。
チャーリー・コール氏は2年前、高級バッグブランドのトゥミ(Tumi)で初となる最高デジタル責任者(CDO:Chief Digital Officer)に就任。デジタルマインドセットを組織にもたらし、広範なデジタル戦略に関して、マーケティングやマーチャンダイジング、クリエイティブ、ディストリビューションなどと協働するタスクを任された。そんなコール氏は現在、最高経営責任者(CEO)直属の20人以上からなるデジタルチームを率いている。このチームは、オンラインアナリティクスやCRM(顧客関係管理)、ダイレクトディスプレイ広告などの業務を担う。
コール氏は次のように述べる。「肩書の名称だけの話で言えば、企業はCDOを雇うことによって、デジタルが最優先事項であるというメッセージを組織全体に送れる。CDOを最高マーケティング責任者(CMO)の指揮下におけば、デジタルはマーケティングよりも1段レベルが低いというメッセージを送ることになる」。
2017年、金融機関ノースウェスタンミューチュアル(Northwestern Mutual)初のCDOに就任したアレクサ・フォン・トベル氏は、CDOとCMOの役割が互いを補完し合う関係になったことを認めている。同氏のチームは、ファイナンシャルプランの作成や各種支払い、残高の見直しなど、デジタルクライアントとの主要なタッチポイントに関する責任を負っていると、トベル氏は語る。それに対してマーケティングチームは、広告活動やフィールドマーケティング、スポンサーシップなどの業務を担当し、ノースウェスタンミューチュアルが有するブランド力の強化を図っているという。
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「デジタルチームは主として、モバイルからウェブ、新興プラットフォームに至るまで、デジタルクライアントとアドバイザーの経験を後押しする責任を負っている」と、同氏は述べる。
重要性が増している役職
ほぼすべての企業がテクノロジーに精通している時代であれば、CDOの役割は時代錯誤と映ることだろう。ところが、CDOの役割は色あせるどころか、いまなおデジタル技術の急激な変化に必死で順応しようとしている多くのレガシー企業において重要性を増している。過去におけるCDOの役割は、マーケティング部門の指揮下に入れられることが多く、たいていの場合、eコマースに焦点を合わせていた。CDOの多くは、自分の部署を持たないお飾り的な存在だった。だが、トゥミやノースウェスタンミューチュアル、スポーツ用品大手のナイキ(Nike)、金融大手のモルガン・スタンレー(Morgan Stanley)などのブランドにおいては、CDOの役割が大きくなり、担う責任も重くなってきた。
たとえば、辞書などの出版を手がけるメリアム・ウェブスター(Merriam-Webster)の最高デジタルプロダクト責任者からCDOに昨年昇進したリサ・シュナイダー氏は、この肩書の変更について、重くなった責任および組織全体に及ぶ構造転換を反映したものだと考えている。CDOとしてのスナイダー氏は、以前のようなデジタルプロダクトの管理やデザイン、ユーザーエクスペリエンス(UX)、製品開発だけでなく、エディトリアルやマーケティング、ソーシャルメディア、アナリティクスも監督している。
「このことは、デジタルがひとつの部署ではなく、まさしく事業運営の手段の一部であることを会社が理解していることの表れだ」と、シュナイダー氏は語る。「これらグループのすべてが、ひとりのCDOのもとに集められる。我が社のコアDNAの一端として、統一されたデジタル戦略のもとでコミュニケーションやコラボレーションを確実に遂行するためだ」。
CEOの後継者選びの候補
エグゼクティブサーチ企業のハイドリック&ストラグルズ(Heidrick & Struggles)のパートナーであるライアン・ブルコスキー氏によると、人材採用担当者の視点から、CDOはよりビジネス志向になっており、CEOに直属する場合さえあるという。「CMOにとってより重要なのは、ブランディングやPR、マーケティングコミュニケーションだ。これに対してCDOは、製品管理や製品開発はもちろんのこと、UXやユーザーインターフェイス(UI)にも目を向ける。CDOが独自のエンジニアリングリソースをもっている場合さえある」。
30年以上の経験をもつマーケティングリクルーターのジェリー・バーンハート氏もそれに同意し、いまの大手企業は、CMOから独立した幹部の役割をCDOに求めており、彼らが取締役会に名を連ねることを望んでいると述べる。「いまやCDOは、CEOの後継者選びの候補にもなっている」とバーンハート氏は言う。たとえば、エージェンシーのカラ・アジアパシフィック(Carat Asia Pacific)でCDOを務めていたケビン・ウォルシュ氏は、2017年4月に同社のCEOに昇進した。
CDOに関する新たな調査で、コンサルティング企業のPwC(PricewaterhouseCoopers)は世界2500社の大手上場企業を分析した。その結果、2016年に企業の19%がデジタルへの取り組みを率いる幹部を指名し、2015年の6%から上昇していることがわかった。また、CDOの60%以上は2015年に雇用された。
「単なるデジタル屋ではない」
その一方でCDOは、マーケティングや販売ではなく、技術系の経歴を持っている場合が多いようだ。2016年、CDOのおもな専門知識の32%を技術分野が占めていることがPwCの調査からわかった(前年は14%)。これに対して、マージェティングや販売、カスターマーサービスといった経歴をもっているCDOの割合は2016年、前年の53%から39%に低下した。
その理由は、もはや大企業はデジタルをソーシャルメディアやモバイルアプリのような単なるマーケティング戦術とみなしていないからだ。デジタルは幅を広げ、どうすれば企業はブロックチェーンや人工知能(AI)、拡張現実(AR)などの先端技術を顧客体験や人材募集、従業員エンゲージメントなどの領域に適用できるのか、といった疑問にも対応するようになってきたと、PwCでチーフテクノロジストを務めるクリス・カーランは語る。
「もはやCDOは単なるデジタル屋ではない。彼らは社内のオーケストレーションを司っているのだ」とカーラン氏は語る。
要求される幅広い能力
昨年、電通イージス・ネットワーク(Dentsu Aegis Network)初のCDOに就任したルイーザ・ウォン氏もこれに同意し、自身の時間の70%をクライアントへの戦略的コンサルタント業務に費やして、技術とデータがデジタルだけでなく、あらゆるメディアフォーマットを一変させていることをクライアントが理解する後押しをしていると述べる。「FacebookやGoogleだけでなく、オラクル(Oracle)やIBMのデータおよび新技術も理解する必要がある」と、ウォン氏は語る。
組織によって異なるが、ブルコスキー氏によれば、企業が新たなCDOを雇う際には、伝統的にCMOの指揮下にあったデジタルマーケティングやデジタルアナリティクス、ソーシャルメディア、UXデザインなどの職務はCDOの下に移る場合もあるという。職務が複雑になれば、人材の確保は難しくなる。CDOの場合、平均して3カ月ごとに1人のスカウト活動しかを行えないとバーンハート氏は言う。それだけの時間がかかり、リソースも必要とされるからだ。
「CDOのポジションには、幅広い能力が要求される。戦略的スキルをもち、データや技術を理解し、業績をあげるために計画を遂行し、複雑な環境で仕事をこなし、CEOから信頼される人物にならなければならない」とバーンハート氏は語った。
垣間見える問題点
エグゼクティブサーチ企業のACライオン(AC Lion)でシニアマネージングパートナーを務めるマイケル・アドラー氏は、CDOを探すときに同氏が直面する最大の課題は、各候補者の戦略能力と遂行能力が釣り合っているかどうかを見極めることだと指摘した。「経営幹部の多くは、袖をまくりあげて手を汚す器量が欠けている」。
バーンハート氏もカーラン氏も、CDOの役割について、レガシー的な組織では社内文化に課題を突きつける場合もあると考えている。CDO候補者はスタートアップや起業家的な企業の出身であることが多く、レガシー企業を動きが遅すぎる時代遅れの存在とみなしかねないという。またCDOは、上級経営幹部陣の大半よりもずっと若い場合もある。
「大改造に向けて、スタートアップで働いた経験のあるCDOを求めている組織もある。だが他方では、その人物を雇ってはじめて自分たちが招いた状況を把握できる組織もある。従来とは異なる環境から来た人物であれば、多くのことに疑問を抱きかねない。企業はそれに備える必要がある」と、カーラン氏は述べた。
Yuyu Chen (原文 / 訳:ガリレオ)
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