インハウス化を急ぐマーケターほど、メディアトレンドの定着を雄弁に物語るものはない。この事実に基づくなら、ゲームの時代は完全に到来しているといえるだろう。一部の広告主は現在、eスポーツ、ゲームのためのスペシャリストチームの編成を進めている。なかには、すでにチームを設置している企業もある。
インハウス化を急ぐマーケターほど、メディアトレンドの定着を雄弁に物語るものはない。この事実に基づくなら、ゲームの時代は完全に到来しているといえるだろう。ごく一部の例にすぎないが、アンハイザー・ブッシュ・インベブ(AB InBev)やナイキ(Nike)、アディダス(Adidas)、プーマ(Puma)、レッドブル(Red Bull)、ペプシコ(PepsiCo)、マンチェスター・シティ(Manchester City)、KFC、ピザハット(Pizza Hut)などにとっては、少なくともそうなる。
これらの広告主は現在、eスポーツ、ゲームのためのスペシャリストチームの編成を進めている。なかには、すでにチームを設置している企業もある。こうした動きの一部は予想されていたことであり、ナイキやアディダスなどの企業は、どんなトレンドがファンのあいだで支持されようと、そのトレンドを読み取り、表舞台に立てる実力を以前から誇ってきた。
eスポーツの重要性は拡大
こうした動きの一例がプーマだ。プーマは2017年の時点ですでに、eスポーツのシニアストラテジストとしてマシュー・ショウ氏を自社に迎え入れている。その一方で、KFCなどはその「経歴」をまだ手にしていない。KFCは今年はじめに、KFCゲーミング(KFC Gaming)を立ち上げたばかりだ。しかし、取り組みの進度に違いはあるものの、どちらの陣営もメインストリームカルチャーに食い込みつつあるゲームに目を向け、それと足並みを揃えていくことを望んでいる。
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オンライン専門のアイウェア小売であるゼニ・オプティカル(Zenni Optical)でブランドコミュニケーション部門の責任者を務めるショーン・ペイト氏は、次のように語る。「これからはチームを引っぱって、我が社のeスポーツ戦略をスケールアップしてくれる人材を、新たにチームに迎え入れる必要も出てくるだろう」。
同氏がそう語るのはもっともだ。ゼニにとって、eスポーツが持つ戦略上の重要性は、ほかの何よりも大きくなっているからだ。同社はブルーライトカットのゲーマーグラスを幅広いラインナップで展開している。また、ブランドのメインアカウントとは別に、ゲームにフォーカスしたTwitterアカウントも運営している。
「ゼニの製品が、どのゲーマーにも欠かせない必需品のひとつになるチャンスは必ずあると確信している」と、ペイト氏は語る。
いかにeスポーツに食い込むか
もし本当にゲームが「ゴールドラッシュ」を迎えているなら、どの企業も「つるはし」を手にしたくなるのも無理はない。以前からずっとその「金脈探査」を行ってきた企業は、特にそうだろう。ゼニは2019年から、ゴールデン・ガーディアンズ(Golden Guardians)やヒューストン・アウトローズ(Houston Outlaws)といったチームとの提携を通して、eスポーツに食い込むための地道な努力を重ねてきた。やがてその投資は巨大化し、eスポーツ事業の実務への関与度を高める必要が出てきた。
「eスポーツはいまや、ゼニにとって大きな意味を持つようになっている。こうなるのは自然な流れだ。ゼニがeスポーツに特化したプロダクトラインを展開していることだけが理由ではない。ブランド全体の構想や投資レベルもその理由だ」と、ペイト氏は語る。
普通なら、インハウス化への流れはエージェンシーにとっての悪材料を意味する。少なくとも、彼らの目には自分たちの役割が小さくなってしまったように映るだろう。結局のところ、通常はエージェンシーに丸投げされる仕事を、インハウスのチームが部分的あるいは全面的に引き受けるのは、何も珍しいことではない。だが、ゼニの場合は違う。
同社は今後も、eスポーツ事業をうまく運んでいくべく、コミュニケーションエージェンシーのDKCとの提携を続けていくつもりだという。ゼニはeスポーツ界でもっとも人気のあるプレイヤーのひとり、クレイスター(Clayster)が同社の商品を推奨してくれるところにまで到達した。これが実現したのも、DKCのアドバイスによるところが大きい。したがって、ゲームに関するあらゆることの相談役として力を発揮してくれてきたDKCに背を向けても意味はない。
「DKCは非常に協力的で、ゼニが打つ次の一手に関するアドバイスを授けてくれている」と、ペイト氏は語る。「ゼニが3月に行ったコール・オブ・デューティ・リーグ(CDL)への投資は、それまでにゼニが結んだ全パートナーシップの合計よりも、大規模なものだった。この投資が正しいかどうかを見極めるには、何カ月にも及ぶ検討が必要だった」。
インハウス化してもパートナーは必要
実際、ベストな進路を描く際に重要なのは、キャンペーンにどのインフルエンサーを選べばエッジを効かせられるかを知ることだけではない。ファンダムの把握、IP(知的財産権)の確認、技術革新の評価、プラットフォームの選択など、そこにごまかしの気配を感じれば何にでも反対するオーディエンスの共感を得るため、さまざまな問題を乗り越えなければならない。インハウスの専門チームがいても、広告主がスペシャリストに頼り続けるのは、もっともなことだ。プリングルズ・ヨーロッパ(Pringles Europe)のデジタルマーケティングスペシャリスト、スティーブン・マクスウィーニー氏は次のように語る。
「ゲーム内外のインフルエンサーやクリエイターとコラボレーションするキャンペーンの多くは、インハウスのチームが直接手がけている。だが、大規模なキャンペーンに関しては、エージェンシーやTwitch(ツイッチ)などのメディアプラットフォームと提携して行うことが多い」。
これが浮き彫りにするのは、インハウス化の新しい波の実像だ。エージェンシーが全体の計画を練るのではなく、実務を担当するケースが増えている。その傾向は、以前にインハウス化の波が押し寄せてきたときのように、ますます強まりつつある。Twitchのブランド・パートナーシップ・スタジオでグローバルヘッドを務めるアダム・ハリス氏は、次のように語る。「ブランドがエキスパートを雇い入れるか、メディアエージェンシーやクリエイティブエージェンシーが独自の部署を立ち上げるかのどちらかだ。(Twitchは)Z世代とミレニアル世代をターゲティングするマーケティングチャネルとして十分に活用されているとは言い難いので、いい時代になってきた」。
たとえば、ポール・マスカリ氏はペプシコのゲーム、eスポーツ部門を率いている。だが、オムニコム(Omnicom)内のスペシャリストチーム、ゼロ・コード(Zero Code)のサポートを受けている。バド・ライト(Bud Light)のスポーツマーケティング担当ディレクター、ジョー・バーンズ氏もそうだ。同氏は昨年、ヨーロッパ方面のeスポーツエージェンシーにコード・レッド(Code Red)を採用した。
T1エンターテインメント&スポーツ(T1 Entertainment &a Sports)のCEO、ジョー・マーシュ氏は、次のように語る。「どの企業も、やみくもにゲームやeスポーツの世界に飛び込んだりはしない。以前、ほかのチームと提携してきたエージェンシーを擁する某ラグジュアリーブランドと話し合いを行なったが、彼らの陣営にはこの世界のことをわかっている人物もいた。やがて消える一度きりの大ヒットではなく、末長く続く本物をつくるには、こうしたこと(ゲーム、eスポーツ業界を理解したパートナー)が必要になる」。
ゲームの影響力が持つ魅力
次は、BMWの現在の陣容を見てみよう。BMWではマーケターのうちの6人が、同社がスポンサーを務めるチームのクリエイターなどの外部のスペシャリストと、二人三脚でeスポーツを担当している。これらのチームがエージェンシーの役割を兼ねることもしばしばで、出資者のキャンペーンの立案、アクティベート、さらには測定にも力を貸している。当然のことながら、(少なくともいまのところは)BMWは、このハイブリッド型アプローチのメリットはコストを上回っていると考えている。
BMWグループ(BMW Group)でeスポーツ部門の代表を務めるピア・ショーナー氏は、次のように語る。「BMWグループは社内に、ゲーム、eスポーツのスポンサーシップ業務を担当する専門部署を設置している。私が率いるデジタルエンタテインメントチーム内に設置されていて、そこには約23人が所属している」。
ゲームはエンターテインメントメディアとしての優位性を高めつつある。しかし、他社の責任者の多くと同じように、ショーナー氏が魅力を感じているのは、ゲームの影響力が広範囲に及ぶようになってきたという事実だ。BMWがこの事実を見失うわけにはいかない。
「社内では、デジタルエンターテインメントについての話し合いがよく行われている。これからの若いターゲットオーディエンスは、必ずしも、かつての世代ほどテレビを見たり、自動車に興味を持っていたりするとはかぎらない。それがわかっているからだ」と、ショーナー氏は語る。「つまり、これらのプラットフォームで自動車をどのようにローンチするかを再考し、広告ではなくブランドコラボレーション、BMWのメッセージを広めてくれるインフルエンサーの登用など、これらに対する必要性が高まっていることを認めなければならないということだ」。
ショーナー氏やマスカリ氏のような人材を見つけるのは、簡単ではない。マーケティングトレンドは、大穴狙いのマーケターを引き寄せる「寄せ餌」のようなものだ。彼らはメジャートレンドを熟知していると豪語するわりには無知で、楽をして進もうとばかり考えている。だからこそ、適材を雇うには時間と慎重さが要求される。一歩間違えば、すべてが台無しになってしまいかねない。
人材獲得にはハードルも
eスポーツ業界から人材を雇う場合でさえ、注意深さが要求される。業界内には、バズワードや虚偽の資格で履歴書を飾り立てる「eスポーツコンサルタント」がはびこっているからだ。幸いにも、ゲーム、eスポーツの世界は小さい。業界経験のある適材をひとり雇えば、コラボレーター間の信頼はぐんと高まる。
ゲーム、テック系のブティック型クリエイティブエージェンシー、ウィープレイ(WePlay)の創業者、マーゴット・ロッド氏は、次のように語る。「会社から会社へと人材は流れていくものだが、我々はこの業界のことを熟知している。専門用語にも精通している。だが、外部から入ってきた人物がこの世界のことを理解するのは難しいだろう」。
ニューヘイブン大学でeスポーツビジネスプログラムのエグゼクティブディレクターを務め、スポーツマネージメントを研究するアシスタントプロフェッサーのジェイソン・チュン氏は、次のように語る。「多くの広告主は、この瞬間をある世代から次の世代へというひとつの動きの単なる変化として捉え、実際に起こっていることが増えてきたときにアプローチを試みるようになるだろう。これは人々がメディアに対して持つ先入観の問題ではない。重要なのは、人々がいま経験している根本的変化に対する理解だ」。
[原文:‘No one’s going in blind’: Brands are bringing gaming and esports in-house]
ALEXANDER LEE and SEB JOSEPH(翻訳:ガリレオ、編集:分島 翔平)