ポップアップ店の形を通して、実店舗をもつことを試みる小売リテール店は、規模の大小を問わず増えてきた。こういった短期の店舗所有の狙いは、売上を上げることよりもブランドを体験してもらうことにシフトしている。いまやGoogleやサムスン(Samsung)のような巨大企業も採用するポップアップ店舗の魅力を探る。
円盤形のタンポン代替品を販売するオンライン小売店「ザ・フレックス・カンパニー(The Flex Comapny)」は、ニューヨークのソーホー地区ウースター通りに初のポップアップ店をオープンさせる。
ポップアップ店を訪れた客はフレックスのプロダクトを購入するだけでなく、生理用品の歴史についても学べる。この店舗を通して、「生理は女性の生活におけるごく正常な一部分である」「生理用品はドラッグストアの奥の方で隠れるように売られている必要はない」という考えを提唱していきたいと、共同創立者でありCEOのローレン・シュルト氏はいう。
フレックスのように、ポップアップ店の形を通して、実店舗をもつことを試みる小売リテール店は、規模の大小を問わず増えてきている。こういった短期の店舗所有の狙いは、売上を上げることよりもブランドを体験してもらうことにシフトしてきた。
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たとえば、アリアナ・ハフィントン氏のメディア「スライブ・グローバル(Thrive Global)」は、エージェンシーのザ・ライオネスク・グループ(The Lionesque Group)と協力し、ソーホー地区に6週間にわたってポップアップ店を運営した。これは昨年のホリデーシーズンだったが、そこでは「スライブ・グローバル」が医薬部外品の睡眠をサポートするプロダクト、そして高級な寝間着などが展開された。スタートアップだけではない。Googleやサムスン(Samsung)のような巨大企業たちもまた、ソーホーにポップアップ店を打ち出し、ガジェットを体験できる空間を提供した。ブリーチャー・リポート(Bleacher Report)のようなメディア企業ですら、ポップアップ店舗に手を出している。
ポップアップ店のメリット
ポップアップ店にはメリットも多い。長期の賃貸契約を結んだり、大きなクレジットラインに縛られる必要がない。それでいて消費者は、新しいプロダクトやサービスを直接体験することができる。これはオンラインでは達成できない。ポップアップ店は10年以上の歴史をもつリテール業界の手法だ。しかし近年では、ただ1回限りのプロダクトローンチイベントとしてではなく、ブランドのリテール戦略のコアな一部として進化していると語るのは、バーチボックス(Birchbox)のCOO(最高執行責任者)兼プレジデントのフィリップ・ピナテル氏だ。
「リテールにおける次の新境地だ、というわけではないが、新しいブランドにとって、特にeコマースの会社にとっては、顧客と接点をもち、トップ・オブ・ファネル・マーケティングを向上するオプションのひとつだ」。
ポップアップがリテールブランドにとってもつ意味も変わってきている。ポップアップが登場した当初は売上を目的としたものであったが、いまではブランドの物語を伝える場所、もしくはブランド体験を提供する場所になってきていると、取材に応じたエージェンシーやブランドのエグゼクティブたちは同意した。
アメリカにおいては、長期的な通常店舗を設置するにあたり用意できる面積が減ってきていることも、ポップアップ流行を後押ししていると、ピナテル氏は説明する。スタートアップにとってはアグレッシブに店舗を拡大するのに資本を投入する時期ではないのだ。
経営スタイルも多様化
どんな店舗を、どこに構えるか、という判断にまつわる状況は急激に変わってきている。この状況では、異なる種類の体験をテストしたり、長期的な店舗経営のような経営上のリスクにならない形でブランドを人目に触れさせるためには、ポップアップや短期の賃貸契約は非常に興味深い手法だ。
ポップアップ経営のコストは多種多様で、ザ・ライオネスク・グループのチーフポップアップ建築家であるメリッサ・ゴンザレス氏によると、ポップアップは1カ月に2~3万ドル(約200〜300万円)といった価格帯から、さらに高級志向なデザインやマーケティング手法のコストが増えると30万ドル(約3300万円)にまで上るという。ニューヨークにおけるポップアップ賃貸料は1平方フィートあたり200ドルから400ドル(約2~4万円)、時には600ドル(約6万円)にまで上ることがある。そして、スタッフの時給は1時間で30ドル程度(約3000円程度)だとゴンザレス氏は説明してくれた。
「どのような見た目を追求するかによってデザインは大きく変わる。1万ドル(約110万円)のデザイン予算だったときもあれば、ほかのブランドでは8~10万ドル(約880~1100万円)のデザイン予算だったこともある。使用するスペースがどういう状態なのか、ブランドがどれくらいユニークなデザインを求めているかも大きな要素だ。たとえば、配管工や電気技師が必要になると、さらにコストが膨らむ」と、ゴンザレス氏は付け加えた。
同氏によると、ポップアップ店舗の開店期間の平均が1~6カ月だったのに対して、今年は6カ月から1年に伸びたという。
門戸を開く不動産業界
コスト要因のほかには、不動産業界がポップアップをより受け入れるようになったことが増加の要因として挙げられる。大手リテールブランドが次々に店を閉めるなか、賃貸マーケットは不動産所有者にとって厳しい。今年の最初の3カ月でトレンディなソーホー地区ですらこれまでにない賃料の下落を経験している。去年との比較で12%減少し、平方フィートあたり488ドル(約5万5000円)となっている。これはマンハッタンにおけるリテール報告書2017年版(不動産会社クッシュマン&ウェイクフィールド)による。
ブランドに月ベースでスペースを貸し出し、店舗のセットアップを支援するバレティン(Bulletin)のような会社が現れてきたことでも、短期の賃貸が容易になっている。「2年前であれば、短期の商用契約を確保するプロセスが理由で、ポップアップ店舗を諦めていただろう」と、フレックスのシュルト氏はいう。「けれども、いまやオンデマンドのアプリ時代だ。ポップアップのためのリテールスペースも例外ではない。我々のソーホーのポップアップ店舗はバレティンとパートナーを組んだ」。
長期的な賃貸と比べると、ポップアップのコストは低いかもしれない、それでもコストがかかることに間違いはない。しかし、ブランドの多くはそのコストを売上に基づいたリターンでは考えていないようだ。
ブランド体験の場所として
「ポップアップ店はますます、ただ売るだけの場所ではなくなってきている。むしろブランド体験の場所となっている。売上を記録はするが、ポップアップはまた、メディア露出の大きな機会となっているのだ。たとえば、私たちのクライアントもポップアップでインフルエンサーを起用するケースが増えてきている。これはインスタグラムでのコンテンツを増やすためだ」と、エージェンシー、グレイ(Grey)のアクティベーション&PRグループのCEOクラウディア・ストラウス氏はいう。
ヘアカラーブランドのマディソン・リード(Madison Reed)の共同創立者であるサブリーナ・リドル氏もこれに同意するようだ。彼女の会社は最初のポップアップ店舗をニューヨークの忙しいフラットアイロン地区に試験オープンした。1月から6カ月の期間でのオープンだ。8月には恒久的な店舗を同じ地区にオープンする計画がある。
「私たちのポップアップ店舗では利益が出たけれど、もし利益が出なかったとしても満足していただろう。私たちにとって価値のある成果がほかにもあったからだ。メンバーシップの新規加入を得られたこと。これは将来の継続的な収益につながる。そして、ブランドのメディア露出、プロモーションなどの機会も得ることができた」と、リドル氏は語る。
タンポン代替品を販売するフレックスの例でいうと、ポップアップ店舗はむしろブランドの使命をもとに展開されたものであった。「私たちが身近に必要としていて毎月使うプロダクトなのに、それを持っているところを見られたら恥ずかしく思ってしまう、そんな気持ちが私たちには染み込んでいる。それは購入するシーンでも同じだ。人通りの多いソーホーに連なるリテイル店舗の目の前にポップアップ店舗をオープンすることで、そういった社会が植え付けているネガティブなイメージに真っ向から対抗したかった」と、CEOのシュルト氏はいう。
Yuyu Chen(原文/ 訳:塚本 紺)
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