ナイキ のテック企業買収、1兆円規模の DTC 事業 を後押し

ナイキ(Nike)がテック系スタートアップ2社を買収したのは1年前のことだった。そしていま、同社はそこから得た技術を活用することで会員数を伸ばし、パーソナライゼーションへの取り組みをさらに進めつつある。

ナイキは5月9日、コンピュータービジョンと機械学習を駆使して、顧客にぴったりのサイズのシューズをレコメンドするスキャン機能「Nike Fit」を発表した。この機能はナイキのモバイルアプリへ7月に追加されることになっており、アメリカ国内の一部の実店舗にも導入されることになっている。

顧客はまず、「Nike」アプリでほしいシューズを選ぶ。次にNike Fitを開き、スマホのカメラを使って自分の足をスキャンする。すると顧客は、そのシューズの自分に合ったサイズをレコメンドしてもらえるのだ。この情報は顧客の「Nike+」プロフィールに保存され、顧客がオンラインまたは実店舗でシューズを買う際にサイズのレコメンドに使われる。

DTC事業の「Nike Direct」

この機能は、ナイキが昨年4月に買収したインバーテックス(Invertex)の3Dスキャン技術を使って開発された。インバーテックスは、オートメーション技術によるコンシューマーデバイスやメディカルデバイスの開発を専門とする企業だ。

インバーテックスの開発チームは、Nike+メンバー(会員数:1億5000万人)向けのアプリ機能など、DTC(direct-to-consumer:直販)事業の拡大に取り組む「Nike Direct」のデジタルチーム内で活動している。同じく、ナイキが昨年3月に買収したデータアナリティクス企業、ゾディアック(Zodiac)もNike Directのデジタルチーム内で活動している。

これらの2社のNike Directへの統合が物語るのは、ブランドポジショニングや価格設定、顧客データなどに対する支配を強化すべく、ナイキがDTCの売上を伸ばし、卸売への依存を減らすことにプライオリティを置いているという事実だ。ナイキによれば、同社のDTC事業の売上は2020会計年度末までに160億ドル(約1兆7500億円)に達する見込みだという。ちなみに、Nike Directの2018会計年度の売上は104億ドル(約1兆1380億円)だった。

ナイキは、独自のテック機能を開発することにより、実店舗とサイトでのショッピングが顧客にとってより快適なものになると考えている。また、これによって顧客がデータを提供しやすくなるため、顧客体験のパーソナライゼーションも向上すると考えている。Nike Fitなどの実店舗とオンラインの顧客体験は、Nike+のメンバーシップと直接結びつく。ナイキの目的は、これらの機能を活用して会員数を伸ばすことだ。だからこそ、同社はこれをアシストしてくれるスタートアップの買収にプライオリティを置いているのだ。

スタートアップ買収の狙い

ナイキでデジタルプロダクトのグローバルヘッドを務めるマイケル・マーティン氏は、4月に行われたNike Fitのデモで「テストの初期段階におけるオーガニックデータから見る限り、Nike Fitは、これまでにナイキがメンバーに提供してきたなかで、もっとも強力な価値のひとつかもしれない」と述べた。またマーティン氏によれば、今年、3つの実店舗でNike Fitのテストを行っていた際に「それまでメンバーシップのことを聞いたことがなかった顧客からも、サイズに関する情報をどうやって保存するのか尋ねられた」という。

新しいテクノロジーがNike+の知名度をひたすら高めていく。マーティン氏はフォローアップのメールのなかで、スタートアップの買収を検討する際にナイキが求めるのは、特定の問題に対する解決能力を高めてくれる「開発チームと技術」だ、と述べている。同氏によれば、なかでもインバーテックスは「すでにナイキがテストやイテレーションを実施しているサービスを補完してくれるコンピュータービジョンや機械学習、AIなどの領域における能力を有している」という。

インバーテックスとゾディアックの買収に先立ち、ナイキは2016年にヴァージン・メガ(Virgin Mega)も買収している。ヴァージン・メガはリチャード・ブランソン氏のヴァージン・グループ傘下でモバイルショッピング機能の開発を手がけるテック系スタートアップで、同時期にアプリのデザイン変更を行なっていたナイキに買収された。

顧客体験をよくするために

ここ最近で、ナイキ以外でもっとも「買収好き」のスポーツ用品メーカーといえば、アンダーアーマー(Under Armour)だろう。同社は2013~15年に7億1000万ドル(約777億円)を投じて、「MapMyFitness」や「MyFitnessPal」「Endomodo」などのフィットネス用コネクテッドアプリを次々に買収した。これらの買収がことごとく功を奏する形で、アンダーアーマーは新規顧客へのリーチに成功した。MapMyFtinessには、2013年の買収の時点で約2000万人の登録ユーザーがいた。MyFitness PalとEndomodoにも、2015年の買収の時点でそれぞれ約8000万人と2000万人の登録ユーザーがいた。

ピュブリシス(Publicis)の最高商業戦略責任者、ジェイソン・ゴールドバーグ氏は「一連の買収を通じてナイキが獲得したのは顧客ではなく、顧客体験をさらによくするための能力だ」と述べる。

インバーテックスが有するコンピュータービジョンやAIなどの能力は、Nike Fit以外への活用も可能だ。だがマーティン氏は、「ごく限られた問題の解決」へのフォーカスを除く、その他の使い道については発言を避けた。

Nike Fitの展開について、マーティン氏は「ナイキが下した戦略的選択は『まずひとつの問題を解決してから次の問題に移ることにフォーカスする』だ。『フォーカスを弱めて、すべての問題を同じレベルで解決する』ではない」と述べた。

ゾディアック買収の意味

Nike Fitは、DTCにつきものの、ロジスティクスに関する頭痛の種を部分的に解消する役に立つ可能性も秘めている。マーティン氏によれば、Nike Fitは顧客の足のサイズを従来のフットサイズ計測器であるブランノックデバイスよりも正確に測れるため、返品率の低下が期待されているという。またこの新機能により、どのサイズやシューズ、スタイルに人気が集まっているのかに関するデータもより多く入手できるようになるため、在庫管理も改善されるはずだという。

ゾディアックについては、ナイキは昨年の買収以来、同社の技術をどのように活用しているのかを公にしていない。が、そのコアサービスはメンバーシッププログラムに容易に結びつけることができる。ゾディアックが開発するのは、ひとりの顧客の平均的な生涯価値をより正確に予測できるとされる「プレディクティブモデル」なのだ。

「ゾディアックが得意とするのは、自社に対して各顧客が持つ本当の価値を、企業が理解できるようにサポートすることだ。これによって企業は、各顧客にいくら投資すべきなのかについて、より的確な判断を下せるようになるのだ」とゴールドバーグ氏はいう。

ECの購買行動を変える

つまるところインバーテックスとゾディアックの価値は、Nike Direct構想、つまり顧客と1対1の関係を築くという最終目標をナイキが達成する後押しを、彼らができるかどうかによって決まる。最終目標はNike Fitによってシューズのサイズ選びをなくすことだ、とマーティン氏は語る。

「シューズをオンラインで買うときに、数字や性別ではなく、名前を入力すればいいようにする。それが我々の目標だ」。

Anna Hensel (原文 / 訳:ガリレオ)