ブランドによるマーケティングのインハウス化は、この1年で大きな動きになっている。しかし、インハウス化すべきかどうかの判断は簡単ではなく、実際には見かけより困難なことがある。本記事では、インハウス化のメリットとデメリットを紹介していく。
ブランドによるマーケティングのインハウス化は、この1年で大きな動きになっている。スピード、効率性、そして全般的なコントロール強化をマーケターが必要としているなら、社内にマーケティング機能を構築し、エージェンシーによるサービスの全体または一部をそれで置き換える試みが盛んに公表されている。しかし、インハウス化すべきかどうかの判断は簡単ではなく、実際には見かけより困難なことがある。
2018年は、ANA(Association of National Advertisers:全米広告主協会)の調査対象マーケターの78%が社内にインハウスエージェンシーがあると答えた(2013年は58%)。
ナショナルホッケーリーグ(NHL)のCMOであるハイディ・ブラウニング氏は、NHLがクリエイティブとメディア事業をインハウス化した判断について、「当時、クリエイティブ(のプロセス)、パフォーマンス、およびオーディエンスに対して機動力、コントロール、および見通しを確保することによる利点が、エージェンシーに依頼することによるメリットを上回った」と語った。
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大手によるマーケティングのインハウス化は、NHLだけではない。DIGIDAYがこれまで報じてきたように、ゲッティ・イメージズ(Getty Images)、エレクトロラックス(Electrolux)、バイエル(Bayer)も、各種マーケティング機能をインハウス化している。5月には、ビール大手のアンハイザー・ブッシュ(Anheuser-Busch)も、エージェンシーのパートナー陣と共同で作業するドラフトライン(DraftLine)という社内チームを設立したことを明らかにした。
マーケティングのインハウス化といっても幅があり、たとえばプログラマティックについては、バナー広告やソーシャルコンテンツよりもインハウス化がはるかに複雑だ。 ボーダフォン(Vodafone)のように、メディア管理の複雑さがわかってインハウス化を完全に撤回したところもある。
2018年12月には、マーケティング戦略を変更したインテル(Intel)が、社内エージェンシーであるエージェンシー・インサイド(Agency Inside)をクローズした。当時エージェンシー・インサイドを運営していた、現在、インテルのVPでグローバルクリエイティブディレクターを務めているテレサ・ハード氏は以前、DIGIDAYに話をしてくれた。「我々はROIもKPIもすべて達成していた」とハード氏。「いまインテルは変化しているところで、BtoBのオーディエンスへの集中を必要としている。我々はすばらしい仕事をたくさんこなし、私は会社のために立派な機能を構築した。必要なのは会社が必要としているものを提供することであり、それが変われば、変化が必要になる」と、同氏は語った。
インハウス化するか、エージェンシーを続けるか、内外のエージェンシーを併用するかの選択は、もちろん、ブランドによるし、必要なマーケティングによって違ってくる。DIGIDAYの知見からも、判断は複雑であり、さまざまな問題をはらんでいることがある。
以下、インハウス化のメリットとデメリットを紹介していく。
メリット:スピードアップと効率化
インハウスのチームのほうが迅速かつ効率的に仕事ができる。これは驚くような話ではない。同じ建物に人がいれば、アイデアの早急な実行が簡単になるのは確かだ。
即時対応のマーケティングをブランドが構築したいのなら、消費者が話題にしているうちに制作して展開できる人間が社内にいることが重要だ。デジタルエージェンシーのヒュージ(Huge)で成長担当のマネージングディレクターを務めるマット・ワイス氏は、「ソーシャルが、それもソーシャルのスピードが問題なら、上にあげてエージェンシーとのあいだの引き継ぎでぐずぐずしている時間がないのは確かだ」と語る。「リアルタイムで反応する必要があるコミュニティー管理のようなものは特にそうなる」。
アンハイザー・ブッシュの関係者によると、ドラフトラインはこのケースだった。世に発信する仕事の量は増えたと、この関係者は語った。
フルサービスのエージェンシーであるOHパートナーズ(OH Partners)の共同創業者でマネージングパートナーのスコット・ハーキー氏は、「大きなブランドは、スピードとコントロールの両面から、機能が社内にある必要がある」と語った。
デメリット:ひとつのブランドの仕事をずっとやりたい人材がいない
エージェンシーのクリエイティブ担当者にとって、クライアントによって仕事が変わるのは魅力的なことであり、エージェンシーに勤める喜びのようなところがある。エージェンシーの情報筋によると、インハウスで明けても暮れても同じクライアントの作品をつくっていると、苦痛になるおそれがある。インハウスエージェンシーはなぜ続かないのかという問いに対する、よくある反論だ。
「クリエイティブの人々は変化が生きがいなのだ」と、ワイス氏はいう。「同じブランドばかりだと創造性が制限される」。
クリエイティブの人々を喜ばせるだけの問題ではない。退屈からクリエイティブ担当者がやめてしまえば、ブランドの金銭的な負担になるおそれがある。クリエイティブエージェンシーのマッドウェル(Madwell)の共同創業者でCEOのデイビッド・アイゼンマン氏は、「適切な人材を集めて業界の変化についていくこと、それ自体がコスト要因なのだ」と語った。
メリット:コスト削減が可能
NHLのブラウニング氏は、エージェンシーに手数料を払う代わりに、社内のマーケターがエージェンシーの機能を担えば、その資金をブランドのマーケティングに回せると語った。予算と料金はブランドやエージェンシーによって異なるが、マーケター側は、コストについては、金額あたりの働きなら上回れると語る。
「予算でより多くのものが得られている」と、ブラウニング氏はいう。
ゲッティ・イメージズのCMO、ジーン・フォカ氏も、マーケティングをインハウス化した理由について答えたメールで、同様の感想を述べている。「得られる仕事の質と量が、その金額で社内で行った場合に及ばないことがわかったのだ」。
倹約からインハウス化が選択される場合もある。インテルのハード氏は以前、米DIGIDAYに、「予算がひっ迫している」と語った。
エージェンシーの情報筋は、こうしたコスト削減のピッチに懐疑的だ。マーケターだとエージェンシーの専門知識が失われているおそれがあるというのだ。
「メディアエージェンシーのインハウス化は、根本的にはコスト削減の要求からきている」と、マッドウェルのアイゼンマン氏は語る。「しかし、インハウス化している会社には、それぞれ特性や専門分野があるが、それはメディアではないというのが現実だ」。
デメリット:メディアの購入はとても時間がかかる
ブラウニング氏とNHLには、複雑になるほど時間がかかるという認識がある。エージェンシーはインハウスのチームが対処する場合よりも多くの人員をメディア業務にあてていることが多いし、価格決定モデルと広告セットに関する知見で上回っている。
ただ、メディア購入のインハウス化により、メディアにかかる時間が増えても、マーケティングにかかる費用は大幅に節約できているところもある。たとえばバイエルは、プログラマティックのインハウス化で1000万ドル(約11億円)を節約した。
メリット:コントロールと、ブランドへの深い理解
繰り返し耳にする主張に、マーケターはクリエイティブのコントロールを強化するためにインハウス化を進めているというものがある。インハウス化によって制作を迅速化できるだけでなく、何が効いているのかをテストできるようになるのだ。また、ブラウニング氏によると、インハウス化が問題の回避に役立つ場合もある。広告キャンペーンに参加しているプレイヤーが試合中にけがをした場合、NHLではエージェンシーを通す必要があるときよりも大幅に迅速に、その広告の流通を止められるのだと、同氏は語る。
また、OHパートナーズのハーキー氏は、「ブランドを核心まで理解している人たちがいることは重要だ」と語り、インハウスはブランドに関する知識が深いと指摘する。「インハウスはこれができており、表現とトーンの両面でブランドの一貫性が高まる」。
デメリット:分析的な知見はエージェンシーのほうが豊富
しかし、コントロールが高まっても、エージェンシーがほかのブランドからもたらす知見をマーケターは逃すことになるおそれがある。何が機能したのかをインハウスのチームを通じてしか見られないと、エージェンシーと仕事をすることで得ている知見は利用できない。
「エージェンシーは、あらゆる種類のキャンペーンを管理しているため、パフォーマンスに関する知見が広い」とブラウニング氏。「さまざまな数多くの広告や広告カテゴリーに取り組んできており、そんなエージェンシーがほかのカテゴリー、パフォーマンス、戦略などから収集している知識の恩恵はなくなった」と、同氏は語る。
また、ひとつのブランドにだけ取り組み、その知見だけを使っていると、マーケティングに関して近視眼的になってしまうおそれがある。そうならないようにできるかどうかは、舵取り役次第というところがあり、インハウスチームだけでなくそうした人物が知見のために何がベストなのかという活発な議論が続くようにする必要があると、ヒュージのワイス氏は述べた。
「必要なことをエージェンシーにきちんとやってもらうというだけなら、それはよくない」とハード氏。「批判的な距離が少しは必要だ。(インハウス化の)理由は正しいものばかりではないかもしれないが、振り子がいまそちらに揺れているのははっきりしている。欲しいものがエージェンシーから手に入らなくなったら、良くも悪くも、構築方法から解明していくことになる」と、同氏は語った。
Kristina Monllos (原文 / 訳:ガリレオ)