ビジネスシーンにおけるテクノロジー活用が増加するのに伴い、HRのような、従業員を管理する立場である部署の役割が変化しつつある。彼らの仕事はかつて、テクノロジーの導入やそれを活用するための環境整備がメインだった。しかし昨今、それは従業員のエクスペリエンスをいかに向上するかにシフトしつつあるという。
オフィススペースの価値は刻一刻と下がり続けている。しかし、事業用不動産を仲介するスクエアフット(SquareFoot)はここ数カ月、ニューヨーク市内のオフィスに従業員を戻すため、試験的な対策を試みている。
スクエアフットの従業員は60人だが、ソーシャルディスタンスを確保する必要上、現在マンハッタンのオフィスで、安全に仕事ができる人数は27人程度に限られる。そのため同社は、ロックダウンが発令されてからの数カ月で、どの従業員を優先的にオフィススペースに戻すべきかを決めるシステムを構築した。
システムの大まかな内容はこうだ。まず、オフィスでのみ使用できるソフトウェアや、ネット接続できるホワイトボードなど、オフィスの施設や備品を4つのカテゴリーに分類する。そして、従業員たちは各自のミッションに照らして、これら施設や備品の重要性を5段階で評価する。なお、評価を行う際には、各職種ごとに細かな事情も考慮された。というのも、普段は顧客の内見に同行する外回りの営業要員でも、日によってはデスクワークの多いプロダクトデザイナーよりも、オフィスで仕事をする必要性に迫られる可能性があるからだ。
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「人間の判断によらないところが、このシステムの長所だ。いまでは誰もがシステムの判断に従っている。議論が発生することはほとんどない」。こう語るのは、スクエアフットのプレジデント、マイケル・コラチーノ氏だ。同氏はこのシステムを、実証実験を行った後に商材として販売する予定だという。いまのところ世間では、オフィスに戻るというニーズはそこまで高まっていない。しかし多くの企業経営者は、この半年で、密に連携するチームメンバー同士の繋がりは深まった反面、チームを跨いだ人間関係は希薄化していることに気付いている。
精神面のサポートでは、人間よりボットに軍配
コロナ禍によって、社内コミュニケーションのオンライン化が余儀なくされ、多くの企業においてテクノロジーの活用が加速している。現に、オラクル(Oracle)とHR専門の調査企業、ワークプレイスインテリジェンス(Workplace Intelligence)が、全世界の勤労者1万2000人を対象に実施した調査では、「コロナ禍によって、人工知能(AI)ツールに対する企業の投資意欲は高まったか」という問いに対して、回答者の66%が「大いに高まった」と答えている。また、リモートやバーチャルに移行する企業の増加に伴い、社内コミュニケーションを支援するソフトウェアの活用は、あらゆる場面で拡大している。たとえば、社内コミュニケーションプラットフォームのワークビボ(Workvivo)は、在宅勤務者を管理したい企業が増えた結果、今年3月以来、200%の成長を遂げている。
スクエアフットのコラチーノ氏が指摘するように、テクノロジーと人間の判断は必ずしも一致しない。しかしそこには、思わぬ効果やメリットがあるようだ。前述のオラクルとワークプレイスインテリジェンスによる共同調査では、回答者の82%が「心のケアでは、ロボットが人間に勝る」、68%が「仕事のストレスと不安については、上司よりロボットの方が話しやすい」と答えている。
パンデミックがはじまってから、健康危機や社会不安、精神的な負担増などが積み重なり、企業のサポートに対する従業員たちの期待は膨らむばかりだ。この数カ月で、従業員のメンタルヘルスは、企業にとっての最優先課題として急浮上している。前出の調査によると、回答者の51%は「所属企業がメンタルヘルスのサポートを開始している」と答える一方、76%は「所属企業の取り組みは不十分だ」と感じているようだ。こうしたギャップを埋めるために、テクノロジーはいま期待されている。
グランドビューリサーチ(Grand View Research)が、コロナ禍以前の2020年2月に出した報告書によると、法人向けのウェルネス市場は、2027年までに974億ドル(約10兆円)規模に成長すると見込まれている。ワークプレイスインテリジェンスのマネージングパートナーで、数多くのHR関連の展示会にも参加してきたダン・シュワベル氏も、法人向けに従業員の健康支援を行う、サードパーティテクノロジーベンダーが急増していると述べている。
「メンタルヘルスは、現代社会における最大のテーマだ。コロナ禍の影響でそれは深刻化し、注目度が一層高まった」とシュワベル氏は語る。「職場には必ず、テクノロジーと人間が存在する。肝心なのは、それぞれの役割を定義して、人とテクノロジーが相互に補完しあう道を模索することだ。メンタルヘルスという観点からいえば、決めつけをせず、先入観なく悩み事を共有し、年中無休で健康問題に対応できるという点において、ロボットは人より優れている。反対に、同僚との人間関係や共感に関しては、人に軍配が上がる」。
HRとテクノロジーの邂逅
ウェルネス関連のテクノロジーに限らず、ビジネスシーンにおけるテクノロジー活用が増加するのに伴い、HRのような従業員を管理する部署の役割も変化しつつある。
「従業員のカルチャーやエンゲージメントの形成に、社内のテクノロジースタックを活用しつつ、それらを主導するCIO(最高情報責任者)やCTO(最高技術責任者)が増えている。彼らの仕事はかつて、テクノロジーの導入やそれを活用するための環境整備がメインだった。しかし昨今、それはテクノロジーを使う従業員のエクスペリエンスをいかに向上するかにシフトしつつある」。そう語るのは、ワークビボ(Workvivo)の共同設立者、ジョー・レノン氏だ。同氏によると、このような傾向はコロナ禍以前から見られたという。なお、この変化の牽引役は米国の大手テクノロジー企業たちだという。
「テクノロジーで文化を創造するのは容易でない」とレノン氏は指摘する。「問題は、テクノロジーの主眼は業務自体に関わるニーズを満たすことにあり、必ずしも人間の心理的なニーズや、広く企業全体のニーズを満たすものとは限らないという点だ」。多くの経営者が気付きつつあるように、企業はリモートで勤務する従業員に、過度な負担をかけることなく、企業への信頼や仕事へのやりがいを維持させなければならない。これが実現できなければ、意欲の喪失や離職を招く。
HRの本来の役割
数百万という勤労者が働き方の変革を迫られ、社内コミュニケーション技術がほとんど強制的に進化させられた結果、新しい需要、新しいスキル、新しい役割が生まれている。
「HRの管理業務の大半は、あと数年以内でかなり自動化が進むだろう」と、シュワベル氏は予測する。「コロナ禍が加速させて、現在起きているワークスタイルの変化の数々は、以前から想定されたものではあった。しかし、自動化をはじめとしたそうした変化の影響は、せいぜい現場の作業レベルに止まる」。
むしろ、HRの本来の役割は、従業員を単なる数字や労働者として扱うことから、彼ら彼女らの人生や個性、在宅環境、個人的な事情をも含むものへと拡大するだろう。こうした分野における、テクノロジーと人間の連携は今後注目に値する。
「『HR』という言葉はそろそろ止めにして、もっと相応しい名前に移行すべきだ」。ワークビボのレノン氏はそう述べて、「ピープルオペレーション(people operations)」「従業員エクスペリエンス(employee experience)」「従業員サクセス(employee success)」、役職名であれば「チーフエクスペリエンスオフィサー(chief experience officer)」などの例を挙げる。「肩書きを変えるだけでも、多くの職場に強力なメッセージを送ることになるだろう」。
LUCINDA SOUTHERN(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)