今、D2C業界で話題になのが「SPAC」だ。日本では「特別買収目的会社」とも呼ばれる。それによって、スタートアップは従来のIPOとは異なる方法で株式公開が可能となる。SPACは個人のグループが資金を集め、株式公開を目指す企業を買収するシステムだ。最近では遠隔医療のヒムス(Hims)がこれでの上場を果たしている。
今、D2C業界で話題になっているのが「SPAC」だ。日本では「特別買収目的会社」とも呼ばれる。
SPACによって、スタートアップは従来のIPOとは異なる方法で株式公開が可能となる。SPACは個人のグループが資金を集め、株式公開を目指す企業を買収するシステムだ。D2Cのなかでも少なくとも遠隔医療のヒムス(Hims)がSPACでの上場を果たしている。同社は10月上旬にSPACとの統合による上場を発表。ヒムスの時価総額は16億ドル(約1670億円)となり、2億8000万ドル(約290億円)の資金が提供されることになる。
投資家からは、SPACはスタートアップのイグジットの方法のひとつであり、IPOを完全に置き換えるものではないと考えられている。だがこれまでとは異なるD2Cスタートアップのイグジット方法は、上場が比較的少なかったD2C業界に好意的に受け止められる可能性もある。基本的にD2Cスタートアップとは、オンラインビジネスでスタートし、自社店舗やウェブサイトのみで製品を販売する企業を指す。そんなD2C業界でもキャスパー(Casper)やペロトン(Peloton)、イエティ・クーラーズ(Yeti Coolers)、パープル(Purple)など、上場企業が少しずつ増えつつある。
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アクセラレーター兼ベンチャーキャピタルのブリッシュ(Bullish)でマネージングパートナーを務めるマイク・ドゥーダ氏は「間違いなく、今後4から6週間のうちにSPACを使うD2Cが発表されるだろう。SPACは一時的な流行ではないのではないか」と語る。
SPACの台頭には理由がある。低金利の今、資本を投入したいと考える資本家は多く、SPACはそういったなかで資本が集まりやすいのだ。
SPACの歴史
SPACは1980年代から存在していた。ここ数年でSPACで上場したなかで特に有名なのがドラフト・キングズ(Draft Kings)やバージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)だろう。ところが、SPACは今年大きく伸びている。SPACインサイダー(SPACInsider)によると、今年10月第4週の時点で143社がSPACによる上場を果たしている。2016年には13社だったことを考えるとその勢いがわかるだろう。
SPACは、上場の新たな手段を模索していたシリコンバレーなどのベンチャーキャピタルが支援するスタートアップのあいだで人気が高い。たとえばベンチャーキャピタルのベンチマーク(Benchmark)のゼネラルパートナー、ビル・ガーリー氏は、最近のブログ記事でSPACの価値を解説し、より多くの企業が直接上場を検討すべきだと説いている。
従来のIPOは、スタートアップにとって容易ではなかった。まずゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)やJPモルガン(JP Morgan)といった金融機関にIPOの引受を依頼する必要がある。そして次に、上場前に投資家へ売り込む。
SPACで上場したヒムズ(Hims)のCEO、アンドリュー・ダダム氏は「優れた機関投資家と協力しての上場は、ヒムズ(Hims)やハーズ(Hers)の背景に沿ったものであり、解決に向けて取り組んできた問題について、効率的かつ合理的に多くの人に伝えられるようになる」と語る。同社の上場パートナーは投資マネジメント企業のオークツリー・キャピタル・マネジメント(Oaktree Capital Management)だ。
SPACは、個人投資家達からの資金調達を行い、買収合併を通じた株式公開を狙う。このプロセスは2年ほどかかるのが一般的だ。米証券取引委員会への申請書を見ると、SPACの個人投資家たちがターゲットにする企業、資金調達の金額、そして買収合併を行った企業を誰が率いるのかといった情報がわかる。最近ではキャスパー(Casper)のCEOフィリップ・クリム氏、バーシティ・ブランズ(Varsity Brands)の元CEOマシュー・ルーベル氏、コスモポリタン(Cosmopolitan)の元編集長ジョアンナ・コールズ氏らがSPACを結成している。
SPACのターゲット
SPACは、買収企業の特定前に投資家から資金を調達する。投資家は基本的にSPACを率いるグループが良い企業を見つけられるかを見極め、任せることになる。個人投資家は、買収の提案に投票する際に、SPACの証券代行会社への株式を売却や償還する権利も有する。ドゥーダ氏は「ギャンブル好きの人を除けば、これだけ多くの人がSPACに投資する理由がわからない」と語る。
一方、ベンチャーキャピタルの支援を受け、IPOの代替となる方法を探すスタートアップが多いなか、イグジットを狙う力のある企業への投資は価値があると考える投資家もいる。SPACに投資すればこういったスタートアップのイグジットの恩恵を受けられるためだ。
実際、ドゥーダ氏もまたSPACへの参加を2回打診されたことがある。「貴方が投資した企業が、SPACを使った株式公開を検討している」という誘い文句だったという。ブリッシュはいまだSPACに参加したことはない。同氏は「当社のコアビジネスではない。我々が狙うのはもっとはやい段階の企業だ」と語る。
今後は、ベンチャーキャピタルが支援する消費者向けスタートアップが、ポートフォリオ企業の上場を目指して、独自にSPACを立ち上げるという新たなトレンドが生まれる可能性もある。アクシオス(Axios)が報じたとおり、ファーストマーク・キャピタル(FirstMark Capital)も最近SPACによる資金調達を行った。
D2C業界においては、資金調達の過程ではソフトウェア企業よりも高い収益倍率と評価されたにもかかわらず、上場後にはそれにほど遠い結果に終わるというケースもある。たとえばキャスパー(Casper)は11億ドル(約1150億円)と評価されたにも関わらず、上場後の時価総額は5億7500万ドル(約600億円)となっている。
SPACが買収を狙う企業の種類は、資金調達額によっても変わってくる。ドゥーダ氏は、より小規模のスタートアップは、通常のIPOよりもSPACによる上場を狙うだろうと予測しており、「収益が1億ドル(約105億円)未満の企業、時価総額にして2億から3億ドル(約210億円から315億円)が多いのではないか」と語る。一方、IPOにせよ直接上場、SPACにせよ、D2Cにとって変わらない問題がある。上場すれば収益を増やし、利益確保へのプレッシャーがはるかに大きくなるという点だ。
一部D2C企業がIPO後に失望を引き起こしたことも躊躇させる原因となっている。D2Cの上場企業が減れば、D2CのIPOで大きく儲け、スタートアップに再投資できる投資家も減ることになる。ECのニュースレター企業である2 pmの創業者ウェブ・スミス氏は「流動性が欠如すれば、若い創業者に還元できる投資家も減っていく。成功した創業者が減れば、ほかの創業者への還元も減る」と語る。
スミス氏は、すでに近いうちの上場が噂されており、資金力のあるD2CがSPACで上場するだろうと語る。たとえばハリーズ(Harry’s)やアウェイ(Away)、グロッシアー(Glossier)、ワービー・パーカー(Warby Parker)などがこれにあたる。同氏は2 pmで、「中小企業ブランドがSPACで上場し、新たなD2Cの持株会社を形成するケースもでてくるのではないか」と述べている。
ドゥーダ氏は次のように語る。「SPACによってIPOが終わるわけではない。直接上場が終わるわけでもない。あくまで代替手段なのだ」。
[原文:‘More than a moment’ SPACs give DTC startups a potential new exit strategy]
ANNA HENSEL(翻訳:SI Japan、編集:長田真)