これまでも、長期的に有望な収益源として、スタートアップ企業のあいだではサブスクリプション制のフィットネスサービスが広まっていた。そんななか、Appleという巨大IT企業の参入によって、この気運はさらに高まりつつあり、そうしたトレンドを示すニュースも増えている。
小売企業とIT企業が、サブスクリプション制のフィットネス分野でいま、激しくしのぎを削っている。
Appleは、2020年9月15日に行われた同社の製品イベントで、Apple Watchユーザー向けの新サービス、フィットネス+(Fitness+)のローンチを発表した。同サービスの価格は、月額9.99ドル(約1050円)、または年額79.99ドル(約8400円)。サブスクライバーは、さまざまなトレーニングプログラムの動画を、Apple WatchをはじめほかのAppleデバイスでの視聴できる。
これまでも、長期的に有望な収益源として、スタートアップ企業のあいだではサブスクリプション制のフィットネスサービスが広まっていた。そんななか、Appleという巨大IT企業の参入によって、この気運はさらに高まりつつあり、そうしたトレンドを示すニュースも増えている。たとえばペロトン(Peloton)は、第2四半期の収益が前年同期比で172%増と、天文学的な成長を見せた。一方、ルルレモン(Lululemon)は7月にコネクテッドフィットネスのスタートアップ、ミラー(Mirror)を5億ドル(約525億円)で買収。ミラーは、1495ドル(約16万円)のスマートスクリーンを販売しており、ユーザーは月額39ドル(約4100円)の追加費用を支払うことで、さまざまなトレーニング動画を視聴できる。
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実店舗の客足が戻らないいま、小売企業にとって新たに安定した収益源を創出することが急務となっている。サブスクリプション制のフィットネスサービスが注目を集めているのはそのためだ。トレーニング動画や、高価な器具をサブスクリプションで販売することで、顧客との日常的な繋がりを醸成。さらに、トレーニングウェアやパーソナルなトレーニングメニューを販売することで、熱心な顧客からさらなる収益を得るチャンスもある。しかし、Appleが参入を決めたことにより、業界内の競争は一層激しさを増している。
そんななか明るい材料となっているのは、この分野自体の成長性だろう。コロナ禍が続くなか、スポーツクラブではなく、自宅で運動する人は増え続けている。実際、NPDグループ(NPD Group)は3月の時点で、フィットネス器具の売上が前年比で130%増加したと報告している。また、パンデミック下でも驚異的な成長を遂げたペロトンは、同社が展開するような高価な商品販売事業でも、大幅な成長が可能だという実例として、認知されている。
eマーケター(eMarketer)の主席アナリスト、アンドリュー・リップスマン氏は「オンラインのヘルス&フィットネス分野は、小売やコマース業界にとって、『次なる巨大市場』だ。これは決して誇張しているわけではない」と語る。
主要なプレイヤー
現在、サブスクリプション制のフィットネス分野では、小売企業やコネクテッドフィットネスのスタートアップ、IT系の上場企業がひしめいているが、参入の動機はそれぞれ異なる。
ピュブリシスグループ(Publicis Groupe)の最高コマース戦略責任者、ジェイソン・ゴールドバーグ氏は「ヘルスカテゴリーは現在、消費者から非常に多くの支出を望める分野だ。アパレルなどに使われるはずだった支出が同市場に流入し、市場はますます拡大している」と分析する。
小売企業のなかでも、特にサブスクリプション制のフィットネスサービスに、重点的な投資を実施しているのがルルレモンとナイキ(Nike)だ。ルルレモンのカルバン・マクドナルドCEOは、9月初旬に行われた第2四半期の決算発表で、今年はミラーが1億5000万ドル(約160億円)を超える収益をもたらすと予測している。ルルレモンは年末までに、10から15店舗でミラーの商品販売を開始予定だ。一方ナイキは、D2C事業に力を入れるなか、アプリのダウンロード数を増やすことを目的に、Nike Run Club(ナイキ・ラン・クラブ)やNike Train Club(ナイキ・トレイン・クラブ)といった、フィットネスに特化したプログラムを展開している。
ナイキは、6月に行われた第4四半期の業績報告のなかで、上記ふたつのプログラムで実施されたトレーニング回数は、合計1800万回を超えたと報告。また、同社のショッピングアプリNike+(ナイキ・プラス)の利用者数は1億人を超えているという。
ミラーの成功がある程度実証したように、ルルレモンやナイキといった小売企業にとって、サブスクリプション制のフィットネスサービスは、数億ドル(数百億円)規模とまではいかずとも、数千万ドル(数十億円)規模の経常的な収益源になり得るのだ。最終的に十分な加入者が得られれば、コネクテッドなフィットネス商品で広告を販売し、新たな収益源を追加することも考えられる。また、顧客が実施しているトレーニングの種類といったデータも、今後の商品開発に活用できる。
ペロトンやトーナル(Tonal)など、コネクテッドフィットネスのスタートアップが躍進する背景には、スポーツクラブではなく、自宅における運動の需要が増加したことが挙げられる。また、ソウルサイクル(SoulCycle)など、フィットネススタジオのあいだでも、独自の在宅ワークアウト機器の販売が増えている。ボウフレックス(Bowflex)といった従来のフィットネス器具の販売企業と、上記のようなコネクテッドフィットネスのスタートアップの大きな違いは、後者は顧客がトレーニングの様子を生配信したり、トレーニング結果の順位を確認できたり、ほかのユーザーと繋がれる、よりソーシャルな要素を持っている点だ。また、昔からのフィットネス企業にも、ペロトンらの成功に続く企業が見られる。たとえば、ノルディックトラック(NordicTrack)は、iFit(アイ・フィット)というハードウェアとソフトウェアを組み合わせたサービスや、フィットネスバイクにトレーニングを生配信する機能を追加している。
「リピートに繋がる体験を生み出すには、ハードウェアが重要だ。だが同時に、魅力的で中毒性のあるコンテンツも欠かせない」とゴールドバーグ氏は語る。
一方、PCやスマホといったハードウェアを販売するAppleは、新たな収益源を生み出すためにコンテンツを販売し、ハードウェアユーザーの囲い込みを図る動きを活性化させている。それは、フィットネス+が、現時点ではApple Watchにのみ対応していることからも見て取れる。
今後の可能性
サブスクリプション制フィットネスサービスで成功するには、コンテンツとハードウェアの組み合わせが重要になりそうだ。そんななか、Appleのような強大ハードウェア企業の参入は、フィットネスのハードウェアに対するユーザーの期待値を押し上げることになるだろう。
また、コンテンツで成功を納めるには、サブスクライバーとブランドの親和性や、インストラクター、トレーニングの質が重要になると考えられる。Appleは、フィットネス+のローンチ時、「有名で、情熱的かつ専門知識が豊富な、カリスマトレーナーのチームを編成する」と発表している。
「Appleのリソースは非常に豊富であり、求めるタレントのために多額の投資を行うことが可能だ。競合他社にとっては容易ではない」とリップスマン氏は語る。「もしAppleが、フィットネス動画の制作のために、インフルエンサーと契約しても驚かない」。
さらに、フィットネスサービスの加入者数も、収益化の鍵を握るだろう。たとえば、サブスクリプション制のフィットネスサービスで、広告販売を試みる企業の場合、アプリのアクティブユーザーが多ければ、広告料金も高く設定し易い。Appleは2017年だけで、推定3070万個のApple Watchを販売し、ナイキは数千万人のアプリユーザーを抱えている。この2社のリードは大きい。一方、ペロトンの最新の業績発表によれば、同社の会員数は310万人となっている。
さらに、Appleの参入によって、今後数年のあいだにサブスクリプション制のフィットネスサービス業界は、既存の大手企業たちの寡占状態になる可能性もある。
「ナイキであれば、Appleに対して『ナイキも同じくらいのブランド力があり、カスタマー獲得で争える』と考えられるかもしれない」とゴールドバーグ氏は語る。しかし、小規模な企業の場合、「顧客に(Appleと)同等の訴求力を発揮するのは容易ではない」。
[原文:‘Mega-category’ Why subscription fitness is the next battleground retailers and tech companies]
ANNA HENSEL(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)