AI(人工知能)を用いたさまざまなツールが、実際の市場で活躍の場を見いだされつつある。マルチタスクを高速で処理したり、大量のデータから有用な知見を掘り起こしたり、さらには広告の制作や配信まで、AIの導入が広がっているという。
多くのマーケターやエージェンシーが、広告効果の向上について話をする際、やたらと「人工知能」や「機械学習」という言葉を口にする。しかしほとんどの場合、その大げさな語り口に、真実味は感じられない。
しかしそんな状況も変わりつつある。というのも、AI(人工知能)を用いたさまざまなツールが、実際の市場で活躍の場を見いだされつつあるからだ。マルチタスクを高速で処理したり、大量のデータから有用な知見を掘り起こしたり、さらには広告の制作や配信まで、AIの導入が広がっている。
クリエイティブ領域での活用
オムニチャネル対応のアドエクスチェンジを運営するシェアスルー(Sharethrough)で、最高テクノロジー責任者(CTO)を務めるロブ・ファン氏の説明によると、ひとつの広告クリエイティブから多様な「別バージョン」を作成する際に、AIは大きな力を発揮しうるという。当面、コンテンツにしろ広告にしろ、当初のコンセプト作りは人間のクリエイターが担当するにしても、AIを投入すれば、このコンセプトをもとに無数のスピンオフを迅速かつ効果的に作成することができる。
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「AIの導入によって、クリエイティブエージェンシーの作業は削減されるだろう」とファン氏。「エージェンシーの制作部門では、まずオリジナルのコンセプトを作り、コピーやビジュアルなど、各種の要素をわずかに変えながら別バージョンを作成する。しかしAIを活用すれば、もっと意味のある別バージョンを作ったり、もっと完璧な修正や調整を行うことができる。さらには、さまざまなファクターを考慮しながら、最適な見出しや画像を自動的に選択することさえ可能になるかもしれない」。
このような進歩を実現する鍵として、ファン氏はGPT-3のようなAIドリブンのテクノロジーに言及する。GPT-3(Generative Pre-trained Transformer 3)は最新の自然言語処理モデルで、ディープラーニング(深層学習)を活用し、あたかも人間が書いたような文章を自動で生成することができる。ファン氏によると、GPT-3であれば、「人間の思い通りに反応させられる。AIが人間のように語りかけてくるさまは、ほとんど不気味にさえ感じるほどだ」という。
メディア業界のデータ領域と好相性
AI技術は、メディア業界のデータやアナリティクス領域と相性が良いようだ(ファン氏によると、バイイングやプランニングの領域には、AI技術に対する漠然とした忌避感があるといい、同氏はこれを「メディア業界のコンプレックス」と呼んでいる)。メディアエージェンシーのクロスメディア(Crossmedia)でマネジングパートナーを務めるリー・ビール氏によると、同エージェンシーのデータ部門であるレッドボックス(Redbox)では、機械学習をアトリビューション測定や予測モデリングに活用しているという。その用途はたとえば、ユニバーサルIDから集める大量のログデータを処理する場合や、クライアントのファーストパーティデータを用いて、LTVの向上や解約防止のためのモデリングなどが挙げられる。
米DIGIDAYによるメール取材でビール氏は、「観測結果が蓄積されるにしたがって、AIの予測性はさらに向上する」と述べている。
なおレッドボックスは、クリエイティブの使用と実行の最適化にも活用されている。ビール氏によると、「結果を出せる要素を抽出する」のが狙いだという。「この作業には、複数のAIプラットフォームが関与している。静止画や動画のクリエイティブを物理的な要素と情緒的な要素に分けたり、それをさらに膨大な量のパーツに分解したり、スコアを生成したり、実際の結果に照らしてモデリングを行うなどの作業を処理している」。
新たな知見の掘り起こしにも
クライアントのための新たな知見の掘り起こしに、外部のAI企業を活用するケースも見られている。たとえば、ヘリクサ(Helixa)は、従来的な調査会社とソーシャルリスニングツールのベンダーの中間に位置するAI企業で、エージェンシー(ヴェイナーメディア[VaynerMedia]、ロクサ[Rauxa]、VMLY&Rなど)のみならず、企業(社名は非開示)にAI関連のSaaS製品を提供している。ただしヘリクサは、パネルやアンケート調査ではなく、実際の行動分析から、複雑なパターンや関係性を特定する点において、従来の調査会社とは一線を画する。
ヴェイナーメディアのマーケティング担当バイスプレジデント、ライア・ペシェット氏によると、エナジードリンクの発売を計画しているある飲料メーカーの案件で、ヘリクサの製品を活用してターゲット顧客の検討を行ったところ、「50歳以上の活動的な男女」というセグメントを割り出したという。この層は、10代のゲーマーをターゲットにしがちな同社の競合他社であれば、見向きもしない人々だ。
また、ヘリクサの成長担当バイスプレジデント、クリスティン・バーク氏によると、ベーカリー製品の発売を検討していた消費財メーカーの案件では、健康志向の強いヴィーガンのキャンペーンよりも、ドーナツが大好きなインフルエンサーを起用して、デザイン性の高いキャンペーンを展開すべきという答えを導き出したという。「成功につながる、有効な選択肢をデータで示すことができる」。
コスト面に課題
一方で、AIの導入にはそれなりのコストがかかり、決して万人向けのソリューションではない。現に、クロスメディアのビール氏も、「時間、ノウハウ、人材など、多大な投資が必要だ」と認めている。「メディアバイイングやアナリティクスの領域で、大量のデータを処理できるなど、明確な投資対効果を示さなければならない。結局のところ、高度なAIソリューションを導入するにしても、クライアントがそのメリットを理解できなければ意味がない。未加工のデータに眠るビジネスチャンスと無駄を見分けられるクライアントでなければ、理解は難しいだろう」。
とはいえ、AIがこの業界で活用される未来は、すぐそこまで来ている。試行錯誤を重ね、ナレッジを蓄えるならいましかない。さもなくば、いずれライバルたちの後塵を拝することになると、シェアスルーのファン氏は警告する。「テクノロジーの歴史を見てみるといい。これまでも新しい技術が登場するたびに、はじめのうちは『こんなテクノロジーは世界を破滅させる』といった声が聞かれてきた。しかし、いつの間にか誰もが普通にそのテクノロジーを使うようになる。AIに関しても、同じことがいえる」。
[原文:Media Buying Briefing: Artificial intelligence ‘is gonna ruin the world… and then we adapt’]
MICHAEL BÜRGI(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)
Illustration by IVY LIU