ドキュメンタリー 黄金時代:出資するマーケターの思惑

2019年4月、DNA調査会社23アンドミー(23andMe)は、同社が初めてプロデュースしたドキュメンタリー作品をトライベッカ映画祭でプレミア上映した。映画祭主催団体傘下のトライベッカ・スタジオ(Tribeca Studios)に、同社が23エピソードからなる短編シリーズの制作を依頼したのは1年前のこと。その理由について、23アンドミーで消費者マーケティングおよびブランド担当バイスプレジデントを務めるトレイシー・ケーム氏は、「ドキュメンタリー制作者は世界でもっともパワフルな語り手だ。彼らは、宣伝臭さのない上質な本物を提供してくれるという意味で、マーケティングチームよりもよい仕事ができると、我々は考えている」と語る。

ドキュメンタリーの映画やシリーズへの出資を検討しているのは23アンドミーだけではない。マーケターがドキュメンタリーに出資するのは目新しい現象ではないが、近年この傾向が加速している。マーケターは、オーディエンスが従来のテレビのような広告収入ベースの番組に背を向け、広告のないNetflix(ネットフリックス)などのプラットフォームに移行する流れを感じ取っている。一方、映像制作者は、Netflixなどの作品の買い手が、こうしたジャンルの獲得に費やす予算が減りつつあると認識している。

マーケターがドキュメンタリー制作への出資に意欲的になっているのは、従来の広告では想定したオーディエンスを見つけられないことに気づいたためだ。「資金調達にはいつも苦労するが、(オーディエンスのトレンドの)おかげでブランドへの提案はやりやすく、より魅力をアピールできるようになった」と、映像制作会社マクギリブレー・フリーマン・フィルムズ(McGillivray Freeman Films)のプレジデント、ショーン・マクギリブレー氏は語る。

ブランドが出資するドキュメンタリーが増えている理由はほかにもあると、UMのグローバル最高コンテンツ責任者、ブレンダン・ゴール氏は指摘する。現代カルチャーにおけるこのジャンルの人気は最高潮に達したようだ。昨年、アカデミー賞受賞作『フリーソロ(Free Solo)』を含むドキュメンタリー4作品が興行成績1000万ドル(約10.6億円)を達成し、まさにドキュメンタリー黄金時代の様相を呈している。「10年前、ドキュメンタリーはポップカルチャーのなかで流行っていなかった。ブランドはオーディエンスと視聴を追い求めるものなので、(今なら)ドキュメンタリーに参入するのは理にかなっている」と、ゴール氏はいう。

マーケターのドキュメンタリーへの関心の高まりは、制作者側にとってこれ以上ない最高のタイミングで起きている。人気の上昇により、競争の激しい市場で注目を集められる、高品質な映画やシリーズを制作しなければならないというプレッシャーがかかるからだ。従来、ドキュメンタリー映画の制作費は「提案段階で20万~30万ドル(約2100万~3200万円)が相場だった。いまは競争力のある作品を制作するには100万ドル(約1.1億円)は必要だ」と、ドキュメンタリー制作スタジオのフロント(The Front)創業者、タリア・マブロス氏は語る。

ドキュメンタリー制作者への金銭的プレッシャーに拍車をかけているのが、配信プラットフォームが作品のライセンシングに支払う金額の減少だ。高品質のドキュメンタリーが市場にあふれるようになった結果、「2~3年前ならNetflixのような会社は、ドキュメンタリーを100万ドルで買ってくれた。だが、いまや映画祭でのオファー額は10万ドル(約1100万円)だ」と、ドキュメンタリー専門のある制作会社の幹部は話す。

ブランドにとっての新たなビジネスモデル

これまでマーケターは、おもに短編ドキュメンタリーにスポンサーとして出資し、作品を自社サイトやYouTubeチャンネルに載せたり、短く編集してテレビ広告やオンライン広告として利用していた。要するに、ドキュメンタリーというコンテンツをマーケティング手法と考えていたのだ。しかし現在、マーケターは従来プロデューサーが占めていた領域に進出し、より尺の長い映像の制作を依頼し、テレビネットワークやストリーミングサービスにそのまま番組として販売でき、ブランデッドコンテンツとみなされる心配のない作品が制作されている。たとえば、ジョンソン&ジョンソン(Johnson & Johnson)がUMのコンテンツスタジオであるUMスタジオ(UM Studios)に依頼して制作した、エイズ患者を看病する看護師たちにスポットを当てた93分間のドキュメンタリー作品「5B」は、今年のカンヌライオンズでグランプリを受賞した。さらに注目すべきは、同作品がカンヌ映画祭で招待作品として上映されたことだと、ゴール氏は指摘する。

「このモデルでは、ブランドは映画制作に出資する。完成した作品は配信・配給会社に販売され、世界に公開され、オーディエンスは料金を払って視聴する。まったく異なるビジネスモデルだ」と、ゴール氏は話す。

マーケターは通常、出資したドキュメンタリー映画やシリーズの著作権を保有するため、プロジェクトにおいてプロデューサー寄りの姿勢をもつことが、制作費を負担するコストの相殺につながる。たとえば、ハリウッドのプロデューサーの定石をなぞり、博物館や美術館のシアターで作品を上映したり、チケット売上の一部を得る契約を結んでコストを回収し、その後テレビネットワークや配信サービスに放映権を販売して追加の収益を獲得する。マクギリブレー・フリーマン・フィルムは、保険会社パシフィックライフ(Pacific Life)が制作コストの大部分を負担した、ザトウクジラを題材にしたドキュメンタリーで、このモデルを採用した(パシフィックライフはロゴにザトウクジラを使っている)。「彼らは作品の著作権を共有しており、チケット販売を通じて制作費を回収しつつ、コマーシャルにも使っている」と、マクギリバリー氏は語る。

コマーシャルっぽさは禁物

映画やシリーズを従来のマーケティングキャンペーンと同一視はできない。これについて、マーケターの理解は改善している。「大まかにいって、ブランドは我々のようなパートナーとどう提携すべきか、非常によく知っている」と、「60セカンド・ドック(60 Second Docs)」などのドキュメンタリーシリーズの制作で知られるインディジナスメディア(Indigenous Media)の最高執行責任者、ジェイク・アブネット氏はいう。ほとんどのマーケターは、番組で抑えたい重要ポイントをいくつか制作会社に伝えるだけで、あとは映像制作者の裁量に委ねる。「この方法はきわめて有効だ。我々はオーディエンスを釘づけにするストーリーを組み立て、そこにブランドメッセージを織り込む」と、アブネット氏はいう。

とはいえ、プロデュース業のさまざまなビジネスモデルに適応することは、すべてをマーケティングのレンズを通して見ることに慣れきったブランドにとって容易ではない。こうした難題をクリアするため、映像制作会社はたいてい、マーケターとの最初の打ち合わせで課題を指摘する。「私はいつも最初に、コマーシャルっぽさは禁物だと言う」と、マクギリバリー氏。彼の会社で制作したドキュメンタリーは、博物館、科学館、水族館での上映機会が多い。作品が宣伝臭すぎると、オーディエンスがこうした上映施設でチケットを買って観てくれないだけでなく、NetflixやAmazonといった配信プラットフォームにライセンスを販売できる見込みも薄くなる。

「一歩引いて、スポンサーシップ(の目標)を定義することが非常に重要だ。ブランドはKPIに直接結びつかない支出に慣れていない」と、マブロス氏はいう。

ドキュメンタリー映画やシリーズへの出資では、従来のマーケティング目標を度外視しなければならないわけではない。ただし、ドキュメンタリーがプロダクトの売上を伸ばせるかどうかや、ドキュメンタリーがブランド認知を向上させるかといった、直接的な目標ではうまくいかない。ブランド認知を高めたいなら、こうした作品の周辺でブランドに注目してもらう方法を考えるべきだ。「作品が公開されたら、上映場所でPRの機会はかなりある。そこでなぜ作品に携わったかをアピールできる」と、マクギリバリー氏は語る。

制作と配信におけるマーケターの役割

冒頭の23アンドミーの場合、トライベッカ・スタジオに制作を依頼したドキュメンタリーシリーズのKPIは、PRを通じてブランド認知を高めることだった。しかし、効果的なPRのためには、プロモーションの対象であるコンテンツが、オーディエンスの関心に合致したものでなければならない。これに関して、23アンドミーは制作に不干渉の方針を採ることが重要だと理解した。23アンドミーは、トライベッカ・スタジオと短編作品の取り扱い条件で合意したあとは、身を引いて制作者に自由に作品を制作させた。「我々は、ここからはドキュメンタリー制作者の領域だと考え、きわめて放任的な姿勢を保った」と、ケーム氏はいう。

ドキュメンタリー映画やシリーズのプロデュースにおいて、マーケターに重要なのは不干渉の姿勢だ。一方、配信の段階においては、マーケターが積極的に口出しすることが、ドキュメンタリーの成功につながりやすい。たとえば、トライベッカ・スタジオが以前、ディックス・スポーティング・グッズ(Dick’s Sporting Goods)の基金部門とドキュメンタリーを制作した際、マーケターが広告で培ったESPNとのコネのおかげで、ライバル高校どうしの対決を描いた完成作品「ウィー・クッド・ビー・キング(We Could Be King)」を同ネットワークで放映できた。そう話すのは、トライベッカ・スタジオおよびトライベッカ映画祭の親会社である、トライベッカ・エンタープライズ(Tribeca Enterprises)のエグゼクティブバイスプレジデントを務める、ポーラ・ワインスタイン氏だ。「そのあと作品はNetflixに売れた」と、同氏は語った。

Tim Peterson (原文 / 訳:ガリレオ)