「静かなラグジュアリー」の代名詞となったブランドが注目を集め、主流になりつつある。そしていま、買い物客が秘密にしておきたいと思うような、まさにその代名詞に当てはまる、あまり知られていないブランドが、世界の買い物客を魅了し […]
「静かなラグジュアリー」の代名詞となったブランドが注目を集め、主流になりつつある。そしていま、買い物客が秘密にしておきたいと思うような、まさにその代名詞に当てはまる、あまり知られていないブランドが、世界の買い物客を魅了しようとしている。
イタリアの知られざる老舗ラグジュアリーブランド
ここ2、3年、静かなラグジュアリーのトレンドが、富裕層消費者の買い物習慣、つまり品質、歴史、希少性を優先して排他的なクラブの一員になりたいという願望を、浮き彫りにしている。 だが、ミラノを中心に100年近くにわたってこの層をターゲットにしてきたのが、リシュモン(Richemont)傘下の皮革製品ブランド、セラピアン(Serapian)だ。いま、セラピアンは買い物客層の需要に応えてチャンスをつかむべく、米国内だけでなく海外へと進出している。
セラピアンの創業ファミリーの3代目で、オーダーメイドサービスの責任者を務めるジョバンニ・ノダーリ=セラピアン氏は、「いまが私たちの瞬間だ」と話す。「(静かなラグジュアリー)という考え方はつねに私たちのビジネスの中心にあった。私たちは口が堅い顧客に販売してきたため、ミラノでは知る人ぞ知る存在だった」。
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現在、セラピアンは実店舗を通じて米国と日本に進出、この地域の洗練された消費者にアピールしている。「これらの市場の顧客は、ロゴがないから、あるいは知名度がないから高級品ではないとはならないという点を理解している。むしろその正反対だ」。
10月11日、セラピアンはニューヨークのアッパーイーストサイドに位置するマディソン・アベニューに半年間のポップアップショップをオープンした。ノダーリ=セラピアン氏によれば、この場所を選んだ理由は、ニューヨーカーや一部の観光客が買い物をする場所だからだという。さらに、この通りは、たとえば5番街よりも静かで、ラグジュアリーの購買客をターゲットにしている。セラピアンのミラノ旗艦店ににぎやかなモンテナポレオーネ通りではなく、スピーガ通りを選んだのも同じ理由からだ。
ノダーリ=セラピアン氏によれば、セラピアンにはニューヨークに「大勢のファン」がいて、主にブランドのeコマース・サイトで買い物をしている。その多くは、かつてブランドが大成功を収めたいまはなきバーニーズ(Barneys)でブランドを発見した。米国では、セラピアンはバーグドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)やニーマン・マーカス(Neiman Marcus)などの百貨店、ボイズ・フィラデルフィア(Boyds Philadelphia)といった専門店、ネッタポルテ(Net-a-Porter)やミスター・ポーター(Mr Porter)などのオンライン・ファッション小売店でも販売している。
独自の製造技術とオーダーメイドのサービス
新規販売チャネルや市場での成長を目指すほかのラグジュアリーブランドとは異なり、セラピアンがブランドイメージの希薄化を経験する可能性は間違いなく低い。ひとつには、セラピアン独自の「モザイコ」織りの技術を持つ職人がたった4人しかいない点が挙げられる。習得に3年かかるその工程は、たとえばハンドバッグをひとつ完成させるのに4時間かかる。最初から仕上げまで、また塗装や乾燥の工程もあるため、1点のバッグを作るのに少なくとも1週間を費やしている。ノダーリ=セラピアン氏によれば、代々革製品の職人を継いできた家が息子を大学に行かせるようになったため、熟練した職人を確保するのがここ20年で難しくなったという。
さらに、セラピアンはオーダーメイドサービスを拡大中で、費用さえあれば、どの買い物客でも誰も持っていないスタイルを手に入れることができる。ノダーリ=セラピアン氏いわく、まだ事業のごく一部ではあるが、そのサービスは1928年にブランドの誕生と同時に開始されて以降、年間売上高を3桁成長させている。オーダーメイドサービスには2種類あり、ひとつは、現在のセラピアンのスタイルを43色のナッパ・レザーでカスタマイズできるというものだ。このオプションは5000ドル(約74万8600円)からとなっている。もうひとつは、ビスポーク・アッソルート(Bespoke Assoluto)と呼ばれるもので、顧客がバッグなどのスケッチを描き、セラピアンのデザイナーや職人と一緒に一から作ることができる。また顧客は、セラピアンの創業者ステファノ・セラピアン氏がデザインした9000点のアーカイブ・バッグの中から1点をカスタマイズすることも可能だ。ブランドがこれまでに実現した依頼には、1930年代のランチア・ラムダ(Lancia Lambda)の内装や、膨大なジュエリーコレクションを収納するための大型トランクの製作などがある。どちらのプロジェクトも完成までに2年を要した。
「クライアントのクリエイティビティの限界まで対応できる」とノダーリ=セラピアン氏は述べたが、「すべてのプロジェクト」はブランドのDNAを反映した「セラピアンのクリエイションである必要がある」とも指摘した。
ポップアップやイベント、コラボレーションで潜在顧客の関心を集める
ブランドのオーダーメイドサービスは、マディソン・アベニューにある1400平方フィート(約130平方メートル)のブティックで提供されている。ビスポーク・アッソルートを購入する顧客には、ノダーリ=セラピアン氏とチームがミラノからニューヨークまで出向き、デザインと製品の製造の過程に立ち会う。このブティックのほかの目的には、セラピアンのストーリーを伝えることも含まれており、「セラピアンを知る人は大抵、このブランドに夢中になる」とノダーリ=セラピアン氏は語った。
日本については、セラピアンは現在、東京の百貨店ギンザシックスにショップ・イン・ショップを構えている。また、2024年春には東京の銀座に旗艦店をオープンする予定だ。また2024年には、米国での2度目の開催となるポップアップ・ツアーを継続する予定であり、またパリでのポップアップも進行中である。
セラピアンは従来のマーケティング戦術に頼るのではなく、魅力的な店舗の建設とともに、親密なイベントを開催することで、新しい市場の潜在的な顧客の関心を集めている。そうしたイベントは、レストランのサンタンブロース(Sant Ambroeus)やリシュモングループの姉妹ブランドのように、顧客基盤が重なっている企業との提携で運営されることが多い。
コラボレーションもまた、制約はあるもののセラピアンが活用しているマーケティングツールのひとつだ。過去には、イタリア人建築家のヴィコ・マジストレッティ氏やイタリア人芸術家のジョルジョ・デ・キリコ氏とともにコレクションを制作したこともある。セラピアンは今後もデザインとアートの世界でパートナーシップを維持する計画で、次のパートナーシップは間もなく開始される。
メインストリームのメゾンにはなりたくない
2017年、セラピアンはリシュモンに非公開の金額で買収された。だが、その大部分は家族経営のままだ。この関係は「業界ではめずらしい」が、オリジナリティとリアルさを維持するためにはきわめて重要だという。すべてがいまもミラノのヴィラ・モーツァルトにある本社で生産され、もっとも遠いサプライヤーも200キロしか離れていない。リシュモンは、セラピアンが顧客サービスと創造性に集中できるよう、グループのブランド間で運用リソースを共有することを促進し、セラピアンにとってもっとも有益だとノダーリ=セラピアン氏は述べている。
「セラピアンで買い物をする顧客は、クラブや特定の集団の一員になりたがっている」とノダーリ=セラピアン氏は言う。「『とてもすてきなバッグだが、どこで買ったのか? そのブランドは聞いたことがない。詳しく教えてほしい』と誰かに言われると嬉しく思うのは、そうした顧客だ」。
また同氏は次のようにも話す。「メインストリームのメゾンにはなりたくない。メインストリームのメゾンになった日は、私たちのスピリットが失われる日だ」。
2023年度、リシュモンは、クロエ(Chloé)、アライア(Alaïa)、セラピアン(Serapian)などのファッションとアクセサリーのブランドを含む「その他」の事業分野の売上高が19%増加したと報告した。6月30日締めの2024年度第1四半期では、この分野の売上高は6%増となっている。リシュモンはブランド別の業績を公表しておらず、セラピアンは売上高の公表については言及を避けた。
「ラグジュアリーの成長は鈍化しているが、我々は知名度が低いままであるため、幸運だった。だからこそ、いまだにオリジナルでいられるし、唯一無二の存在でありながら、かなり成長を続けている」とノダーリ=セラピアン氏は述べ、「いまが爆発的な瞬間だ」と付け加えた。
ニッチなラグジュアリーブランドの台頭
リシュモンはセラピアンを買収した4年後、もうひとつの高級皮革製品メーカー、デルヴォー(Delvaux)を買収した。1829年にブリュッセルで誕生したこのブランドは、世界最古の皮革製品会社とされている。そして、リシュモンはセラピアンを活用し、グループ全体でレザーグッズの専門性を高めていると報じられている。皮革製品部門は、LVMHを含むラグジュアリー企業にとって大きな収益の柱である。今年初め、LVMHがリシュモンの買収を計画しているという噂が広まったが、リシュモンのヨハン・ルパート会長は5月にこの噂を一蹴した。
ブランディングエージェンシー、ゼネラルアイデア(General Idea)の共同創業者であるイアン・シャッツバーグ氏は、4月に行われたGlossyのフォーカスグループで次のように語っている。「我々の文化は、非常に高価で、非常に工芸的なものを見つけることに執着している。そして、大手ラグジュアリーメゾンに対抗するニッチなラグジュアリーブランドが台頭している」。
「(消費者にとっては)自己表現という側面も一部あるが、コミュニティという側面もある。これらの台頭するラグジュアリーブランドの一部はかなり強力なコミュニティを有している」と、ボストンコンサルティンググループ(Boston Consulting Group)のラグジュアリー部門責任者サラ・ウィラースドルフ氏は述べた。「そして同時に、自分が内情に通じている人物であると示すことにもなるのだ」。
[原文:Luxury Briefing: You’ve never heard of this new-to-the-US luxury brand, and that’s the point]
JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)