ラグジュアリーファッションブランドの成功がさらに細分化され、ブランドリーダーは店舗での体験に新たな重点を置くようになっている。小売の生産性と滞留時間はパフォーマンスにおける重要な指標のひとつであり、その主な目標は顧客との […]
ラグジュアリーファッションブランドの成功がさらに細分化され、ブランドリーダーは店舗での体験に新たな重点を置くようになっている。小売の生産性と滞留時間はパフォーマンスにおける重要な指標のひとつであり、その主な目標は顧客とのより強いつながりを築くことだ。
ブルネロ・クチネリ(Brunello Cucinelli)の北米CEO、マッシモ・カロンナ氏は、10月末に掲載されたマッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey & Company)のインタビューで、「我々がもっとも成功したのは、いくつかの店舗にバーを併設したことだ」と語っている。現在進行中の静かなラグジュアリーのトレンドを象徴する代表的なブランドであるブルネロ・クチネリは、2022年の売上が前年比29%増の約9億7300万ドル(約1456.4億円)だった。「バーと座れるエリアがあることで、顧客をその場に留めることができ、クライアントとの関係を築くことができた。私はいつもみんなに『関係を始めるのは簡単だが、関係を維持するのは難しい』と言っている」。
同社が最近行ったその他の店舗の改装には、よりプライバシーを提供するための試着室の拡大、ミニライブラリーの設置、レジを隠すなどがある。いまでは平均して、買い物客は1回の来店につき10~35分店内で過ごすようになったとカロンナ氏は述べた。
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店舗運営の強化を目標とするラグジュアリーブランド
10月末に行われた各社の第3四半期決算説明会では、ほかのラグジュアリーブランドもこれに追随しようとしていることが明らかになった。10月24日、ゼニア(Zegna)、トム・ブラウン(Thom Browne)、トム・フォード(Tom Ford)を所有するエルメネジルド・ゼニアグループ(Ermenegildo Zegna Group)の会長兼CEOであるジルド・ゼニア氏は、同社の年初来の売上高が23%増加した理由について、「店舗の生産性が継続的かつ大幅に向上したため」と発表した。2021年にゼニアグループは、2025年までに店舗売上高を50%増加させるという目標を掲げていたが、ゼニア氏によると「計画を大幅に上回っている」という。同社が「持続可能な長期的成長」に注力する中で、店舗運営の強化は引き続き優先されるだろうと同氏は付け加えた。
エルメス(Hermès)の場合は、小売売上高が22%増加したことを含め、前年比16%の売上増を報告した。同社によれば、店舗ネットワークの「強化」が売上牽引の一因であるという。10月27日には「アフターセールス・ラウンジ」と「コンフィデンシャル・サロン」を含む新しい2階を備えた、リニューアルしたシカゴ店を初披露した。
一方、ケリング(Kering)は、ブランド全体で小売売上高が6%減少しており、これが当四半期の前年同期比13%の減収要因となった。店舗への客足の減少が一因だと注目されたが、事業の軌道修正計画のひとつに「小売の向上」への投資が明言されている。全体として13%の減収となったボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)については、店舗ネットワークのアップグレード、「リテールエクセレンス」の強化、ブランドストーリーのよりよい発信などが含まれている。
バーやカフェを店内でのエンゲージメントツールに
ラグジュアリーブランドのあいだでは、店舗で顧客との絆を強化するための取り組みが浸透しつつある。プラダ(Prada)の新CEO、アンドレア・グエラ氏は、3月に行われた投資家向けのプレゼンテーションで、小売の生産性向上が2023年の最大の焦点になると述べた。そのための戦略として、店舗の改装とクライアンテリングに改めて注力することなどを挙げている。
クチネリのように、多くのブランドがバーやコーヒーショップを店内でのエンゲージメントツールとして活用している。たとえば、メゾン・マルジェラ(Maison Margiela)は10月24日にオープンした中国湖南省初の店舗にカフェを併設した。これは2022年6月以来、同ブランドがオープンした5軒目の店内カフェとなる。そして10月初め、スイスの時計メーカー、リシャール ミル(Richard Mille)はシンガポールにスポーツバーとダイニングルームを備えたメガストアをオープンしている。
徹底した店舗戦略で成功した小規模ラグジュアリーブランド
店内での滞在時間が長くなれば売上の成長につながるが、それは長期戦となる。店頭で築かれた顧客とのつながりは、ブランドにとって強力な生涯価値の基盤となる。
この戦略で大成功を収めた小規模なラグジュアリーブランドが、ニューヨークを拠点とするKZ_Kスタジオ(KZ_K Studio)だ。15年前にブランドを立ち上げた後、創業者のジェシー・キーズ氏とカロリーナ・ズマーラク氏は、2016年にノーホーのグレートジョーンズストリートに「ライブラリー・バー」を含むクライアント向けのスタジオを導入した。それ以来、同社は2020年を除くと、毎年50%の売上成長を遂げている。現在、15人の従業員と2000人のリピーターの顧客を抱えており、ほとんどの顧客が、創業者によるIRLでの徹底的なブランドの紹介を体験している。
「ファッションは米国では特別なマンネリ化に陥っている」とキーズ氏は言う。「ファッション小売店やデパートに足を踏み入れると、そこはホスピタリティや(企業の)ホームの延長というよりは、物を売ろうとする大きな倉庫のような感じがする。人々がつながって関係性を発展させるような温かさがない」。
さらにキーズ氏は「バーほど相手のことを知るのに適した空間があるだろうか?」と付け加えた。
スタジオでのアポイントメントで顧客との信頼を築く
キーズ氏は建築業界出身で、ニューヨークのラ・エスクインタ(La Esquinta)など人気のクラブやバー、レストランを設計してきた。タイムレスなデザインとクライアントとの関係を通じて獲得した信頼にフォーカスし、ファッションの典型的な「広告、メディア、トレンドの役割」を拒否する企業というのが、KZ_Kスタジオに求める彼のビジョンだ。
ニューヨークでは、KZ_Kスタジオは1時間のクライアントとのアポイントメントを主催している。通常クライアントはライブラリー・バーのメニューからドリンクを注文するか、近隣の提携レストランから食事をオーダーする。その後、スタジオツアーに参加し、モダニズムで多機能なブランドコンセプトについて学ぶ。そこで彫刻家アレックス・ロスキン氏が手がけたラックや本棚を見たり、ブランドのパターンが作られる部屋を見学したりする。その後、バーに戻り、オーダーしたドリンクや食事を味わいながら、最新コレクションの参照ポイントについて学ぶのである。
過去6年間、KZ_Kスタジオの年2回のコレクションは、それぞれ特定のモダニズム運動をテーマにしてきた。キーズ氏とズマーラク氏は旅行を通じてそのムーブメントに没頭し、またのちにバーのライブラリーに並ぶ書籍でもそのムーブメントを研究している。以前のコレクションでは、メキシコ・シティへの旅行に関連して建築家ルイス・バラガン氏の作品に焦点を当てた。次は、ウィーンの有名なアメリカン・バー(American Bar)を手がけた建築家、アドルフ・ロース氏のデザインになる予定だ。
大きな成長は優先事項ではない
このブランドは「複雑」であり、ベストな購入の仕方は「自分が暮らす建築的な衣服の家を作るように、時間をかけてアイテムを築いていくこと」だとキーズ氏は言う。それを実際に見てもらうことで、顧客は、このブランドが「専門的・生産的・創造的な観点から、顧客の最善の利益を考えて服を作っている」ことを理解するようになる。そして同時に「関係性がより意義深いものになる」とキーズ氏は述べた。
スタジオのアポイントメントの主催に加え、KZ_Kスタジオは最新コレクションを披露するため、年2回のツアーを行っている。現在、ズマーラク氏は20都市を巡回している最中で、トンプソン・ホテルズ(Thompson Hotels)や小売店のトッツィーズ(Tootsie’s)などのパートナーと、トランクショーを含むイベントを共同開催する予定だ。またKZ_Kスタジオは「顧客とダイレクトな関係性を築いている」専門店でも販売しているとキーズ氏は言う。以前はデパートでも販売していたが、ブランドと顧客との間に「あまりにも層が多すぎる」と判断したという。
KZ_Kスタジオのプロセスはうまく機能している。たとえば創業者らは、1対1のミーティングで話し合った好みに基づいた新しいスタイルの「試着箱」をたびたび顧客に送っている。それらの顧客は定期的にアイテムの80%を購入している。
このような個人的なサービスは、規模を拡大しながら維持していくのは難しいが、大きな成長は優先事項ではないとキーズ氏は述べた。
「もしやるなら、クチネリのようにやるつもりだ」とキーズ氏は言い、マッキンゼーの記事にあるカロンナ氏のコメントも引用している。「それは『優雅な成長』になるだろう。そして私たちの踏み出す一歩一歩が確実に自分たちの価値観を物語り、真のコミュニケーションを継続させるものとなるようにするつもりだ」。
[原文:Luxury Briefing: Greater retail productivity and dwell time are fashion’s new targets]
JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)