化粧品大手ロレアル(L’Oréal)USAは、「ロレアルビューティーラボ(L’Oréal Beauty Lab)」と呼ばれる、仮想現実(VR)ルームを作った。そこは、顧客向けではなく、あくまで新規投入する商品の3Dモデリングのデモンストレーションを行う場所だという。
化粧品大手ロレアル(L’Oréal)USAは、35万2000平方フィート(約3万2700平方メートル)もの広さを誇る本社をニューヨークに構えている。その派手な特徴――たとえば、エッシー(Essie)のネイルサロンやハドソン川に面したテラスなど――を考えると、同社の仮想現実(VR)ルームは思わず通り過ぎてしまいそうになる。
一見すると、そこは典型的な会議室のようだ。だが「ロレアルビューティーラボ(L’Oréal Beauty Lab:社内ではそう呼ばれている)」のなかにはVRグラスが山積みになっており、床から天井まで壁一面を占めるVRスクリーンが設置されている。室内にあるほかの2つのスクリーンは、3Dモデリングのデモンストレーションを表示するために使われる。
ロレアルはこの話題の技術に大金を投じたが、それは顧客を引きつけて、同社が最先端を行くことを印象づけるためではない(ロレアルはこのVR画面の具体的な金額を明かそうとしなかったが、訪問者にあまり近づきすぎないよう注意するぐらいの額であることはたしかだ)。
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小売をめぐるVRの現状
強気なベンダーや驚嘆するブランドらによって、VRは「美容とファッションの次なる新天地」と予言されてきたが、この技術の真の有用性はいまのところ具体的に見えていない。たとえば、これまでの試みとしては、ファッションブランドのトミーヒルフィガー(Tommy Hilfiger)がマンハッタンの店舗で開催した仮想ランウェイショー(何とも不格好なヘッドセットを使用)や、高級時計とジュエリーのブランドであるピアジェ(Piaget)が手がけた、かなり無理があるポロの試合のシミュレーションなどがある。また美容業界では、ブランド各社が、メーキャップ試用のプロセスを模倣しようと、VRの近い親戚に当たる拡張現実(AR)を使ったツールを猛烈な勢いで開発しつつある。
そのうえ、この技術が実際の売上に影響を及ぼしうることもまだ示されていない。多くのブランドはVRテストから得られるデータをどうしていいかさえわからず、業界は懐疑派で埋めつくされている。
投資会社ベイン・キャピタルのベンチャーキャピタル部門であるベイン・キャピタル・ベンチャーズ(Bain Capital Ventures)でマネージングディレクターを務めるスコット・フレンド氏は以前のインタビューで「小売に関しては、私はVRの力を過信していない」と語った。「ゲームなどの業界ならば居場所はあるかもしれない。だが、小売のカテゴリーでは最良の部類に入るVRを以前に体験したが、『なぜ私がこんなことを』と思いながらその場を立ち去った」。
ビューティーラボの使い方
ビューティーラボから実益を生むために、目下のところロレアルは、この技術を消費者ではなく社内チームに使ってもらおうとしている。
同社が擁する42のコスメやヘアケア、スキンケアなどの各ブランドは、製品の商品化やパッケージング、ブランディング全般に関して意思決定を行う際の効率性と生産性を高めるために、このVRルームを使うように推奨されている。ブレインストームからローンチまでに数カ月かかることもあるこれらのプロセスも、ビューティーラボなら数週間で事態を好転させられる。VRと3Dレンダリングによるビジュアルのおかげで、試作品の作製や店内デモの再現に割くお金と時間が節約できるのだ。
皮膚科医が開発に関わったファンデーションやコンシーラーを展開するダーマブレンド(Dermablend)は、14人からなる少数精鋭チームの意思決定にビューティーラボがどう変化をもたらすことができるかを試しているロレアルのブランド第1号だ。ダーマブレンドのゼネラルマネージャー、マレーナ・ヒゲーラ氏は、同ブランドに対して2017年の「戦略的かつ攻撃的な躍進」を望んではいたが、全面的なリブランディングやパッケージのデザイン変更に必要な、大規模な市場調査には時間もお金もかかりすぎることがわかっていたと述べる。
「こうした類いのことには、非常に複雑かつ煩雑で、お金もかかる商品デモンストレーションの実演が必要だ」とヒゲーラ氏は語る。「でも私は、チームが可能性のある本物のフィードバックになるべく多く触れることを強く望んでいた」。
意思決定プロセスを短縮
そこでダーマブレンドは、パッケージデザインおよび店内ディスプレイ用ユニットのリブランディングの提案をビューティーラボに回した。ビューティーラボでは、パッケージが3Dモデリングを使ってレンダリングされ、ディスプレイ用ユニットは、コスメショップ大手のアルタビューティー(Ulta Beauty)のバーチャル店舗という形で、VR世界に重ね合わされた。
そしてダーマブレンドは、フォーカスグループを参加させて、このブランディングとパッケージングの変更に対する反応を確かめた。その結果、この新しいユニットは、そのメッセージ性において、新規顧客が同ブランドの核となる差別化要因(「皮膚科医が開発した」という)をおうむ返しに繰り返し、また多様さを増したモデルグループのおかげで、より広範なメーキャップシェードを認識できるほどの明確さを備えていることがわかった。
このアルタのユニットをリブランディングするプロセスにかかった時間は3カ月。もしこのVRデモンストレーションがなければ、おそらくこのプロセスには8カ月近くがかかっていただろうとヒゲーラ氏は言う。
「ある種のルネサンス」
さらに同氏は、小規模なインディーズブランドにとって、少数精鋭のチームを維持しつつロレアルのリソースを利用できるということがもつ意味は大きいとも語った。ロレアルやレブロン(Revlon)、エスティローダー(Estée Lauder)をはじめとする美容大手が、強固なフォロワー基盤を築くインディーズブランドの買収に照準を合わせる昨今、丸呑みにされないためのカギはブランドがもつ初期の魅力を維持することだ。
またロレアルUSA傘下のブランドは、協力体制も推進しつつある。マンハッタンの都市再開発地区「ハドソンヤード」にある本社新社屋(全ブランドの従業員1600人を収容)には、協働を促す場もある。この空間(建築事務所のゲンスラー[Gensler]が設計)では、脱サイロ化をめざして、類似する目標や特性をもつブランドが垣根を越えた交流をもつことができる。
それでも、昨年10月にビューティーラボがオープンして以来、その機能をフル活用しているブランドはダーマブレンドだけだ。そこからは、VRを社内プロセスに組み込むにはそれなりの時間がかかることがうかがえる。しかし、競争が激化の一途をたどる美容業界においては、より速く動くことが不可欠だ。
「いま我々は、ある種のルネサンスを経験している。実際に見るべきものがあるたびに、我々はここに来る」と、ヒゲーラ氏は語る。「スピードは重要だが、ポイントは正しいことを迅速に行うということなのだ」。
Hilary Milnes (原文 / 訳:ガリレオ)