アンダー・アーマー(Under Armour)がデジタルフィットネスの覇権争いから手を引こうとしている。同社は10月末、2015年に買収したふたつのアプリを手放すと発表した。MyFitnessPal(マイフィットネス・パル)は売却し、Endomondo(エンドモンド)は年内に提供を終了するという。
アンダー・アーマー(Under Armour)がデジタルフィットネスの覇権争いから手を引こうとしている。
スポーツ用品メーカーのアンダー・アーマーは10月末、2015年に買収したふたつのアプリを手放すと発表した。MyFitnessPal(マイフィットネス・パル)は売却し、Endomondo(エンドモンド)は年内に提供を終了する。MyFitnessPalの買い手はプライベートエクイティ企業フランシスコ・パートナーズ(Francisco Partners)で、購入価格は3億4500万ドル(約363億円)。アンダー・アーマーが5年前に支払った金額より1億3000万ドル(約137億円)安い。2013年に1億5000万ドル(約158億円)で買収したMapMyFitness(マップマイフィットネス)は継続される。
アンダー・アーマーは数年前にMyFitnessPal、Endomondo、MapMyFitnessを買収したとき、バラエティ豊かなデジタルフィットネスアプリを所有することで、これらのアプリを利用する数千万人がアンダー・アーマーのワークアウト用品を購入してくれると期待していた。しかし、期待は外れた。3つのアプリは微妙に異なるユーザー層をターゲットにしており、アンダー・アーマーの主要顧客と懸け離れた層も含まれていたためだ。さらに、ナイキ(Nike)やペロトン(Peloton)が独自のアプリを展開し始めたことで、アプリ自体の成長が鈍化した。
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eマーケター(eMarketer)のeコマースアナリスト、アンドリュー・リップスマン氏は、「ナイキ、ペロトン、ルルレモン(Lululemon)、Appleが主役の座を獲得し、アンダー・アーマーは蚊帳の外に置かれると予想している」と話す。
MyFitnessPalを売却し、Endomondoを段階的に縮小することで、アンダー・アーマーはこれらの成長に投じてきたリソースをブランドサイトとMapMyFitnessへの顧客呼び込みに流用できる。CEOのパトリック・フリスク氏は、先日MyFitnessPalの売却について投資家に説明した際、「この売却によって顧客のブランドジャーニーがシンプルになり、長期的なデジタル戦略が強化されると確信している」と述べていた。
当初の戦略
2015年1月、アンダー・アーマーがアプリ戦略を始動すると、Endomondo、MyFitnessPal、MapMyFitness、もうひとつのフィットネストラッキングアプリであるUA Record(UAレコード)に合わせて1億件のワークアウトが記録された。アンダー・アーマーの経営陣は、これらのアプリのユーザーはフィットネス愛好者ばかりで、アンダー・アーマーの商品を買ってくれるに違いないと考えた。
当時のCEOケビン・プランク氏は「アクティブな人ほど、スポーツアパレルやスポーツシューズを購入する可能性が高い」と語っていた。
しかし、アンダー・アーマーが買収した3つのアプリは微妙に異なるユーザーをターゲットにしていた。MyFitnessPalは食事と運動を記録するためのアプリ。ターゲットは減量したい人で、ユーザーの運動能力はさまざまだ。一方、MapMyFitnessは本格的なランナーやサイクリストを念頭に置いていた。走るたび、自転車に乗るたびに記録し、トレーニングの成果をアスリート仲間と共有したい人々だ。
これに対し、アンダー・アーマーは1秒でもタイムを縮めること、1キロでも負荷を増やすことに取りつかれたフィットネス愛好家──同社はこのような人々を「パフォーマンスアスリート」と呼んでいる──に商品を売りたがっていた。2019年、アンダー・アーマーは赤外線技術によって酸素の流れを促進するとうたうアパレルラインを発売。また、シューズラインHOVRにはウエイトリフティング、バスケットボール、マラソン用の靴もある。これらの新商品は特に、フィトネス愛好家とは程遠いMyFitnessPalのユーザーには合わなかった。
オムニコム・リテール・グループ(Omnicom Retail Group)でコマース担当シニアバイスプレジデントを務めるブライアン・ギルデンバーグ氏は、アンダー・アーマーが買収したアプリはターゲット顧客にぴったり合っており、むしろ、競争が複雑化したことが問題だと考えている。「アンダー・アーマーの顧客がパフォーマンスの記録に無関心なわけではない。問題は記録の手段がほかにもあることだ」と、同氏は話す。
年を追うごとに、成長が停滞したようだ。アンダー・アーマーはここしばらく、決算報告でアプリのユーザー数を公表していない。ただし、コネクテッドフィットネス売上は四半期ごとに報告しており、有料会員モデルを持つMyFitnessPalの売上が大部分を占めていた。今年7月の第2四半期決算報告では、コネクテッドフィットネス売上は前年比3%の増加にとどまり、eコマース売上は2桁成長を記録していた。
外的要因の拡大
アンダー・アーマーはMyFitnessPalの売却とEndomondoの終了を発表するプレスリリースのなかで、MapMyFitnessは「アンダー・アーマーのデジタル戦略の重要な要素として維持される」と述べている。HOVRのランニングシューズはMapMyRun(マップマイラン)と「接続」し、ランニングを記録したり、タイム短縮のヒントを手に入れたりできる。商品購入者にアプリを確実に使ってもらうことが狙いだ。フリスク氏は10月末、アンダー・アーマーのランニングシューズ100万足がMapMyRunに接続されていると述べていた。
アプリ戦略の合理化のほかにも、アンダー・アーマーは数多くの難題と取り組んでいる。パンデミック前、アンダー・アーマーのD2C(Direct-to-Consumer)事業は不振に陥っていた。しかし、パンデミックをきっかけにオンライン購入が増加し、危機を脱した。9月には、会計処理を巡る連邦当局の調査を隠していたという理由で、現役幹部と元幹部が株主に提訴されている。
ふたつのアプリを捨て去ることはデジタルフィットネス事業の縮小を意味する。ナイキ、ルルレモンといったライバルたちは今、デジタルフィットネスへの投資を強化している。ルルレモンは7月、ミラー(Mirror)を5億ドル(約526億円)で買収すると発表した。ミラーは有料で、ワークアウトやパーソナルトレーニングクラスをストリームで受講できるデバイスだ。一方、ナイキはパンデミック中、ショッピングアプリとNike Training Club(ナイキトレーニングクラブ)アプリの両方が3桁成長したと報告している。Nike Training Clubは春以降、多くの人にダウンロードしてもらうため無償提供されている。
アンダー・アーマーはさらに、手ごわいライバルが次々とフィットネスアプリ市場に参入しているという厳しい現実に直面している。もっとも新しいところでは、Apple Watchのメンバーを対象に、Appleがワークアウト動画のサブスクリプションサービスを開始すると発表した。そのため、アンダー・アーマーにとっては、市場から完全に撤退するのも難しい状況だ。
eマーケターのリップスマン氏は「このようなデジタル資産を保有し(中略)どのように活用するかを考える(中略)ことが重要だと思う」と話す。「コネクテッドフィットネスには巨大なチャンスがあるのだから」。
[原文:‘Left out in the cold’: Why Under Armour’s app strategy failed]
ANNA HENSEL(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:長田真)