花王は、これまで「顧客の声に基づいた商品開発」と「大量のテレビ広告」を強みとしてきた。だが生活様式が多様化し、スマホが普及したいま、マス広告は転換期をむかえている。データを活用して顧客理解を深め、小さなコミュニティである「スモールマス」を狙った広告戦略を展開する。デジタルドリブンにシフトした同社の戦略とは?
来る11月22日にザ・リッツ・カールトン東京で開催される「DIGIDAY HOT TOPIC」では、花王 石井龍夫氏のセッションが行われる。参加登録は、こちらからぜひ!
創立130年という日本を代表する消費財メーカーである花王。かつては、顧客の声に基づいた商品を開発し、数十億円規模の予算を投じて大量のテレビ広告から商品を広く認知させるやり方で、勝ってきた。しかし、生活が豊かになり、かつ多様化したことで、これまでのマスマーケティングでは顧客に響かなくなっている。
「すべての家庭に同じ広告を流せば、商品が売れる時代ではなくなっている」と語るのは、花王のデジタルマーケティングセンター シニアフェローの石井龍夫氏だ。同氏は、長く同社を代表するブランドのマーケティングに携わったのち、2003年よりWeb活用戦略の立案を担いデジタルコミュニケーションを統括。2014年にはデジタルマーケティングセンターを設立し、同社のデジタルマーケティングを推進してきた。
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花王 石井龍夫氏
「デジタルの強みは『自分ごと化』できること。『自分ごと化』されない情報は伝わらないし、FacebookやTwitterでもシェアされない。データを活用して顧客理解の精度を高め、顧客と関与度の高いコミュニケーションをとることが重要だ」。
心地よいコンテンツをめざす
さまざまな企業でデジタル化への取り組みが進み、デジタルマーケティングはテクノロジーの文脈で語られることが多くなった。「しかし、いま一度価値あるコンテンツを届けられているか、デジタルマーケティングの本来の目的を見つめ直す必要がある」と石井氏は指摘する。
人が1日に目にする広告数は、約3000件とも言われる。起床時間で平均すれば、1分あたり約6件程度にもなる。そのなかで、お客様に見てもらうためには、顧客が欲しい情報とブランド側が届けたい情報がマッチングして、なおかつ広告ではなく、ある種の『サービス』として受け取られるものでなければならないと、同氏は述べる。
「お客様が見たいタイミングで、『見せてくれてありがとう』と思われるコンテンツでなければ、いまの時代は見られない。ターゲティングしたデジタルの接点で、何を見せられるのか、結局はコミュニケーションコンテンツが大事になる」。
顧客にとって価値あるコンテンツを届けるためには、裏側で顧客理解を進化させる必要がある。その際にカギとなるのがデータだ。石井氏は、2014年よりデジタルマーケティングセンター長として、デジタルデータの効果的な活用方法から、数多くの顧客との接点で得たデータを蓄積・解析し、それをもとに最適な施策を打ち出す、デジタルドリブンな意思決定ができる組織体制の構築を推進してきた。
スモールマスを狙う
スマートフォンの普及が進み、テレビ広告のリーチが減少するなか、花王では顧客にリーチする新しいアプローチを模索してきた。それが同社の言う「スモールマス」だ。スモールマスとは、嗜好性が同じ人々がデジタルで繋がっている小さなコミュニティのことを指す。いかに新しいスモールマスを発見し、そのコミュニティーに属する顧客のカスタマージャーニーを把握して、デジタルで適切なコミュニケーションが取れるかが重要だと言う。
「PYUAN(ピュアン)」は、花王がマスからスモールマスに方向転換したいい例だ。ピュアンは、「メリット」から10代〜20代女性を対象として開発されたクレンジングケアシャンプー。2015年発売当初は、テレビ広告を中心に、WebとSNSも組み合わせたマーケティングを行なった。しかし、SNSでクリックレートは高かったものの、最終的に行き着く先が従来の機能訴求型の広告であり、パーソナライズしきれなかったという。
そこで、2017年4月同製品をリニューアルした際には、デジタルに重きを置き、ターゲットとする20代女性のライフスタイルを提案するスタイルに変えた。具体的には、3つのライフスタイルにセグメント化し、それに合わせて商品の香りとパッケージもクラスタライズしたのだ。「花王の強みは、商品自体をセグメンテーションできること。これは他社にはできないことだ」と同氏は語る。
また今回は、テレビ広告はゼロ、SNSに完全に舵を切る決断をした。インスタグラムで40ほどのクリエイティブを制作・配信したほか、インスタグラムで接した顧客にはFacebookやTwitterなどほかのプラットフォームに誘導し、常に商品のストーリーをリニューアルし続ける施策をとった。その結果、ピュアンのシェアを倍に伸ばすことができたという。
マスとデジタルを使いわけ
スモールマスへのアプローチはデジタルが前提だが、マス広告を否定しているわけではない。マス広告とデジタルでは機能の差や期待する効果も違う。デジタルでは、データを活用することでマーケティングを最適化する役割がある一方、商品価値を広く周知できるテレビ広告の特長は依然として有効だ。また、「エッセンシャル(Essential)」など各ブランドのポジショニングやターゲットのセグメンテーションにより、どちらが効果的かも異なってくる。
10年以上デジタルマーケティングに従事してきた経験から、石井氏は「マスとデジタルの違いを十分理解したうえで、上手く使い分けることが重要だ」と語る。
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Written by 亀山愛
Image courtesy of PYUAN Facebook