ジャッキー・チェンというアクションスターがいます。多くの映画に主演し、自ら監督もされています。彼は闘うときに手近なモノを次々と武器として使います。椅子、ドア、脚立、箸など、映画の中の彼にとっては全部武器です。だから、彼はいつも多めに資源を持っています。もちろん、そこにある椅子を使うのであって、わざわざ椅子を取りに行って時間コストを使ったりしません。臨機応変に、コストをかけずに入手可能な資源を最大限に活用して窮地を逃れます。この「一見しただけでは分かりにくい資源」を「隠れ資源」と呼ぶことにしましょう。
戦略の要諦は「目的」を明確にし「資源」を見極めることです。特に「隠れ資源」です。うまく見つけられれば、目的達成の可能性が高まることでしょう。競合に対して特徴的な何かを見つけたら、それが隠れ資源になりそうな状況を考えてみましょう。ひょっとすると、それは「ホチキスの針」や「ジャッキー・チェンの椅子」になるかもしれません。
本記事は、資生堂ジャパン株式会社の執行役員でありマーケティング本部長(CMO)の音部大輔氏による寄稿コラムとなります。
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しばらく前、ゲームの広告に「戦力か、戦略か」というコピーがありました。たかがゲームの広告と侮るなかれ。これは戦略の要諦を心得た一文です。戦力が圧倒的であれば、戦略はなくてもいいのです。思いついたことは全部やる。効率が悪くても、目的は達成できそうです。言い換えれば、戦略が必要なのは資源が有限だからです。あまりに自明な話で、拍子抜けされた方もいらっしゃるかもしれませんが、資源の有限性が戦略の必要性をもたらしているという認識は、まだ一般的ではありません。「戦略とは、目的達成のための資源利用の指針」であると定義して、話を進めましょう。
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あらゆるビジネス・アクションと同様、定義に従えば戦略にも目的が不可欠です。目的が曖昧なまま戦略が議論される例も散見されますが、まずは目的を明確にすべきです。次に運用可能な資源を把握しましょう。資源の差が戦略の、ひいては勝負の分かれ目になります。
4つの資源
保有する資源を把握するためには4つに分類すると便利です。横軸を「組織内の資源」と「組織外の資源」とし、資源の帰属先を示します。縦軸に「一見して分かる資源」と「一見しただけでは分かりにくい資源」を置きます。
「組織内の資源」は、社内や自分の責任範囲内にある資源です。「一見して分かる資源」は、いわゆるヒト、モノ、カネの類です。技術力や製品開発力、配荷や露出のための営業力、需要に対応する生産管理能力なども同じです。デザイン力や、メディアのバイイングパワーなどもここに分類されます。複数部門で「資源探し」会議をすれば、すぐに出てくる要素はこの枠に入ります。
「組織外の資源」は、社外の協力者やステークホルダーが提供してくれます。「一見して分かる資源」でありそうなものは、各種代理店、メディア媒体社や雑誌の編集者、インフルエンサーやオピニオンリーダー、流通業者、原材料の納入業者や委託工場などのアウトソース先などが挙げられます。これらも複数部門で議論すれば、比較的簡単に見出せるでしょう。
このように資源を把握した上で戦略を立てると、有限の資源を無駄なく使えます。冷蔵庫に何が入っているのか把握していれば、食材を無駄なく使えるのと同じです。どの資源を戦略の中心に据えるのか意識的に決定できますから、ほかの資源との連携もしやすくなるでしょう。実務では資源を明確にしないまま戦略立案の議論をすることもありますが、戦力・資源が不足しているときこそ総量を把握し、全資源をうまく動員したいものです。
隠れ資源は競争優位をもたらす
「一見して分かる資源」しか認識できなくても、ないよりは全然マシですが、十分な競争力は発揮できないかもしれません。大きな新製品導入を失敗した後の回復策などでは、供給される資源は劇的に小さくなるものです。優れた戦略は、戦力が不十分なときにこそ威力を発揮しますが、資源の総量は財務諸表上など目に見える状態のものばかりではありません。優れた戦略家は「一見して分かる資源」以上の資源、つまり「一見しただけでは分かりにくい資源」を見出します。これは強さの秘訣です。
ジャッキー・チェンというアクションスターがいます。多くの映画に主演し、自ら監督もされています。彼は闘うときに手近なモノを次々と武器として使います。椅子、ドア、脚立、箸など、映画の中の彼にとっては全部武器です。だから、彼はいつも多めに資源を持っています。もちろん、そこにある椅子を使うのであって、わざわざ椅子を取りに行って時間コストを使ったりしません。臨機応変に、コストをかけずに入手可能な資源を最大限に活用して窮地を逃れます。この「一見しただけでは分かりにくい資源」を「隠れ資源」と呼ぶことにしましょう。
内部および外部の隠れ資源
先ほどの資源リストに「あれもこれも、入ってないじゃないか」とお気付きの方は、ジャッキー・チェンのように隠れ資源を見つけるスキルをお持ちです。「組織内」でいえば、例えばブランド・エクイティ。これは消費者との共有資産だとお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、それでもブランドマネジャーが主体的な管理をすべき資源です。失敗を含む知識や経験値も、貴重な資源です。どのような経験や知識が競争優位をもたらす資源になりそうか、レビューしてみると思わぬ発見があるかもしれません。場合によっては高い利益率、なども資源と解釈できます。多少のリスクを踏んで実験的なプランを施行してもペイアウトしやすいので、行動の自由度を高める資源だと解釈できます。時間も目で見えにくい資源です。我々がいつも急いでいるのは、時間という資源を競合と共有しているからです。
「組織外」ではどうでしょう。ロイヤルユーザーは、強力な資源になります。デジタルの力で消費者一人ひとりの発信力が強化されているので、さらに重要になりました。手練れのデジタルエージェンシーはロイヤルユーザーの力を最大化する方法をいくつも知っていることでしょう。競合の活動も重要な資源です。相手の力をうまく使えるようになると、競争を有利に進められる可能性が高まります。製品カテゴリーによってはネットワークやプラットフォームの影響も隠れ資源として重要なことがあります。ネットワークやプラットフォームの力を使って関係他社とうまく協働したマイクロソフトと、完全自社管理にこだわった初期のアップルの違いは、ネットワークを外的資源として活用しようとしたか否かの違い、と言ってもいいかもしれません。
ティーバッグの隠れ資源
「内的な隠れ資源」の例として、ティーバッグのお話をしましょう。ティーバッグには古典的な封筒型と、ピラミッド型(実際は三角錐)と呼ばれるものがあります。ピラミッド型だと上部の空間で茶葉がよく動くので、味も香りも出やすいという特徴があります。だからマーケターは形状や、茶葉の動きを見せたくなりますが、それ以外にもいい資源が隠れています。
普通の封筒型はバッグとラベルをつなぐ糸をホチキスで止めてあります。対してピラミッド型では糸の固定にホチキスは使いません。これがピラミッド型の「隠れ資源」です。ホチキスがないので電子レンジを使える。紅茶をいれるのに電子レンジを使う人は稀ですし、その習慣を創出するのも大変ですが、電子レンジを使えばロイヤルミルクティーを簡単に作ることができます。
ミルクと水をミルクパンで温め、ティーバッグを入れてコトコト煮るロイヤルミルクティーは、寒い季節に人気です。でも、いささか手間です。ミルクパンを洗うのも面倒です。「面倒」の後ろには「手軽」というニーズが潜んでいるものですが、次のレシピで顕在化できました。マグカップに水とミルクを1:2、ピラミッド型ティーバッグ2個を入れ、ゆるくラップをかけて600Wで2分間チン、1分蒸らして出来上がり。これならオフィスでも美味しく作れます。ホチキスが付いていると電子レンジは使えませんから、ピラミッド型の独壇場です。
まとめ
戦略の要諦は「目的」を明確にし「資源」を見極めることです。特に「隠れ資源」です。うまく見つけられれば、目的達成の可能性が高まることでしょう。競合に対して特徴的な何かを見つけたら、それが隠れ資源になりそうな状況を考えてみましょう。ひょっとすると、それは「ホチキスの針」や「ジャッキー・チェンの椅子」になるかもしれません。
Written by 音部大輔
Image via Thinkstock / Getty Images