「 ゼロパーティデータ 」は、原点回帰か新しい未来か:復権する公共の価値観

本記事は、株式会社ニューバランス ジャパンでDTC&マーケティング ディレクターを務める鈴木健氏による寄稿コラムとなります。

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GDPRをはじめプライバシー保護の観点から個人情報に関する管理をデジタルマーケティング業界標準のなかに取り入れる潮流となった昨今から、デジタルメディアにおいて企業がどのようなデータを収集し活用しているかということを明らかにする必要に駆られるようになった。一方でいまだに多くの消費者はそのエコシステムからオプトアウトしたくても必要なリテラシーを十分に持たず、日常的に無意識のようにインターネットを通して利用しており、知らない間に自分の個人情報が第三者に活用されているかもしれない不安や懸念は拭えていない状況だ。

このようなデジタル空間を通して情報を得るというインターネットの利便性は、そもそも公共の福祉の観点からインターネット初期の技術者が主導で築き上げたオープンソースの価値観から生まれた。それがビジネス上の価値に引き上げたのが米中心のテクノロジー企業であり、同時に商業的利点を確保するために各企業が標準化争いをしてきたことが結果的に世界に対してテクノロジーの利便性の普及に貢献してきたことも事実である。

いまのインターネットのエコノミーを成立させてきた価値観は、このような公共性とビジネスがお互いに補完しあっていることで加速してきた。公共性によって新しい有益なオープンソースの基準が作られ、それをもとに各企業が自らのビジネス目的にそって新しい顧客に広げるという連鎖が、いまのデジタルマーケティングにもいえる。プライバシー保護は公共の福祉の価値観であり、守られるべき新しい基準である。そしてこの波が来ているということは、本来インターネットの技術が持っているべき価値観に原点回帰したともいえなくはない。つまり本来自由な個人同士が情報にオープンにアクセスできるという価値観であり、そこには許可なく第三者が介入して個人情報を収集してビジネスをすることは前提にしていないからである。

ゼロパーティデータ:「インテンションエコノミー」化しつつあるビジネス

プライバシー保護の観点と同時にあらわれてきたビジネスサイドからのアプローチは、「ゼロパーティデータ」である。そもそもネットの普及とあわせて拡大してきたアドテクノロジー企業は、クッキーを中心に収集するデバイス別のネット履歴をもとにした「サードパーティデータ」で進化してきた。サードパーティデータの優れている点は、インターネット利用可能な多くのデバイスが普及し、人々がネットを利用すればするほど、データが指数関数的に増えてビジネスに活用出来るデータのソースが多く得られた点であり、一方で大量なデジタル広告がウェブページを占め、一度アクセスしたページの商品の広告に追い回されるような事態が起こり得る。
 
それに対して「ゼロパーティデータ」とは、事業者と合意のうえで消費者側から提供されるデータであり、事業者側が管理し、活用するものである。当然ながら事業者である広告主側が、消費者からパーミッションを取ったうえでデータを収集し、管理活用するため、サードパーティに比べれば数の点で劣る反面、合意をもとにしているため、消費者側の意向に沿った情報を提供できるという利点がある。

「ゼロパーティデータ」とはその意味で、かつてドク・サールズが描いた消費者中心のビジネスエコシステム「インテンションエコノミー」に近い姿である。インテンションとは意図であり、顧客側が望む意図を直接ネットを通して提供者側に伝えることで、顧客を中心に提供者側との関係を管理する(Vendor Relationship Management)ことで顧客側の利便性を最大化するものである。

このような考えは、一見ビジネス中心の論理のように見えるが、サールズもそうであったとおり、根本的にはテクノロジーを公共の福祉のために活用するという価値観から生まれたものである。

プライバシー保護とインテンションを両立させる新ブラウザBrave

 
かつてインターネットの普及の歴史の一部に協力してきたエンジニアであるブレンダン・アイクが、この数年で推進してきた新しいブラウザのBrave(ブレイブ)は、そのような原点回帰の価値観と来るべき新しいエコシステムを目的として設計されている。

まず、Braveは公共の福祉の観点からプライバシー保護をするために、データを収集するトラッカーや広告をブロックし、このためウェブサイトの読み込みの速度が速くなり、結果的にウェブ利用者のサイト体験を向上する。また、この読み込みが速いことで、特にモバイルデバイスでのバッテリー消費を少なくする。しかも、プライベートタブを使えば、されにプライバシー保護をする仕組みも持つ。

Braveのオフィシャルな広告は、ブラウザ体験を邪魔しない形のテクストのみのカード形式で1時間に数回のみ表示される(この表示回数も変えてゼロにすることができる)。このような設計思想は、Braveブラウザによって純粋にインターネットを通したクリエイターやパブリッシャーから情報を得ることに重点をおいており、広告は最低限の仕組みになっているためである。

さらに興味深いのは、インターネットを通して広告主だけでなくそれを利用する消費者、そしてインターネットにコンテンツを提供するクリエイターとパブリッシャーの三者にとって有益なエコシステムを作るために、独自のカレンシーを自らのエコノミーとして取り込んでいる点である。

それはBAT(Basic Attention Token)であり、ブラウザ利用者がネットのコンテンツを通してパブリッシャーやクリエイターへ価値を還元する仕組みとなっている。これはまさに消費者側のアテンション(注目)をインテンション(意図)としてベンダー側に伝える仕組みになっている。このエコシステムによって、広告主は無駄なアドフラウドなしに効率的な広告投資ができるだけでなく、広告主がインターネットで広告を消費者に伝えることで、コンテンツを作るプレイヤーそれぞれに活用され、持続的により良いコンテンツが作られることを目指している。

Braveと似たような動きは、チーターデジタルが「ゼロパーティデータ」をかかげて、Waynというパーミッションを得たうえでゲームを遊べるサイトを買収したことで、同様の仕組みを展開しようとしている。今後は、プライバシー保護を推進しながらビジネスを展開するというバランスを取ることではなく、「公共の福祉」の価値観に原点回帰したうえで、新しい未来のテクノロジーによるエコシステムを作り上げる動きが盛んになってくると想像できる。テクノロジーによる新しい問題とその解決方法は、今回の公共の価値観のように、抑圧されたものの回帰としてこれからもやってくるだろう。

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Written by 鈴木健
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