アドテクの主力たるCookieの先への進化を急ぐなかで、関係者たちは事態がどこに向かっているのか漠然とは把握しているものの、その行き着くところについてはよくわかっていない。さまざまな代替案が提示されているものの、広告主はファーストパーティデータを保有することの重要性を認識しつつあるようだ。
広告のアイデンティティークライシスを解決することは、迷路を通り抜けることに似ているように思える。だが、その迷路の出口ではいったい何が待っているのだろうか? その答えを広告主たちは知らない。
アドテクの主力たるCookieの先への進化を急ぐなかで、彼らは事態がどこに向かっているのか漠然とは把握している。だが、その行き着くところについてはよくわかっていない。
「広告主たちは困難な局面に立たされている。IDレゾリューション(個々のデータポイントを認識・結合することで、そのユーザーの人物像をデバイスの垣根を越えて明確にすること)をめぐる議論のなかで、彼らは何が起こりつつあるのかについては把握している。だが、それがいつ、どのように展開するのかについてはよくわかっていない」と、広告・マーケティング業界の調査会社アドバタイザー・パーセプションズ(Advertiser Perceptions)でビジネスインテリジェンス部門のバイスプレジデントを務めるローレン・フィッシャー氏は話す。
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サードパーティCookieの次に来るものをめぐっては、これほど多くの疑問点があると、起こり得る結果を確信するのは難しい。
ハッシュ化されたメールが代替案?
Googleが独自に進めるサードパーティCookieの代替案(「プライバシーサンドボックス(Privacy Sandbox)」プロジェクトと総称されている)は現在、英国の政府機関コンペティション・アンド・マーケッツ・オーソリティ(Competition and Markets Authority)による調査を受けている。調査の目的は、この代替案が結局Googleに集まる広告費をさらに増やすための仕組みではないかを検証するためだ。
一般的に、Googleの損失はアドテク業界においてGoogle以外の利益になる。ところが、Googleの代替案とは道を違え、Cookieの代わりにハッシュ化されたメールを使用することを決めたアドテクベンダーにとって、未来の輪郭は不鮮明なままだ。この手段が実現すると、さまざまなWebサイトがユーザーにログインを求めて、彼らのハッシュ化されたメールをアドテクベンダーと共有するようになるかもしれない。いたってシンプルな話に聞こえるが、ひとつ問題がある。ハッシュ化されたメールの取得に関するユーザーへの同意モデルが、アドテク業界全体で構築されている巨大なネットワーク内のすべての企業に追跡されることに同意しているかのように思われるモデルに基づいている可能性があるからだ。
そう聞くと、Cookieの仕組みはよく似ているように思える。たしかに、ハッシュ化されたメールは技術的に個人を特定できる情報ではない。しかし、もしそれがCookieの代わりに使われれば、企業は、それが共有されることにはっきりとは同意していないユーザーの情報にアクセスできることになる。
もしブラウザ側がハッシュ化されたメールという手法に同意すれば、代替手段としての寿命も多少は伸びるかもしれない。GoogleもAppleも、その情報が個人を特定できようができまいが、ユーザーの同意なしにそうした情報がアドテクベンダーのサプライチェーンへ漏洩することを食い止めようと努力し、その試みを明確に示してきた。だが、いまのところ、ChromeもSafariもその具体的な成果については多くを語っていない。
しかも、それは問題の表面をただなでているにすぎない。たとえ両社がハッシュ化されたメールを受け入れようとも、同意管理のための堅牢なフレームワークが整備されないかぎり、ヨーロッパの規制当局がそれを受け入れることはないだろう。課題はハッシュ化されたメールを入手することではない。そのなかのIDと同意に関する正しい情報が、プライバシーに準拠した形で複雑に絡まり合うアドテクのサプライチェーンをシームレスに通過できるようにすることなのだ。管理する側にとっては、まるで悪夢のような話だ。
Cookie廃止は明らかな未来だが
いまは、あまりにも多くのことが宙に浮いたままになっている。そんななかで、広告主たちは今わかっていることのみ──来年のどこかの時点で、ChromeのCookieが予定どおりに廃止されるということだ──に目を向けている。業界がこのデッドラインにどう対処してきたのかについて、広告主側がどう考えているにせよ、彼らは徐々に、従来であればCookieから得られるサードパーティデータを欠くなか、その答え(少なくともその一部)はファーストパーティデータを自社で所有することにあるという考えに目覚めつつある。
「現在の最優先事項に『Cookieレスな未来』を据えていないパブリッシャーやマーケターを、私は知らない」と、データマーケティング企業のマークル(Merkle)でコーポレート部門のCSOを務めるジョン・リーは語る。同氏は現在、マークルのIDレゾリューションプラットフォーム、マーキュリー(Merkury)のプレジデントも務めている。「次々に起こる変化は、仮想から現実へと姿を変えてきた。マーケターたちはいま、Cookieを用いないさまざまなIDテクノロジーをテストする計画を固めつつある」。
そうはいうものの、広告主たちは勝手知ったるGoogleを使い続けることに満足してきた。
アドバタイザー・パーセプションズが302人のマーケターとエージェンシー幹部を対象におこなった調査から、広告バイヤーの10人中6人(全体の64%に相当)が、過去12カ月のどこかの時点で、IDレゾリューションにGoogleを使っていることがわかった。とはいえ、Googleの籠にすべての卵を盛らないほうがいいことぐらいは、マーケターたちもわかっている。
広告主の大半は、ひとつのIDがすべてを支配することにはならないことを理解している。だから彼らは、自社のデータに基づくIDグラフの作成や、パブリッシャーから提供されるデータへの注目など、さまざまな企業のさまざまなソリューションを試してみることにオープンな姿勢を示している。ひとつのテクノロジーにすべてを託すわけにはいかないのだ。
こうした「試行錯誤」の利点は、イノベーションが絶えず起こり続けることだ。したがって、広告主が選択肢に事欠くことはない。アドバタイザー・パーセプションズの調査によれば、広告主とエージェンシーは常に4社以上のIDパートナーと協働しており、その3分の1が別の選択肢への移行にオープンであるという。一方、こうしたさまざまなイノベーションの欠点は、現在のような複雑な状況下を進んでいくには、しばしば困難と高いコストが伴うということだ。
信頼できるパートナーを見出す
「サードパーティCookieに代わる確かな手段を提供してくれるソリューションの数は限られている」と、ピュブリシスグループ(Publicis Groupe)が所有するデータプラットフォーム、エプシロン(Epsilon)で最高アナリティクス責任者を務めるロック・ローズ氏は話す。
となると、広告主が最低限やらなければならないのは、ID分野で信頼できる確かなパートナーを見つけることであっても、驚くには値しない。
「この5カ月間で、過去3年分に匹敵する関心が当社に寄せられている」と、カスタマーデータプラットフォーム、アクションIQ(ActionIQ)のCEO、タッソ・アージャイロス氏は語る。「その理由は、ブランドサイドとパブリッシャーサイドの両陣営が、レガシーやプライバシーをめぐる理由からサードパーティデータがその価値を失いつつあることによって、ファーストパーティデータについて真剣に考えるようになっているからだ」。
アクションIQのようなカスタマーデータプラットフォームは独自のポジションを築き、このトレンドから恩恵を受けている。これらのプラットフォームがつくられたのは、企業の顧客に関する大量のデータを、パーソナライズド広告の基盤として使用する詳細なイメージへと統合するためだった。これらのアドテク企業はいまや、データマネージメントプラットフォームなどのサードパーティデータ専門企業に代わる存在になりつつある。
ファーストパーティデータは、単体では一定の価値しか持たない。つまりそれは、パブリッシャーや電話会社などの企業からのデータと、プライバシーを侵害しないやり方とを組み合わせることが必要なのだ。
「データクリーンルーム」が鍵に
そこで登場するのが、データクリーンルームだ。広告主やパブリッシャー、テック企業は、このソリューションを用いることで、自社の匿名化されたデータをひとつの安全なプラットフォームにまとめ、顧客データとキャンペーンデータをマッチさせることによって、クロスメディア測定に対応できると売り込まれている。英国のリテール/コマーシャルバンクであるTSBは、膨大なファーストパーティデータを所有している。そんなTSBのような広告主でさえ、データが不足すれば、それを十二分に活用することはできなくなる。
「データの使い方とその保護が、かつてないほど重要になっている。だからこそ、未来のモデルにフォーカスする、信頼できるパートナーと力を合わせることが成否のカギを握っている」と、TSBの元CMO、ピート・マーキー氏は話す。
同氏はその一例として、アドテクベンダーのインフォサム(Infosum)が提供するデータクリーンルームの利用をTSBが決定したことを引き合いに出した。データ間のパイプの機能を果たすこのクリーンルームで、TSBは今後、自社のデータとラジオ放送局グローバル(Global)のデータを組み合わせ、プログラマティックとデジタルOOHインベントリーのオーディエンスを特定する。この取引を仲介したのは、TSB傘下のエージェンシー、セブンスターズ(the7stars)だ。
「このような方向に舵を切るマーケティングが増えている。広告主たちはいま、メディアオーナーから入手した似通ったオーディエンスのデータとファーストパーティデータを併用して、オーディエンスにリーチしようとしている」と、マーキー氏は語った。
SEB JOSEPH(翻訳:ガリレオ、編集:分島 翔平)