小売企業のWebサイト支援サービスを提供するShopify(ショッピファイ)は、コロナ禍のなか急速な成長を続けている。同社の時価総額は今年に入ってから実に148%伸長。現在、同社は異例ともいえるテレビ業界への参入を目論んでいる。
小売企業のWebサイト支援サービスを提供するShopify(ショッピファイ)は、コロナ禍のなか急速な成長を続けている。同社の時価総額は今年に入ってから実に148%も伸長。現在、同社は異例ともいえるテレビ業界への参入を目論んでいる。
同社のコンテンツ制作を行っているShopify Studios(ショッピファイスタジオ)は、8月18日から初のテレビ番組『アイ・クイット(I Quit)』をディスカバリーチャンネルで放送開始。同番組は仕事を辞め、起業した人たちを追った全8話のリアリティ番組だ。同番組には同社COOのハーレー・フィンケルシュタイン氏がメンターのひとりとして出演するものの、基本的にShopifyのマーケティングや宣伝は行われない。実際、テレビやオンライン動画の制作に長年携わり、2019年9月からShopify Studiosの責任者として活躍しているサラ・ノース氏は、同番組で「ブランディングは一切行わない」と明言している。
2019年1月に立ち上げられたShopify Studiosは、テレビや動画配信プラットフォームに向けた、リアリティ番組や映画の制作開発を手掛けている。ノース氏は、今回の長編ドキュメンタリーに、Shopifyのクライアントとなるブランドや利用客などが登場することはないと述べている。Shopify Studiosは、COOであるフィンケルシュタイン氏直属の組織で、マーケティング部門とは無関係に運用されている。このことからもShopify Studiosのマーケティング色の薄さが見て取れるだろう。
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ノース氏は「Shopify Studiosは、映画やテレビコンテンツの制作に関する総合的なサービスを中核とする組織だ」と述べている。Shopify Studiosは、こういったコンテンツプロジェクトの立ち上げから制作、エージェンシーへの販売、オンエアに至る一連の業務を手掛けている。
起業家精神をテーマに
『アイ・クイット』をはじめとする番組や映画を配信することで、D2C業界を牽引するShopifyに注目が集まる。それが最終的には急成長を続ける同社のコアであるECビジネスの成長にも寄与するというのが同社の考えだ。
2019年4月に実施されたShopifyの決算説明会のなかで、CEOのトビアス・リュトケ氏は同社の事業全般に対するShopify Studiosのメリットは、「事業立ち上げのプロセスに対する理解を促進し、起業の決断を後押しすることにある」と述べている。Shopify StudiosのROIについて同氏は「結果を出すのは容易ではない」と認めつつも「測定しやすいからという理由で、短期の利益だけを追求するのは誤りだ」と述べている。
また、Shopify Studiosの制作パートナーである、エンターテインメント制作会社のバニムマレー・プロダクションズ(Bunim-Murray Productions)の共同創業者、ジョン・マレー氏も「Shopifyは、『自分たちを取り上げてほしくない』とはっきりいっている」と語る。
Shopifyは広告主のCMになるような番組制作ではなく、一般的な範囲での出資を行いながら、同社の得意領域でもある起業についての情報を活かし、起業家精神をテーマとした番組作りを目指しているようだ。「お互いに敬意を払いながら、このプロジェクトに何をもたらせるかを共に追求できている。非常に理想的な環境だ」とマレー氏は語る。
「素晴らしいコンテンツを作りたい」
Shopify Studiosと『アイ・クイット』を共同制作しているスポークスタジオ(Spoke Studios)の親会社、ホイールハウス・エンターテイメント(Wheelhouse Entertainment)で、最高戦略責任者を務めるエド・シンプソン氏は、テレビ業界への参入を検討している多くの企業から、メールや問い合わせが来ていると語る。そんな同氏だが、正式ローンチ前のShopify Studiosからプロジェクトについて連絡を受けたときは少々懐疑的だったという。その後、シンプソン氏は詳しく説明を受けた。
「最初にいわれたのは、『素晴らしいコンテンツを作りたい』という話だった。そこで『分かった。それで何回くらいShopifyのブランドを取り上げれば良い?』と尋ねたのだが、『いや、そういうことではない。私たちは素晴らしいコンテンツを作りたいのだ。ブランド名が何回登場するかはどうでも良い』といわれた」と、シンプソン氏は振り返る。
ShopifyはShopify Studiosのメンバーとして、責任者を務める前出のノース氏のような、テレビや映画制作に携わってきた人材を雇い入れている。たとえば、ブランドコンテンツ業務を行いながら、アカデミー受賞監督のピーター・ジャクソン氏が脚本の映画『移動都市/モータル・エンジン』の協力プロデューサーを務め、ハリウッドのタレント事務所ICMパートナーズに所属していたパム・シルバースタイン氏もそのひとりだ。
現在、シルバースタイン氏はShopify Studiosの映画および、テレビ担当エグゼクティブプロデューサーを務めている。同氏はShopifyからの勧誘は制作会社に向けた営業のようだったと振り返る。「Shopifyから気前の良い小切手や株式を受け取ったわけでもない。ただ何回か会って、ただShopify Studiosの価値についての話をされただけだ」。
Shopify Studiosの立ち位置
Shopify StudiosはShopifyからの支援を受けており、組織的には同社に属しているのだが、独立した制作会社として運営されている。たとえばShopify Studiosは、制作会社が番組の財務部門に提供するようなキャッシュフローやコストに関するレポートを制作し、Shopifyの財務部門に定期的に報告を行っている。
「Shopifyは私を信頼してくれているが、だからこそ予算の使い道やどういったシーンを撮影するのか、撮り直しは必要か、キャストを増やすか、といった決定について報告する必要がある」とシルバースタイン氏は語る。
また、番組制作におけるShopify Studiosの立ち位置は、初期におけるアイデアのブレインストーミングから制作中のアドバイスまで、製作会社との共同プロデューサーに近いものとなっている。前出のShopify Studiosの制作パートナー、バニムマレー・プロダクションズのマレー氏によれば「シルバースタイン氏は現場にも足を運ぶし、彼女のチームとは毎週電話で連絡をとっている」とのことだ。加えて前出のホイールハウス・エンターテイメントのシンプソン氏も「Shopifyは、私やほかのエグゼクティブプロデューサーと同じくらい番組制作に関わっている。もちろん良い意味での関与だ」と語る。
ほど良い距離感
さらに、Shopifyは制作パートナーに任せたほうが良い業務についてもしっかりと把握しているようだ。たとえば、Shopify Studiosは『アイ・クイット』について、テレビ局や動画配信サービスのバイヤーから疑問の目で見られる可能性があった。そこで同スタジオは、一本槍の営業にならないよう注意を払ったという。
「テレビ局とは何10年もの付き合いがあったため、それを活かしてスムーズに交渉に入れた。スタジオ部門を立ち上げたばかりのShopifyだけで営業するよりも、その方が歓迎されやすい」とシンプソン氏は振り返る。
とはいえ、Shopify Studiosが番組制作に独自の方法で参加できた例もある。『アイ・クイット』は、仕事を辞めて起業するといういまのアメリカのトレンドを映し出すようなオープニングを目指した。そこでShopify Studiosは、同社のデータサイエンティストに対し、こうした起業にまつわる数字の調査を依頼し、番組のオープニングに反映させた。シルバースタイン氏は、「このオープニングに関するディレクションは、クリエイティブサイトとしても非常に役立った」と語っている。
[原文:I want my DTC TV Shopify debuts reality TV show]
TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)