ストーリーテリング は いかに始め、いかに終えるべきか?

本記事は、株式会社ニューバランス ジャパンでDTC&マーケティング ディレクターを務める鈴木健氏による寄稿コラムとなります。

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「昔々あるところに…」。昔話やフェアリーテールのはじまり方は、いつも同じだ。いまどき、そんな物語、誰もしていない? いいや、どの企業のサイトにも創業物語が書いてあるはず。それは、そんな昔話と同じで、たいてい「我々は19●●年に創業し…」のような形に決まっている。『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン・コールフィールドなら絶対に、「そんなデヴィッド・コパフィールド式の話(ラスベガスのマジシャンでなく、英作家ディケンズの小説の主人公のほう)聞きたくない!」というだろうし、ブランドのお客様もきっと同じだ。

自分のことに当てはめて考えればいい。はじめて会って握手をした相手が、いきなり自分が生まれたときの話をしはじめたら、誰だって引くだろう。物語は相手があって語られるものだ。そして、往々にして、自分語りをする奴ほど相手の話を聞いていない。ブランドも同じである。そして、物語とは、まず相手の話を聞くことからはじまるはずだ。だから、良いストーリーの語り手は、まず顧客である。

マーケティングは物語を語ることと、よく言われるが、その物語は企業に勤めるマーケターからはじまるわけではない。それはお客様である顧客からはじまる。したがって、その物語は、ときを選ばす、企業の都合を考えず、一種類ではなく多様で、ときに意味のある相談や会話を意味する。

そして物語とは、スクラッチやゼロからはじまらない。生まれたときから物語がはじまらないように。それは、まるで動いているエスカレーターや動く歩道に飛び乗るようなものだ。なぜなら、人や世界は、たいていの場合、ブランドが生まれる前から存在して、人々の生活や歴史はすでにはじまって動いているものだから。そのように動いている状況のなかで、物語はすでにはじまっている。問題はどこから飛び乗るかだ。

顧客を理解しないと語れない

人の人生にはいろいろな目的がある。もしかしたら、目的自体を後から考える場合もあるかもしれないが、とにかく習慣的に人は常に行動している。その行動の合間に、ときに直感的に判断し、ときに時間をかけて、考えて行動する。顧客の物語とは、その一部を切り取ったものである。

スポーツは多くの人にとっては余暇活動の一部か、娯楽の対象である。もちろんプロ選手や競技者にとっては仕事だったりすることもある。だが、スポーツについて四六時中考えている人は少ない。そしてスポーツはそのときどきによって、重要度が上がったり下がったりする。ただひとつ言えるのは、スポーツとは生活の一部でしかないことだ。

ニューバランスはシューズやウェアなどのスポーツ用品を作るメーカーだから、多くの場合、マーケティング目的はニューバランスの商品を買ってもらうことだ。だが、そのシューズを買うお客様にとって、それは目的ではない。売る立場と買う立場という意味ではなく、商品を手に入れることが目的ではないからだ。その商品を求める人は多くの場合、そのシューズやウェアを使ってスポーツをすることが目的なのである。

このような目的を理解していないと、スポーツ用品を作るマーケターと、お金を払って買う消費者との会話が成立しない。たいていの場合、生活のなかにおいて一部でしかないスポーツについて、またそのスポーツのなかでも道具でしかない用品に、いったいどのような技術が使われていて、どのような特徴があるか、のような話を延々と語ることになる。ご想像の通り、それは一方通行であり、しかも相手の関心の一部でしかない。だが、大幅に時間をかけて語ることになる。

ランナーたち一人ひとりの物語

では、顧客にとって意味のある物語、それもそのストーリーはどうあるべきか。スポーツにおいて顧客から物語がはじまるとすれば、その主役の物語はそのスポーツに参加している人の数だけある。

ニューバランスで協賛している湘南国際マラソンでは、2014年に約1万人の参加者が出走した記録登録のために、シューズに着けるRFIDタグとソーシャルメディアを連携させた。それぞれのランナーにおける10㎞、20㎞、30㎞、ゴールの走行タイムがタイムライン上へリアルタイムで自動的に投稿されることで、その場にいない友人でも応援メッセージを送ることができる「ソーシャルマラソン」(電通)という仕組みだ。

この施策では、30㎞地点のランナーが走っている姿とフィニッシュラインのシーンを録画し、走行タイムの記録とあわせて、ソーシャルマラソンに参加したランナーたち一人ひとりに個人の湘南マラソン体験動画を提供した。その動画は、ふたつとして同じものはない、ランナーの物語である。

この施策は、ニューバランスを履いて参加したランナーのためだけではなかった。もしそうだとしても、明らかに購入前ではなく購入後の顧客の行動のためのものである。しかし、確実にランニング用品を買った人が求める目的に合ったものであった。実施後のサンプル調査によると、ニューバランスの購入意向は非常に高いものを示し、しかも、翌年の同大会の使用率も上昇した。

ブランドの物語はどう終わるか

湘南国際マラソンにおいて、顧客の物語にニューバランスが果たした役割はなんだろうか。

動画を提供し、ソーシャルメディアと連携したのは、あくまで手段である。もちろんニューバランスのシューズもそのような道具に過ぎない。しかし、顧客であるランナーが完走したい、記録を出したい、思い出を作りたいという目的を果たすうえで、確実にその役に立つ道具である。そして、その目的を達成することに困難がある場合、顧客を助ける役割であればあるほど、ブランドにとっても物語が有意義なものになる。顧客が目的を達成してはじめて、そのブランドの物語が終わるのだ。

ということは、それがもし失敗したとしたら、どうなるだろう。それは、ブランドもそのような物語の一部になるということだ。最悪の場合は、ブランドのために失敗したと考えるかもしれない。だが、そのような苦難をともに過ごすことは、多くの顧客にとっては、感情を伴う経験として、多くの思い入れが残ることでもある。そうだとすれば、次回また挑戦する仲間として選ばれる可能性もあるのだ。

カスタマージャーニーに基づく関係

もちろん、ニューバランスのシューズやウェアを買う顧客は、マラソンを完走することだけが目的ではない。ある人は子どもの幼稚園の運動会のために買い、ある人は最近通いはじめたヨガスタジオのために買うかもしれない。そう考えると、ブランドはなるべく多くの顧客の物語をとらえることが必要であり、強いブランドはこのような物語体験を多く持っている。そしてブランド側からすると、必ずしもブランドの商品はワンフィッツオールではないため、目的に合った正しい商品を選んでくれないと、顧客を裏切ることにもなる。

カスタマージャーニー(顧客の旅)を考えるのは、このような理由による。その目的やニーズが頭にある人は、どこで情報を得たり欲したりするだろうか。彼らはどんなときにどんな店舗やブランドを頭に浮かべるだろうか。

また、買ったあとにどのような場面や状況でその商品を使い、満足するだろうか。それらの旅のすべてが、ブランド物語の体験となる。その状況、文脈、タイミングに沿ってブランドは、最適なストーリーテリングが求められる。ニューバランスの陸上レーシングシューズHANZOは、湘南マラソンとは違い、陸上部の長距離種目で最後に勝つことを目指しながら、黙々と日々努力する高校生の物語である。ブランドは意識的に、顧客が求めている物語を成功に導くためのタッチポイントやアドバイスをする仕組みを持っている。ソーシャルメディアでの投稿やイベント、足形計測の開催は、単なる販促というよりも、そのような物語をサポートする一部なのだ。

広告から物語を伝えることへの変化といわれるが、それは単にYouTubeで動画を流すことではない。物語とは顧客がどこから、彼らのストーリーをはじめるか、そしてその目的への旅に、どうブランドが寄り添っていくか、そしてその旅を満足するものにするための手助けをする、すべての体験に関わるということなのである。

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Written by 鈴木健
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