この20年間、アンダーアーマーは脅威の成長を見せ、20%超の成長が26四半期も続いている。2016年の第三四半期は売上が22%伸び、15億ドル(約1700億円)にまで到達。このまま行けば2018年度の収益目標75億ドル(約8700億円)も到達の見通しだ。その背景には、競合に勝つための大胆なデジタル投資があった。
アンダーアーマー(Under Armour)の本社は、メリーランド州ボルチモアを流れるパタプスコ川の終着地、インナーハーバーを見下ろしながらそびえ立っている。赤レンガの建物はかつてP&Gの工場だった。
現在では、そのなかに複数のオフィス、最新の研究室、そして巨大なジムなどが収まっている。「謙虚でハングリーなカフェ」(Humble & Hungry Cafe)もそんな設備のひとつ。その名は、CEOのケビン・プランク氏の言葉に由来し、会社のコアを表している。
この20年間に、アンダーアーマーは脅威の成長を見せた。その要因として、成功に対する貪欲な「ハングリー精神」が挙げられる。スポーツアパレル市場を常にかき乱してきた同社は、なんと20%超の成長が26四半期も連続で続いている。2016年第三四半期の売上は22%も伸び、15億ドル(約1700億円)にまで達した。このペースでいけば、プランク氏によると、2018年度の収益目標である75億ドル(約8700億円)も達成できる見通しだという。
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ナイキやアディダスといったグローバル市場における巨大ブランドにとっても、驚きの競合が現れた形となった。特に新しいプロダクトカテゴリーへの投資を継続的に行うことで、アンダーアーマーは競争力を身に着けてきた。彼らはマーケティングと、1億9000万ユーザーという世界最大のフィットネスコミュニティ、コネクテッド・フィットネス(Connected Fitness)において、常に挑戦を続けてきている。
新規投資に伴う成長痛
しかし、成長には常に痛みが伴うものだ。アンダーアーマーは海外ロケーション、新しいプロダクトカテゴリー、そしてコネクテッドフィットネスに目標を定めると同時に、逆風にも迎えられている。
収益は確かに伸びている。しかし売上総利益は2016年の第三四半期に48.8%にまで落ちた。前年は49.6%であった。アンダーアーマーのエグゼクティブが今後2年間、セールスの伸びはスローダウンするだろうと述べたあと、株価は13%も落ちてしまった。そして2016年の10月、アディダスはアンダーアーマーを抜いて、アメリカで2番目に大きいスポーツブランドとして返り咲いた。
もしかしたらアンダーアーマーは、見えないところで焦っているのかもしれない。しかし、その様子は外にいる我々には見えない。
「(アンダーアーマーは)業界で一番大きな存在になったことはない。そのため、いつもちょっと違ったことをしないといけなかった。我々はいつも決まったやり方で300億ドル(約3兆円規模)のサプライチェーンの運営をすることはない。それが有利になることがある」と、イノベーション部門のプレジデントであるケビン・ヘイリー氏は語った。
盛んなデジタルアプローチ
アンダーアーマーの公式なミッションは「すべてのアスリートを向上させる」だ。長いあいだこの言葉は、性能の良いスポーツ製品とアパレルを作る、という文脈で理解されてきた。しかし、ここ数年は違った意味合いをもってきている。
2013年以降、自社開発のアプリ以外にも3つのフィットネスとダイエット管理の人気アプリに10億ドル(約1160億円)近く投資してきた。マップ・マイ・フィットネス(MapMyFitness)とマイフィットネス・パル(MyFitnessPal)そしてコペンハーゲン発のエンドモンド(Endomondo)がそれだ。これらをつなげて世界最大のデジタルフィットネスコミュニティを築き上げた。そのユーザー数はなんと1億9000万人にも上る。
2016年、アンダーアーマーはヘルスボックス(Healthbox)という新しいサブブランドの下、ウェアラブルテクノロジーにも参入した。JBLとのコラボレーションでふたつのワイヤレスヘッドホンモデルを発表、ほかにもスマートシューズとスマート体重計を発表し、フィットビット(Fitbit)やAppleと直接の競合となった。
デジタルコミュニティ、そして、そこから生まれるデータを、商品開発から販売、そしてマーケティングまで、大々的に活用するのが狙いだ。これによって、ただ消費者とつながるだけでなく、アプリのユーザーたちがフィットネスの目標を達成する際に自然な流れでブランドを登場させることができる。それがプロダクト売上のさらなる向上につながる。
たとえば、アンダーアーマー・ショップアプリは昨年夏にローンチした。このアプリは、ほかのアプリからのアクティビティデータを利用して、個別にプロダクトを薦めてくれる。欲しい物が見つかれば、その場で直接購入もできる。
「戦略的な面からいうと、私たちが75億ドル(前述の2018年度の収益目標)に到達するためには、ただ消費者が流す汗となるだけでは足りないのだ。性能における信頼は獲得できている。しかし、狙いは消費者の生活に24時間食い込むことだ。それはコネクテッドフィットネス(アプリ)などの手段を通じて行われる」とグローバル・ブランド・マネージメントのシニア・バイス・プレジデントであるエイドリアン・ロフトン氏。
イノベーションの先駆者として
プロダクトのイノベーションと製造プロセスの刷新も同時に薦められている。ボルティモアのポート・コビントン地域にあるデザインと製造研究施設は、14万平方フィートの広さがある。この施設は灯台と呼ばれており、自社のイノベーションのハブとして機能している。そこではデザイナー、ディベロッパー、そしてエンジニアたちがハイテク機械をいじりながら、新しいコンセプトを開発し、製造プロセスをより効率的により早くする方法を探っている。そこから次世代のアスリートのためのプロダクトが生まれるのだ。
たとえば、一瞬で裁断を行う、レクトラと呼ばれるレーザーカッターがある。無駄な廃棄を最小限に留めるような方法で、生地を裁断することができる。また彼らの3Dプリンターはパウダー状の素材からスニーカーを24時間以内に構築することができる。実験に対するこのコミットメントが、プロダクトイノベーションのパイオニアとしての現在の立ち位置を作り上げたのだ。2016年7月に発表されたアンダーアーマー・アーキテックをもって、世界ではじめて市場に送り出された3Dシューズは、好例である。
「もしも2歩遅れて進んでいたら、もしくはほかのブランドと同じやり方でやっていたら、ライバルを追い抜くことはできない。ジグザグの道を、ほかの皆がある法則に従って進んでいるのであれば、我々はそれとは違った道筋で進む勇気をもっている」と、ヘイリー氏はいう。
ブランドコンサルのヴィヴァルディ・パートナーズ(Vivaldi Partners)CEOであるエリック・ヨアヒムスターラー氏によると、アンダーアーマーによる一連のデジタル投資はアンダーアーマーにとって非常に大きなものであるが、その成果は見られていないという。コネクテッドフィットネスビジネスは、アンダーアーマーの2015年収益39億ドル(約4500億円)のうち1.3%程度しか占めていないというのだ。
「どうも失敗へと向かっているように思える。私が予想していたような成果は現れていない」と、ヨアヒムスターラー氏は指摘する。
挑戦者のマーケティング
ナイキやアディダスといった巨大な企業に規模で負けている分をブランドのリーチ力で補っている。アンダーアーマーは1996年にワシントン D.C.にあるプランク氏の祖母の家の地下ではじまった。そこからの急成長は目覚ましいが、ブランドの「勝ち目が薄くとも挑戦に挑む者」というコア理念は保たれてきた。
この理念は2014年に好評を得たキャンペーン「I will what I want(私が欲しいものを、私は意志で獲得する)」で体現されている。このキャンペーンではバレリーナのミスティ・コープランド氏といった有名な女性たちが不屈の決意でもって果敢に挑戦する姿を描いた。それと同時にアンダーアーマー自身も型破りなデジタル分野の開拓を進めていった。
昨年4月、アンダーアーマーと、そのエージェンシーのドローガ5(Droga5)は、ゴールデンステート・ウォリアーのスティーブン・カリー選手を起用。遠くからのシュートが得意なカリー選手がプレイオフでスリーポイントを決めるたびに、新しい3秒広告をTwitterで公開した。そして、同社は昨年9月、Snapchat(スナップチャット)の「ディスカバー(Discover)」内の広告をモバイルゲームへと変えた。プレイヤーはNFLのキャム・ニュートン選手をコントロールして、指でスワイプしながら障害物を避けるというものだった。
「デジタルによってマーケティングにどうアプローチするか、考え直すことを強いられた。それはクリエイティブの視点からもデリバリーの視点からもだ。それぞれのケースで私たちは消費者インサイトを始点として、ユニークな体験を作り出そうと試みた。それが伝統的な広告と同じになってしまわないように気をつけた」と、グローバル消費者エンゲージメント部門のバイス・プレジデントであるジム・モリーカ氏はいう。
アンダーアーマーにとって2016年最大の勝利は、リオ・オリンピックにおけるキャンペーンだろう。彼らのキャンペーンは競合他社を出し抜き、何百万ドルも出して公式スポンサーにならずとも、オリンピックを利用できることを証明した。
この「Rule Yourself(自分を支配しろ)」キャンペーンでは、マイケル・フェルプス選手をはじめとする有名選手が登場。それはオリンピックの知的財産を含んではいけないというルール40の規制にきちんと準じていたうえで、2016年オリンピック広告のうち2番目にもっともシェアされた広告だった。そこでは彼らのソーシャルメディア上での技量も発揮された。絵文字を巧みに使うことでルール40を破ることなくフェルプス選手の勝利を祝ったのだった。
企業の意義を保つために
とはいえ、まったく挫折がなかったわけではない、またここで現状に満足してしまうという罠も存在している。しかし、モリーカ氏はそれを十分承知している。
「イノベーティブなプロダクト、最新のキャンペーンを通じて、私たちのビジョンがテクノロジーに追いつくのではなく、テクノロジーが私たちのビジョンに追いつくこと、それが目標だ。そうすることで会社の意義が保たれ、世界中のアスリートに力を与えるという我々のミッションを達成するのだ」。
NPDグループのスポーツ産業アナリストであるマット・パウエル氏は、アンダーアーマーが順調な道のりを辿っていると分析する。バスケットボールやアンダーアーマー・スポーツウェアといった新しいカテゴリーへ特に集中する戦略は的を射ているという。アンダーアーマー・スポーツウェアはこの夏に発表された、運動とレジャーの融合を目指したラインとなっている。
「今日の消費者は常に新しく新鮮なプロダクトを要求する。アンダーアーマーはいつもその要求に応えてきた。業界のライバルよりも早いペースで今後も成長し続ける」と、パウエル氏は語った。
Tanya Dua(原文 / 訳:塚本 紺)