マーケティング業界にはこんな通説がある。不況時でも広告を出しておくことで、不況を抜けたときに会社はより強くなる、というのだ。しかし、今回の危機は並のものではない。ただ、業界全体が停滞しているところもあれば、好況な産業もある。そこで米DIGIDAYは、広告支出世界上位10社の最新決算発表を分析し、調査してみた。
マーケティング業界にはこんな通説がある。不況時でも広告を出しておくことで、不況を抜けたときに会社はより強くなる、というのだ。
しかし、今回の危機は並のものではない。ただ、業界全体が停滞しているところもあれば、好況な産業もある。たとえば、消費財大手のP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)などは、日用品を買い置きしておく家庭が増えて、売上が伸びていることもあり、マーケティング支出を増やしているという。一方、コカ・コーラ(Coca-Cola)などは、広告予算を大幅に削減している。家庭外、すなわちコンサートやスポーツ観戦の会場、コンビニなどでの売上が減少しているためだ。
そこで米DIGIDAYは、広告支出世界上位10社(RECMAの2018年度データを使用)が発表した最新の決算発表を分析し、各社がこの新型コロナ危機に合わせてマーケティング戦略をどう変化させているのかを調査した。
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1. P&G : 広告支出を増やし、ブランドの良さを消費者に訴え続ける方針
消費財メーカー世界最大手で、広告主としても最大手であるP&Gは、人々がスーパーやオンラインストアに殺到し、洗濯洗剤のタイド(Tide)やトイレットペーパーのチャーミン(Charmin)などを買い置きしていることもあり、この危機にあっても売上は好調だ。同社の既存事業売上高は第1四半期で7%増加しており、ここ10年でもっとも高い売上成長率を記録している。
「当社ブランドの使い心地の良さや、それが消費者のニーズをいかに満たしてきたかという点を再度アピールするという意味で、非常に良いチャンスであり、テレビ広告を放送中止するタイミングではない」と、同社CFOのジョン・モーラー氏は、第1四半期の決算報告で述べた。
P&Gは、第1四半期のマーケティング支出を約2%増加させている。
2. ユニリーバ : 広告予算は維持しつつも、ROIが高いメディアを選択
ユニリーバ(Unilever)の第1四半期売上高は、競合である消費財最大手P&Gとはすこし様相が違っている。アナリストは2.1%の成長を予測していたが、実際は横ばいに終わっているのだ。トイレタリーのダブ(Dove)、メンズ向けケアブランドのアックス(AXE)、スープのクノール(Knorr)などは、まとめ買いの対象となった一方で、食品・アイスクリーム部門が打撃を受けたのが理由とみられる。また、同社の事業は多くが新興市場で展開されており、そうした地域では備蓄行動がそれほど広がらなかったのも一因だ。ユニリーバはパンデミックの程度や、影響が及ぶ期間の先行きが不透明だとして、本年度の成長率、利益率の見通しを撤回している。
広告に関しては、屋外広告の予算を別のところにシフトさせるなど、予算の再分配を行っているが、マーケティング投資の規模は維持していく予定だという。
ユニリーバCEOのアラン・ジョープ氏は第1四半期の決算報告で、進行中だった大規模な広告制作プロジェクトはすべて中止し、広告支出を見直して、広告費の安い媒体を活用して「ROI(費用対効果)の高い分野への投資を増やしていく」と述べている。
3. ロレアル : 短期的には広告費を削減しつつ、その先の売上回復に備える
ロレアル(L’Oréal)の第1四半期の売上高は4.8%減少した。これは各国のロックダウン(都市封鎖)中、同社製品の卸先である美容院や、その他小売店が休業を余儀なくされたためだ。好調だったのはスキンケア製品で、売上は13%の伸びをみせている。
メイベリン(Maybelline)などのブランドを抱える同社は、最大の市場である中国の傾向に触れ、ほかの市場でも美容関連製品の売上回復は確実だろうとしている。中国ではロックダウンが解除されつつあるなか、「すでに美容関連製品の消費に有望な回復がみえてきている」というが、マスクの着用で口紅の売上は打撃を受けているようだ。
ロレアルCEO、ジャン=ポール・アゴン氏は第1四半期の決算報告で、現在の状況は需要の危機ではなく供給の危機であり、影響は一時的なものになるはずだと述べている。マーケティング活動については、家での美容という新しいトレンドのニーズを満たすことに注力するため、現在はeコマースとデジタルが中核となっている。
「実店舗が閉まっているときに製品の広告を出す意味はないし、購入できない製品を宣伝することで消費者を苛立たせてしまう可能性すらある」と、アゴン氏はいう。「ロレアルとしては当然、短期的には広告支出を削減することになる」。
4. ルノー・日産・三菱アライアンス : 短期的には削減
仏自動車メーカー、ルノー(Renault)の第1四半期売上高は19%低下という結果になった。これはディーラーが閉まり、自動車の消費者需要も低下したためだ。同社は財務の見通しを一時的に保留し、仏政府からの財政支援を求めるとしている。
日産は4月末、2020年度3月期の業績が、パンデミックの影響で赤字転落となる見通しだと発表した。同社の赤字転落は、前回金融危機が起こった2009年以来となる。3月の売上高は、全世界で前年比43%減となった。三菱はこれまでのところ、新型コロナウイルスの影響を受けた期間の財務状況を発表していない。
両社ともいまは手元資金の温存が鍵だとしているが、新車発売などの長期計画については、現時点では大筋に変更はないという。
ルノーの暫定最高経営責任者でCFOのクロチルド・デルボス氏によれば、同社は「第1四半期の後半はできるだけ広告を削減した。第2四半期も同様の方針で進める予定」だという。「とはいえ、すぐに広告活動が再開できるよう願っている」とも述べている。
5. Amazon : 万事順調
消費者がすぐにオンラインショッピングに移行したため、Amazonの第1四半期売上は当然のことながら急増している。しかし売上が26%伸びた一方で、利益は前年同期から29%減少した。これは急増した注文に急ぎ対応するために、コストが増大したためだ。
第2四半期については、営業損失/利益をマイナス15億ドル~15億ドル(約マイナス1600億円〜1600億円)のあいだで見込んでいるという。2019年度第2四半期の営業利益は31億ドル(約3336億円)だった。
マーケティング支出は、前年同期比32%増の48億ドル(約5166億円)となっている。しかしながら、生活必需品以外の商品への需要を高めないよう、一部の地域ではマーケティングを控えているという。
6. コカ・コーラ : 広告支出を大幅削減
コカ・コーラは、バー、レストラン、映画館、スタジアムなど、売上の大部分を占めていた場所が閉鎖されたことで、深刻な影響を受けている。しかも、通常はコンビニエンスストアで発生していた、ソーダなどの衝動買いもなくなっている。
3月末までの3カ月間の純売上高は対前年同期で1%の減少だった。だが4月21日の決算発表では、4月の売上高が25%の落ち込みをみせたことが判明している。
マーケティング予算に関する対応は早く、3月の時点で広告ベンダーには「4月から当面のあいだ、コカ・コーラおよび当社の全ブランドで、広告出稿を一時停止する」と通知していた。
「危機の初期段階においては、広範囲のブランドマーケティングには限られた効果しかないと判断した」と、コカ・コーラCEOのジェームズ・クインシー氏は、第1四半期の決算報告で述べた。「そのことを考慮して、直接的な消費者コミュニケーションの機会を減らし、初期段階でかなりのマーケティングキャンペーンを停止している。マーケティング活動は、タイミングを見て再開させる」。
7. グラクソ・スミスクライン : 売上は急上昇
製薬大手グラクソ・スミスクライン(Glaxosmithkline:以下、GSK)の第1四半期は好調で、売上高もアナリストの予想を上回る19%増となった。同社は現在、新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発にも取り組んでいる。
それでもGSKは、2020年の財務見通しを引き上げておらず、利益は1〜4%減少する見込みだとしている。中国における消費は、新型コロナウイルス到来以前の水準に戻りつつあるが、サプライチェーンと製造まわりでいくつか問題が発生したという。
決算報告では、マーケティング活動についての詳細は明かされなかったが、CEOのエマ・ウォルムズリー氏が「マーケティングの目的は新製品の販売を後押しすること」であり「デジタルマーケティングへの投資は続いている」とした。
8. フォルクスワーゲン : 「完全なるタスクフォースモード」
他の自動車メーカー同様、フォルクスワーゲン(Volkswagen)も今回のパンデミックで事業に大きな影響が出ており、第1四半期売上は8.3%の減少となった。
CFOのフランク・ウィッター氏は、次の第2四半期が今年度で最も業績が悪化する期になり、2020年度通期の売上高は昨年度を「大幅に」下回るだろうと予測している。
フォルクスワーゲンは事業の安定化を試みており、ウィッター氏によれば、現在の状況は、緊急性の高い課題に取り組む「完全なるタスクフォースモード」だという。
「さらに厳しくコストを削減し、外部コンサルタントやマーケティングなど、あらゆる分野で予算を大幅に削減している」と、同氏は述べている。
9. マクドナルド : ファーストレスポンダーに無料で食事を提供するキャンペーンをTVCMで告知
マクドナルド(McDonald)は全世界で多くのレストランが休業を余儀なくされており、営業している店舗でもサービスが制限されている。
営業できている店舗があるところでも、やはり外出の自粛が要請されているため、ハンバーガーや朝食の持ち帰りをする客は大幅に減っているという。3月31日までの四半期については、売上が6%、利益は17%減少している。
それでもマクドナルドは広告支出を続けている。4月末には全米でテレビCMを放映し、「ファーストレスポンダー」と呼ばれる、最前線で人々の救助にあたる医療従事者、消防士、救急隊員、警察官などに無料で食事を提供するキャンペーンを告知したと米広告業界誌「アドエイジ(Ad Age)」が報じている。ただ決算報告では、そうした取り組み以外では「デジタルカスタマーエンゲージメントが優先事項であることは変わらない」と、CEOのクリス・ケンプチンスキー氏は述べている。
今後についてケンプチンスキー氏は、中国で客足がすぐに通常のレベルに戻っていない傾向にあることから判断しても、この先のマーケティングキャンペーンでは「価値」が重要な焦点となってくるだろうとしている。同氏は「こうした知見やその他の要素を反映するため、各市場でマーケティングカレンダーを練り直している。ビジネスの勢いを取り戻せるはずだ」と語った。
10. NBCユニバーサル/コムキャスト : 新ストリーミングサービスの「Peacock」をプッシュ予定
コムキャスト(Comcast)の事業は多岐にわたっており、なかには今回のような危機の影響を受けにくいビジネスもある。たとえばブロードバンド部門では契約数が伸びているが、他方ユニバーサルスタジオなどのテーマパークは休業を強いられているし、テレビや映画の制作もストップしている。そしてNBCユニバーサル(NBCUniversal)はもちろん、最近買収したスカイTV(Sky TV)でも、生放送できるスポーツの試合がまったくなくなってしまった。
そうなると当然、広告市場は崩壊する。同社では、第2四半期の広告収入は大幅に減少するとみている。第1四半期は全体の収益が0.9%減少した。
NBCユニバーサルは、広告収益モデルを採用した新ストリーミングサービスの「ピーコック(Peacock)」を、当初の計画より早い4月からコムキャストの顧客に提供を始めている。全国展開は7月を予定しているが、制作がストップしているため、当初予定していた番組の多くが提供できない見通しだ。
コムキャスト第1四半期の広告マーケティングおよびプロモーション費用は、前年同期比2.6%増の19億4000万ドル(約2088億円)となっている。
Lara O’Reilly (原文 / 訳:ガリレオ)